18.格の違いというもの
「えっ……?」
レミュエルの言葉が意外だったのか、ジョンが目を丸くしている。
「君は、根拠もなく彼女の貞操を疑い、おとしめるような言葉を、それも公衆の面前で吐き捨てた。そのことについて、謝罪するべきだ」
対するレミュエルは、いつになく厳しい口調でたたみかけている。普段よりもかしこまった、けれど強い言葉遣いに、ジョンだけでなく私までもが圧倒されてしまっていた。
「い、いえ、でもこいつは……」
「でも? ということは、彼女がふしだらな女性であるという証拠でも持っているのか」
「それは……ないです。けれど、故郷の村ではずっと、こいつはおれだけを見てたのに……」
あれこれとジョンが言い返していくたびに、レミュエルの気配が怖くなっていく。これ、もう殺気に近いんじゃないかしら。
……ジョンっていろいろ鈍いところのある人だったけれど、こんな恐ろしい気配を放っている相手に、よく言い返していられるわね。
あと、村にいたころの私たちは恋人ではあったし、一応結婚を前提にしたお付き合いではあったけれど、私が彼に熱を上げていたとか、そんなことは決してなかった。都合よく記憶を書き換えないでほしい。
「だが、君は彼女を捨てたのだろう。君たちの関係は、もう変わったのだ」
まだもごもごと何か言っているジョンを、レミュエルがぴしゃりとはねつけた。
「……すみません」
どうやら勝ち目がないとさとったらしく、ジョンが肩を落としてつぶやく。その視線は、思いっきり明後日の方向を向いていた。
「君は、何について謝罪しているのか」
「……ベリンダを侮辱して、すみません」
しかしレミュエルは、へこんでいるジョンに容赦なく追撃を叩き込む。ジョンは小さくなりながらも、ちゃんと聞こえる声で答えた。
それを聞いて、レミュエルはふうと大きく息を吐く。張りつめていた空気が、ようやく和らいだ。
ああ、これでやっと片付きそう。ほっとしたそのとき、レミュエルが私の片手を取る。壊れ物でも扱っているかのように、うやうやしく。
その姿勢のまま、彼はジョンに言い放った。
「そして、訂正しておく。彼女は、俺の大切な客人だ。それに、彼女は一度たりとも、俺を誘惑するようなことはしていない」
ジョンは度肝を抜かれて、ただこくこくとうなずくだけだった。……おもちゃの人形みたい。
「俺は旅の途中で彼女と出会い、彼女の飾らない魅力を好ましく思い、彼女とともにいたいと思うようになったのだ」
レミュエルの語りは、どんどん熱を帯びていく。というか、人前でこんなことを言われると恥ずかしい。それに気のせいか、いつもより口調も改まっているし。
「ベリンダは、とても魅力的な女性だ。誰かに媚びる必要などないほどに」
「あ、あの、レミュエル」
頬が熱くなるのを感じながら、空いた手でレミュエルの袖をそっと引く。
「ねえ、ちょっと! さっきから、話がおかしな感じになってない!? 謝罪は済んだのに、何をとうとうと語ってるの!? さすがに、かなり恥ずかしいんだけど!?」
「だが、まだ言い足りない。君を捨てたあげく、侮辱するような男など……」
「だから、もういいんだってば。言ったでしょ? 彼については、既にハンナに手伝ってもらってぼっこぼこにしたし、私はもう気にしていないもの」
大いに不服そうなレミュエルを、懸命になだめる。彼は眉間に深々としわを刻んでいたけれど、ひとまず反論は止まった。
ほっとしたそのとき、ジョンがはっとした顔になったのが見えた。彼は気まずそうに眉をひそめると、私たちに向かってささやきかけてきた。
「あの、おれ……もしかして、この町から出ていったほうが、いいのかな……?」
どうやらジョンは、自分がこのルーチェットの町でも有数の豪商、ガイアス商店の息子を心底怒らせてしまったことに、今さらながらに気づいたらしい。
とはいえ、この流れで町を追放だなんて、そんな大ごとになるはずもない。しかしそのことに気づかないくらい、彼は焦ってしまっているようだった。
もっとも、それをそのまま教えてやるほど、私は親切ではない。
「それくらい自分で考えなさいよ。本当、優柔不断なところは変わってないのね。そのくせ、変なところで思い切りがいいんだから……」
あきれつつ小声で返したら、レミュエルが肩をすくめた。
「君がこの町で商人を目指していようが、別に構わない。俺には君を追放できるだけの権力はないし、あったとしてもそんな形で濫用したくはない」
その言葉に、ジョンがほっとしたように息を吐く。しかし次の瞬間、レミュエルはじろりとジョンをにらみつけた。
「だが、ベリンダを侮辱するのなら、俺は俺の持てる全てをもって君に対抗する。それだけだ」
するとジョンが、びょんと飛び上がった。両手足をぴんと伸ばして、一本のまっすぐな棒のようになってしまう。
「は、はいっ! もう二度と、関わりません!!」
それだけを言い残して、ジョンはすっ飛んでいってしまった。あっという間に、その姿が通りの人込みに消えていく。
ジョンが去っていったほうを、レミュエルとふたり並んで見送る。あまりにもあわただしい一幕に、ちょっとぽかんとせずにはいられなかった。
「いやあ、面白いものを見せてもらったなあ」
しかしそんな空気を、明るい笑い声が吹き飛ばす。売り物を置いた台の陰で、ファリアが愉快そうに笑っていたのだ。
彼は途中から気配を消して、机の陰から一部始終を見守っていたようだった。のぞき見といったほうが正しいかもしれないけれど。
「兄さんがベリンダさんをあそこまでべた褒めしてるところに居合わせるなんて、ついてたよ。あとで父さんと母さんにも話してあげようっと」
立ち上がって伸びをしながら、ファリアが満足そうに笑っている。そんな彼に、レミュエルが詰め寄った。
「お、おい、ファリア! 絶対に話すな!」
「えー、だって」
「というかそもそも、お前がベリンダを店先に連れ込んだのだろう」
「連れ込んだって、人聞きの悪い。見てのとおり、仕事を手伝ってもらってたんだって」
「だったらきちんと、彼女を守るべきだろう! あんな男、さっさと追い払ってくれればよかったんだ。そうすれば、彼女が不愉快な思いをすることもなかった」
のらりくらりとかわすファリアと、必死に食い下がるレミュエル。……このふたりのもうひとつの姿を知っているからか、子犬がじゃれているように見えてくるのよね……。
「でもいずれ、兄さんがやってくるだろうなって思ってたから。彼女も、どうせなら僕より兄さんに助けてもらいたかっただろうし」
「ファリア、お前というやつは……」
「間違ってないでしょ、彼女さん?」
「ええっ!? そ、それは、その……?」
突然話を振られてしまって、口ごもる。さっきのレミュエルはいつもと雰囲気が違っていたけれど、でも、格好よかった。頼もしかった。
「ほら、間違っていなかった」
からからと明るく笑うファリアの声を聞きながら、私とレミュエルは互いに視線をそらしていた。なんとなくつないだままの手が、ちょっぴり熱かった。




