09 無力感の利用
「こんにちは」
休憩中にうつむいて座っていると、声をかけられる。
見上げると、初めて話をする女性が立っていた。
「お隣、よろしいですか」
「ええ…まぁ…」
彼女は、確かアリーナの端の方に固まっていた女性グループの中の一人。
「伊藤、と言います」
「高橋です」
「突然すいません」
そう言ってうつむく彼女は、外側から見ていたグループの印象とは異なる。
ただ、焦りや恐怖が、他の人よりも色濃く見える。
「その…高橋さんに一つ聞きたいことがありまして…」
「はぁ…」
「高橋さんは、このゲームを勝つつもりですか?」
「…さぁどうでしょう」
いざ自信は、といわれると、なんとも言えない。
だが、負けるつもりはないし、相手にはそう見せないといけない。
「あなたは…他の皆さんを助けるつもりがない…あの二人と同じですか?」
あの二人、とは、鈴木と麻琴のことらしい。
今のゲームを牛耳っている二人だ。
鈴木は自ら孤立し、麻琴は誘った人だけを守っている。
そして、女性だけが集まった伊藤のグループ以外は、海斗が静かに孤立している。
「別に、どういうことも考えていませんが…」
「私に、協力してもらえませんか?」
伊藤は、真剣な顔でそう言う。
そこには、デスゲームから生き延びる、ではない別の強い意志がある。
「何を?」
「私はできるだけ多くの人と一緒にここから離脱したいのです。そのためには、まずは明日を迎えることが重要なんです。だから、今日を乗り越えるための条件をあぶり出したいのですが…」
「あまり思いつかないと」
「そう、です…」
しゅん、とうつむく伊藤からは、人をおとしめようとする様子はない。
この参加者を助けることに何の得があるのか。
「どうして、そう思うのですか?」
「え?」
「どうして、彼らも一緒に離脱したい、って思うんですか?」
海斗にはよくわからない。理解もできない。
正直に聞くことにした。
「私は、このゲームの前は医者をしてたんですよ」
「へぇ…」
意外だ。ただの会社員かと思ってた。
「でも、頭が悪かったから、なかなかうまくいかなくて、ノリトとか使いながら仕事をしてたんですけど…」
ノリトは今日本でよく使われている会話型人工知能だ。
海斗もよく利用している。
「AIが出す診断とかが正しいかどうかも途中からわからなくなって…多分、こんなゲームに参加することになったのは、罰があたったのかな、って…」
その横顔には後悔がにじみ出ていた。
「だから…少しでも、ここで人を助けられるなら、償いになるのかな、って…」
なんて自己満足的なんだ。
思いながらも、無言を返す。
人間なんて勝手なものだ。
「それで、他にここを抜けるためのルールがあるなら、今日を乗り越えることができるのなら、アイデアをほしくて…」
「それこそ、医者なら、こんな一般人よりもずっと頭がいいと思ってますが…」
「使う頭が違うんですよ…」
伊藤はそう言ってうなだれた。
「謎解きとかも苦手で…」
「あ、そうですか…」
協力するのかどうか。
そもそも、海斗は他の彼らを助けたいのか、助けたくないのか。
よくわからない。
「ご協力いただけないですか?」
「うぐ…」
海斗だって、人間の心がある。
別に、ここの人たち全員が死ねばいいと思っているわけでもなく、自分が一人勝ちたいと思っていない。
なるようにしかならないと思っているだけで、彼らを見殺しにしたくはない。
「…私もまだよくわかっていないのですが…」
正直な感想だ。
決して嘘はついていない。
「主催者側の気持ちになればいいみたいですが…」
「それ、あのインフルエンサーさんも言ってましたね」
ちらり、と伊藤の目が鈴木に向かった。
「インフルエンサー?」
「あの鈴木って人、前はネットで美容とか健康とかのインフルエンサーしてたんですよ。本物は初めて見ましたけど」
「鈴木さんに聞いたら教えてくれそうですけど」
「うーん、私元々あの人あまり好きじゃなかったし」
「そう、ですか…」
「他にいいアイデアはないですか?」
「うーん」
今はモニターをみても、ルールは映し出されていない。
奥の手を渡したくはないので、首を振った。
「そうですか…」
「いったん目に入ったものを言うことになりそうですが」
「そうですよね、ありがとうございます」
休憩時間が終わる。
伊藤は立ち上がって、元のグループに戻っていく。
女性達は笑顔で伊藤を迎え入れるが、その笑顔に海斗は違和感を抱いた。
幾度となく見せつけられた笑顔。
あれは、人を利用する笑みだ。
「あ、あの」
「はい」
思わず伊藤の背中に声をかけてしまった。
「今日の条件を出すときに、『二日目』で出せませんでしたが、もしかしたら、『三日目』とか、『間違った数』とかで条件つけてるかなとか」
「…ありがとうございます」
伊藤は、安心したような笑みを浮かべた。




