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21.とんでもない真相

「おうけ?」


 あまりにも予想外すぎる言葉に、思考が止まる。間の抜けた声が出てしまった。


「吹くことで、獣を従える笛。そんな不思議なものの存在を聞いたことはないが、王家の秘宝なのだとしたら、ありえない話ではない」


 一方のレミュエルは、真剣そのものの顔で考え込んでいた。


「王家の人間は獣と心を通わせ、獣を意のままに操る……なんて言い伝えもある。その言い伝えの裏には、その笛があったのかもしれないな」


 ようやく状況が呑み込めてきたのはいいものの、今度は別の疑問がぼんと飛び出してきた。


「ちょっと待って、どうしてガートルード母さんが、そんなものを持っていたのよ!?」


「……少し、待っていてくれ」


 一気に混乱してしまった私をなだめるように、レミュエルが静かに言った。そうしてそのまま、部屋を出ていってしまう。


「えっ、ちょっと、レミュエル!」


 今ひとりにされるのは、心細かった。思わず立ち上がって、入り口の扉に駆け寄る。けれどもうそのときには、レミュエルの姿は見えなくなっていた。


 そのまま入り口で立ち尽くしていたら、じきにばたばたという足音が近づいてきた。分厚い本を抱えた彼が、また戻ってきたのだ。


 本を机の上に広げると、彼は声をひそめて話し始めた。


「これは、王族や貴族の家系図だ。貴族たちとの取引においてそそうをしないためにも、相手の家族構成も頭に入れておく必要がある。だからこうやって、家系図をまとめておくんだ」


 説明しながら、彼はぱらぱらとページをめくっていった。やがて、その手が止まる。


「ここが、王家の家系図における一番新しいページだ。この中に、見覚えのある名前はないか?」


 彼の指さした辺りを、じっくりと見てみる。先代の王は既に亡く、年若い王子が跡継ぎとなったらしい。成人するのを待って、即位する予定になっているようだ。そこまではいいのだけれど。


「……ねえ、王族、なんでこんなにたくさん死んでるの? はやり病か何か?」


 王子の両親のみならず、王子の腹違いの兄姉たちや、別の王妃たちなど、多くの名が斜線で消されていた。しかもそこに残された覚書によると、ほとんどの者が若くして亡くなっている。


「……先王陛下は、長く病の床にあった。そんなこともあって、王子や王女は跡継ぎの座を巡って、血で血を洗う争いを続けたらしい。だから王都のほうは、長いこと混乱していたようだ。このルーチェットは、平和そのものだったが」


 背筋が冷たくなるのを感じながら、さらに家系図を眺め続ける。そうして、息を呑んだ。


「……ガートルード」


 斜線で消されていない名前に、目が吸い寄せられた。先王の王妃の一人だった彼女は、十八年前に突如姿を消し、そのまま行方が分かっていないのだと、名前のそばの余白にそう記されている。


「ああ。君の亡き母も、同じ名前だったな」


 これは、ただの偶然だ。そう思いたいのに、その名前から目が離せない。


「おそらくガートルードは、王宮に渦巻く陰謀に恐れをなし、君を腹に宿したまま逃げ出した。そうしてひとりで旅を続け、遠く離れた村で君を産み落とした。そう考えれば、しっくりくる」


 彼の言葉が、耳の中でわんわんと反響している。


「……私ね、もしかしたら自分はどこかの貴族の隠し子かなんかじゃないかなって思ってたの」


 育ての両親以外、誰にも打ち明けていなかった話を、呆然とつぶやいていく。


「ガートルード母さんはとても上品な人だったって、そう聞いてる。私のために用意されていた産着は、とても柔らかな絹だった。こんなものを用意できるのって、貴族しかないだろうって、そう思ってた」


