17.予想外の再会
結局、私はそのままガイアス家に住み着いてしまった。もちろん、あれこれと手伝いをしながら。だってここ、信じられないくらいに居心地がいいんだもの……。
もちろん、ただ居座ってだらだらしているわけではない。レミュエルの作業を手伝ったり、彼に勉強を教えてもらったりと、結構忙しくしていた。
その合間に町に出て、ガートルード母さんの手がかりがないか探すのも忘れてはいなかった。ただ、十六年ほど前のことということもあって、こちらはどうにもはかばかしくなかった。
もっともルーチェットの町は広いから、根気強く探せば何か見つかるかもしれない。そんな希望を胸に、日々せっせと歩き回っていた。
私だけでなくハンナも、すっかりガイアスの庭が気に入ってしまい、毎日思うままふらふらしている。
とはいえ、庭の木々を傷つけるようなまねはしない。ハンナは賢いのだ。それどころか、ここで飼われている馬や犬なんかとも、すっかり仲良くなったようだ。時々庭で、犬や猫に囲まれてくつろいでいるのを見る。使用人たちとも打ち解けて、時々馬用のブラシで体をかいてもらっていた。
「あっ、ベリンダさん、今ひま?」
中庭でハンナと一緒にくつろいでいたら、ファリアが軽い足取りで近づいてきた。
「ええ。レミュエルが出かけているから、ちょっとゆっくりしていたの」
「だったら、僕のほうの仕事を手伝ってもらえないかな」
「分かったわ。それじゃあハンナ、また後でね」
ぶもう。
頭にちょうちょを止まらせたハンナに見送られて、のんびりと店先に向かう。
「それじゃ、今日はこれとこれ、よろしく」
ファリアが笑顔で、ブレスレットと耳飾りを差し出してくる。赤いガラスのはまった、きらきらと輝く華やかなものだ。それを身につけて、彼と一緒に店に出る。
最近では、こうして店の手伝いもするようになっていた。特に客にお勧めしたい、たくさん売りたい装飾品を、私が身につけて店先に立つ。要するに、動く看板といったところだ。
そうして今日も、店にやってきた女性たちは私の姿を見て、それからファリアの軽妙な話しぶりに乗せられて、私のものと同じ装身具を買っていく。
客がはけてひと息ついたところで、ファリアが満足そうに胸を張って笑う。
「やっぱり彼女さんがいると、よく売れるな。助かるよ」
「私は、ただ立っているだけだから……ところで、その呼び方は止めてもらえると……」
彼は今でも、時折私のことを彼女さんと呼んでくる。私たちはそういう関係ではないのだと私やレミュエルがさんざん主張しているのに、ファリアはどこ吹く風だ。
「ええーっ、よく似合ってますよ? 装飾品も呼び方も」
「似合ってるとか似合ってないとか、そういう問題じゃなく……」
「……ベリンダ?」
だらだらとしたお喋りに、違う声が突然割って入ってきた。聞き覚えのある声だ。でも懐かしいというより、ほんのりと腹が立ってくるような声で……。
声の主を探して、視線をさまよわせる。すると、店の前の通りで、他の人たちをかき分けるようにしてこちらに近づいてきている人影がひとつ見えた。
「あっ、ジョン!」
それが誰だか分かった瞬間、思わず裏返った声が出てしまった。あの故郷の村で、ふざけたことを言って私を捨てた男が、なんだってこんなところにいるのか。
「どうして、お前がここに……しかも、店先に立っているなんて……」
しかし驚いているのはジョンのほうも同じだったらしく、店の前までやってきたものの、目を見開いて立ち尽くしている。
「いろいろあったのよ。それより、あなたこそどうしてこの町にいるのよ」
会いたくもない人に会ってしまったいらだちから、つい声がとげとげしくなる。
「おれ、商人になるって言っただろ。つてをたどって、この町まで来たんだ」
私の冷ややかな視線にたじろぎつつも、ジョンは懸命に平静を装っている。強がっているなあ。
「まだ下働きだが、それなりに認められているんだ。ここに来てよかったよ」
でもその強がりに、かちんときてしまう。
「……でもその元手、私を領主に売ったお金でしょう」
ぐさりと痛いところをついてやったら、面白いくらいにたじろいだ。
「そ、それは!」
