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19.囚われの獣

 今日は一日、お休みだ。毎日仕事を手伝ってばかりいたら、「レミュエル、あんた少しはベリンダに町を案内してあげなさいな!」とレミュエルの母が言い出したのだ。


 ガートルード母さんの手がかりを探すため、ひとりで町をふらふらしてはいる。といっても道行く人たちに声をかけて話を聞いているだけなので、この町のどこに何があるかまではまだ全然把握していない。


 レミュエルの母はそこのところを気にしていたらしく、私をこの町の楽しい場所に連れていってやれと、そう言ってレミュエルをせっついたのだ。


 久しぶりに、ふたりでお出かけ。そう考えると、気が弾むのも確かだった。


「でもやっぱり、人が多い……」


 面白いものがあるところは、必然的に人も多い。久々の人ごみに、久々にくらくらしてしまっていた。


 隣のレミュエルが、心配そうに声をかけてくる。


「だったらいったん、大通りを離れるか? 脇道や奥まった区画にも、面白いものは多い」


「そうね、そうしてもらえると助かるわ……」


 彼に腕を引かれて、脇道に入る。そこにあった屋台で、しぼりたての果物のジュースを一緒に飲んで、ひと息ついた。


「ああ、おいしい……」


 複数の果物がまざっているからか、奥の深い味がする。こんな片隅の屋台ですらこんなにおいしいものが飲めるなんて、やっぱりこの町は大きくて、栄えているんだなあ。


「果物のジュースなんて、この町に来るまで飲んだことがなかったわ……くせになりそう」


 うっとりとした私の言葉に、レミュエルが意外そうに目を見張る。


「そうなのか? 君の故郷にも、果物の木くらいあるだろう」


「あるわ。でも実はそのまま食べるか、サラダや煮込みに使うか、よ。どうせなら、お腹にたまるものにしたいじゃない。わざわざ絞って飲むなんて、ぜいたくだもの」


「ああ、なるほど……」


 レミュエルは納得したように、ひとりうなずいている。こうしているとやっぱり育ちの違いを感じるけれど、前ほどそのことが気にならなくなっていた。彼との距離が縮まったからかもしれない。


 ジュースを飲み終えて人心地ついたとき、大通りとは反対のほうから、ざわざわという声が聞こえていることに気づく。あちらにあるのは、確か……町はずれの広場だったかな。


 何が起こっているのだろう。ここまでの旅の間に出くわしたような面倒ごとでなければいいのだけれど。


 そうっとつま先立ちになって、そちらをうかがう。眉間にしわを寄せて、じっと目を凝らした。


「気になるのか?」


「ええ。村を出てからこっち、あっちこっちで騒動に巻き込まれてきたからか、ざわざわしていると落ち着かなくて。また何か、面倒なことになっているんじゃないかって」


「君は、人がいいんだな。これだけ大きな町だ、もし本当に騒動になっていたとしても、すぐに衛兵が駆けつけてくる。心配しなくていい」


「ああ、そうなのね……」


 いちいち出しゃばらなくてもいいと分かったからか、露骨にほっとしてしまう。しかし彼はまだ広場のほうを見つめたまま、考え込んでいた。


「確か、あちらは今……ああ、そういえばそうだった」


「あの騒ぎに心当たりがあるの?」


 何かを思い出したような顔のレミュエルに尋ねると、彼は少しだけ言いよどんで、また口を開いた。


「ある。心配しなくとも、騒動にはなっていない……はずだ。あれは、歓声だろうな」


 町はずれの広場で、歓声。祭りでもあるのだろうかと首をかしげていたら、彼はわずかに苦笑して、広場のほうを向いた。


「せっかく町を歩くことにしたのだし、行ってみようか。その目で確かめるのが、一番分かりやすいからな」


 どことなく顔色の優れない彼に連れられて、広場のほうに歩いていった。




 細い路地をしばらく進んだところで、突然目の前が開ける。その向こうに、見たこともない何かがどんとそびえていた。さんさんと降り注ぐ日差しが、それに描かれた華やかな模様を浮き立たせている。