 ガートルード。その文字を指でなぞりながら、さらに続ける。


「でも、ここガイアスの家に来て、いろんな生地を見る機会に恵まれて……あの産着が、最高級のものだってことに気づいた」


 育ての親は、産着を厳重にしまい込んで、私以外には一度たりとも見せなかった。そうやって管理していた理由も、今なら分かる気がする。


「でもそのせいで、余計に分からなくなった。母さんが、どうしてあんな田舎の村にひとりでやってきたのかって」


 うつむいた拍子に、髪がさらりと肩に流れ落ちる。そのひと房をつかんで、目の前に掲げた。


「……あのね。私のこの髪、染めてるの。ガートルード母さんの遺言で」


 今は赤い髪を、ぎゅっと握りしめる。レミュエルは気遣うような目を向けて、静かにあいづちを打った。


「ああ。匂いで、なんとなく分かっていた。薬草から作った染め粉を使ってるんだろう? 元の色は、何色なんだ?」


「……淡い紫」


 私の返答を聞いて、彼は寂しそうに微笑む。


「その色は、王族にだけまれに表れるものだ。もっともそのことは、貴族たちや一部の豪商くらいにしか知られていないが」


 行方不明になった王妃、彼女がいなくなってそう経たずに生まれた私。母の形見と遺言。そして、私の髪の色。


 これらが、意味することは……。


「どうしよう、それってつまり、私は……」


「言うな」


 レミュエルの鋭い声が、私のかすれた声をさえぎる。


「君がこれからどうしたいのか決まるまで、その続きを口にするな。ひとたび言ってしまえば、君の運命が大きく変わってしまいかねない」


 びくりと身を震わせた私の手を、彼はしっかりと握ってきた。その温かな感触に、少しだけ落ち着きが戻ってくる。


「……俺としては、君がこのままただの村娘として、穏やかに暮らしていけばいいと思っている」


 私の目をまっすぐに見つめて、彼は言う。


「君はずっと、そうやって生きてきたのだろう? 今さら、余計なものを背負う必要なんてない」


 静かな、けれど力強い声が、私の不安をなだめてくれた。


「ずっと、このルーチェットにいればいい。ここの看板娘として、働いてくれればいい。そして、俺が旅に出るときに同行してくれれば、なおいい」


 彼が語る未来は、すんなりと想像できた。このままずっとここでお世話になって、彼と一緒に過ごして……穏やかに、楽しく暮らす。


「……私も、そうしたい」


 自然と、答えが出ていた。それを聞いて、レミュエルもほっとしたように息を吐いていた。




 この件については、ここで終わりにすることにした。全てを私とレミュエルだけの胸に収めて、知らん顔で日々を過ごすことにしたのだ。


 ガートルード母さんの手がかりを探す必要はなくなった。私はもう、あの笛を使わない。獅子については、ほとぼりが冷めたころを狙って別の場所に移す。それ以外は、全部これまでと同じ。


 そう決めて、またのどかな日常に戻っていた。


 けれどある日、お使いを頼まれてひとりで町を歩いていたときのことだった。


「すみません、ガイアス商店の方とお見受けしましたが、ちょっとよろしいでしょうか」


 人通りの少ない道に差しかかったところで、声をかけられた。ごく普通の旅人といった雰囲気の、壮年の男性だ。にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべている。


「はい、なんでしょうか?」


「ちょっと変わった薬草のようなものを見つけまして……ガイアス商店の方なら、あれが何か分かるかと思ったのです」


 ガイアス商店は、割といろいろなものを取り扱っている。量は少ないけれど、薬草そのものも取引しているのだ。


「でしたら、詳しい者をそちらに向かわせます。場所を教えていただけませんか」


 といっても、私には薬草の種類はさっぱりだ。故郷の村で使っていた、傷に効く薬草や熱さましの薬草くらいしか分からない。ここは、レミュエルの出番だろう。


「いえ、すぐ近くの宿に泊まっておりまして、そこに置いてあります。よければ、このまま取りにきてください。鑑定結果をあとで教えていただければ、それで構いません」


 しかし男性は、さらに食い下がってくる。まあいいか、それくらいのお使いなら私でもできるし。


 分かりました、とうなずいて、男性のあとに続いて歩き出す。すると、彼が突然振り返った。そして、一陣の風がすぐ横を吹き抜けた。

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