彼はさっと青ざめて、わずかに後ずさる。しかしすぐに体勢を立て直して、大声で言い返してきた。
「だって、田舎の貧乏農夫のおれが、商人として身を立てられる機会なんて……人生に一度、あるかないかだろう!」
「ちょっと、声が大きいわよ」
あの田舎の村ならともかく、ここはたくさんの人がいきかう大きな町なのだ。こんなところで騒いでいたら、目立ってしまう。既に道行く人たちが、何事だろうとこちらをちらちらと見ていた。
「町で商人になるっていうのなら、もう少しそれらしいふるまいを覚えたらどう?」
声を抑えつつ、ぴしゃりとたしなめる。ジョンはむっとした顔になって、さらに反論してきた。
「というか、そもそもお前がガイアス商店にいる理由が分からないんだが!?」
「だから、いろいろあったって言ったでしょ!?」
正直、ここまでのいきさつを彼にきちんと話すつもりはなかった。だって、面倒くさいから。
そもそも、故郷の村の色ボケ領主をこらしめて、ほとぼりが冷めるまで故郷の村を離れることにして、その旅の途中で悪魔の噂を聞いたことがきっかけでレミュエルと出会って、長老やら人買いやら悪徳領主やらをとっちめて……うん、思い出しただけで頭が痛い。本当に、短い間にいろいろありすぎた。
私が口ごもっているのを、ジョンは何か勘違いしたらしい。不意ににやりと笑って、偉そうにあごを上げた。
「ああ、そうか。お前、領主ともめて村にいられなくなったんだろ」
間違ってはいないけれど、雰囲気はちょっと違う。訂正しておこうかなと思っていたら、彼はさらにとうとうと語り始めた。
「で、村を飛び出して、行く当てがなくなったお前は、ここの関係者を色仕掛けでたらしこんだ。どうだ、合ってるだろ」
「ちょっと、色仕掛けって、聞き捨てならないんだけど!!」
つい大声を張り上げてしまい、通りの人たちがぴたりと足を止めた。あわてて口を押さえて、ぎっとジョンを強くにらみつける。
「……もう一度、ハンナにぶっとばしてもらおうかしら」
低い声でつぶやいたら、ジョンの顔におびえの色が浮かぶ。前にぶちのめしたのが、相当効いているな。こうなったら、本当にハンナを呼んで……というわけにもいかないか。そんなことをしたら、本気で騒ぎになってしまう。
でも、この口の減らない男をこのまま野放しにしておくのも腹が立つ。ここ、とにかく大きな町だから、野の獣は近くにいないし……あ、カラスでも集めてやろうかしら。
「口論になっているようだが、どうした」
頭の中であれこれと反撃の仕方を考えていたら、奥のほうからぬっとレミュエルが顔を出した。いつの間にか帰宅していたらしい。
突然現れた彼に、ジョンはぽかんと口を開けて見とれていた。それも無理はないだろう。軽やかで人当たりのよさそうな雰囲気のファリアとは違い、レミュエルには貫禄があるから。もしかしたら、ジョンはレミュエルを跡継ぎか若主人と思っているかも。
「兄さん兄さん、この人ね、彼女さんが兄さんのことを色香でたらしこんだって言い張ってるよ」
売り物を並べた机の隣にしゃがみこんで、ファリアが小声でささやきかけてくる。どうやら彼は、私とジョンが言い争っているうちに、こっそりとそんなところに隠れていたようだった。
そして、ファリアの言葉を聞いたレミュエルは一瞬頬を赤らめたものの、すぐにさっと顔を引き締めた。たぶんこれは、照れ隠しだ。彼、どうしていいか分からなくなると真顔になりがちだし。
しかしながらジョンはその態度をすっかり勘違いしてしまったらしく、はっと我に返ったような顔になってぺこぺこと頭を下げ始めた。
「す、すみません、その、まさかこいつが、ガイアスの若旦那のお手付きだなんて、知らなくて……」
今度は私とレミュエルが、同時にぽかんとする番だった。お手付き。それって要するに、愛人とかそんな感じの、あんまりよくない言葉のような……。
というかそんな言葉、どこで覚えたのよ。村にいたころは、頭はそんなによくないけれどほんわかした人だったのに。
するとレミュエルが、深々と息を吐いた。ジョンを見すえたまま、短く言う。
「君。名前は」
「ジョン、といいます」
背筋を伸ばして答える彼に、レミュエルはひときわ低い声で告げた。
「そうか。ではジョン、彼女に謝罪してくれ」