「あれって、何? 大きな……テント? それにしても、大きすぎるわ……」


 ほうとため息をついていると、レミュエルが小声でつぶやいた。


「見世物小屋だ。あの中では、数々の珍しいものが見られる。もっとも、あまり気分のいいものではないが」


 テントの周りにはたくさんの人がいて、みんなはしゃいだ声を上げている。このにぎやかな場所で、彼の沈んだ態度だけがどうにも浮いていた。


「そうなの? でもあなた、やけに暗い顔をしているけれど……?」


「……あの中には、遥か遠くの地より連れてこられた珍しい獣たちが多く捕らわれている」


 彼はそれ以上説明することなく、テントをじっと見つめていた。


 獣人族である彼にとって、獣たちは人間たちと同様に尊重すべき存在なのだろう。その気持ちは、ちょっと分からなくもない。


 私もハンナのことを親友同然に思っているし、笛を吹いて協力を頼んだ獣たちには、どうしても情が移ってしまうから。彼女たちが見世物に……って、考えただけでちょっと嫌な気分になる。


「分かったわ。それじゃあ、どこか他の場所に行きましょうか」


 明るく言って、彼の手をつかむ。そのまま別の方向に歩き出そうとしたら、レミュエルが気遣うような声を上げた。


「しかし、せっかくここまで来たのだし、見ていけばどうだ? 見世物小屋の一座は町から町へと渡り歩いているし、次に巡り合えるのがいつになるか分からないぞ」


「嫌がるあなたを、無理に連れ込みたくないもの。それに私も、そういうのはあんまり好みじゃないし」


 そう言い返したら、彼はふっと柔らかく笑った。


「だったら、少しだけ見てみよう。辛くなったら、すぐに飛び出せばいいから」


 返答を聞くより先に、彼は私の手を取って天幕の中に入っていってしまう。何事も経験、と言いたいのだろうか。


 天幕の中は、思いのほか明るく、落ち着いた雰囲気だった。木箱などが積まれていて、道のようになっている。その道沿いには大きな檻がいくつも並んでいて、そこに様々な姿をした獣たちが閉じ込められていた。


 とびきり耳の大きな狐、ふわふわの白い毛皮の大きな猫、鎧を着た犬のような何か、などなど。


「……本当ね、見たことのない子ばかり……」


 けれどみんな、狭い檻に押し込まれて悲しそうだった。檻の中で何をするでもなく寝そべっているだけの子、逆に檻の中をうろうろと歩き回っている子。


「でも、あんまり健康そうには見えないわ……」


 檻の近くに立っている見張り番に聞こえないよう、レミュエルの耳元でこそこそとささやきかける。彼もまた、かすかな声で答えてきた。


「君もそう思うか」


「ええ。これでも故郷では、様々な獣たちを見てきたもの。ここの子たち、見ていると……辛くなるわね。危険はないし、食べるものにも困ってはいないようだけれど」


 ひそひそと話しながら、さらに先に進む。やがて、ひときわ大きくて頑丈な檻の前にたどり着いた。


「あれが、この見世物小屋の目玉だ」


 レミュエルが、私の腕をしっかりと捕まえている。うっかり檻の中に手を入れないか心配されているような気がする。


 注意しながら、檻の中をのぞき込む。その中には、純白の……えっと、獅子……でいいのかしら? がうずくまっていた。


 客たちが物珍しそうな目で、獅子を見ている。時折、声をかける者もいた。でも獅子は、微動だにしない。


「おい、こら動け!」


 檻のそばに立っていた見張り番が、木の棒を檻の中に突っ込んで獅子をつつく。獅子はうっとうしそうに顔をしかめ、さらに檻の奥へと体を押し込んでしまった。


「……駄目。見てられないわ。こんなのってない」


 あの獅子だって、好き好んでこんなところにいるわけではないだろうに。見世物にするならするで、もうちょっとやり方を考えてやればいいのに。そんな思いが、次々と浮かんできてしまう。


 でも、私はここではあくまでも部外者だ。この見世物小屋も、きちんと領主たちの許しを得たうえで開かれているものなのだろう。だから、私にできることはない。


「もう、出ましょうか。もっと他の場所に行きたいわ」


 口惜しさを感じながら、レミュエルの腕に手をかけて、ぐいぐいと天幕の外に連れ出す。


 去り際に、ふと振り向く。檻の中の獅子と、目が合ったような気がした。




「やっぱり、見世物小屋なんて気分のいいものではないわね。あなたの言うとおりだった」


「……君がそう思ってくれて、実は嬉しい」


「そうね、気が合うってことだものね。ねえレミュエル、今度はあなたが心からおすすめできる場所に連れていってくれない?」


「ああ、任せてくれ。実は町はずれの廃屋に、珍しいキノコがよく生えているんだ。繊細なレースみたいで、中々愛らしいぞ」


「……あなたらしいわね。まあ、そういうのをのんびりと眺めるのも悪くないかも。それじゃあ、行きましょう!」


 そのままふたり、見世物小屋に背を向けて歩き出した。まだちょっと、後ろ髪をひかれるのを感じながら。

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