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15.もふもふの一家

 ガイアス商店の奥は、レミュエルが言っていたように倉庫になっていた。さらにその奥に、彼ら家族が暮らす一角がある。


 その一角の、小ぶりの客室に通してもらい、そこでようやくひと息ついた。ハンナも、使用人に頼んで裏庭に誘導してもらった。この家には馬小屋はあるけれど、牛小屋はないらしい。


 初夏ということもあって過ごしやすいし、ハンナは気が向くと雪の中でくつろいでいるくらいに頑強な牛だ。だから、その辺の庭でも十分に休める。


 レミュエルは私をこの部屋に案内すると、すぐにそのまま出ていった。そしてじきに、お茶の支度が載ったトレイを手に戻ってくる。


「ほら、薬草茶だ。俺が考案した配合のもので、店にも出している。気持ちが落ち着くと、割と好評なんだ」


 優しい香りの立ち上るカップを受け取って、ため息をついた。


「何から何まで、本当にありがとう……まさか、人が多いだけで疲れ果てるなんて……ちょっと悔しいわ……」


「仕方ない、慣れていないのだから。俺も、町中よりは野山を歩いているほうが落ち着く」


 温かなお茶をゆっくりと喉に流し込みながら、彼と笑い合う。人心地ついたからか、ふとあることが気になった。


「そういえば、あなたが兄で、ファリアさんが弟なのよね?」


「ああ。ひとつ違いの兄弟だ」


「だったら、あなたがこの家を継ぐのかなって、ふとそう思ったのだけど……でもあなたはしょっちゅう旅に出ていて、ファリアさんが店番をしているし」


「そういえば、話していなかったか。この家を継ぐのはファリアだ。俺は研究のかたわら、その成果を活かして、新たな商品開発を手伝うことにしている。その髪飾りや、お茶のように」


 平然と、レミュエルは答えた。


「君も見ただろう。あいつのほうが、明らかに接客に向いている。このガイアス商店は、代々女性向けの品を多く取り扱っているから、なおさらな」


「あ、それは確かに……」


 レミュエルも誠実さがにじみ出た好青年ではあるのだけれど、いかんせん物を売りつけるのには向いていない。それとなく客をその気にさせて、あれこれ売りつけるようなしたたかさは、彼にはない。


 というか単に、ファリアがやり手なだけなのかもしれない。あの状況で、私たちに髪飾りを売りつける……今思い返しても、見事な図々しさ……じゃない、見事な手際だった。


 髪飾りに触れながら苦笑していると、レミュエルがにっと笑った。


「だから俺は俺なりのやり方で、家の役に立つことにした。森で見つけたハーブを持ち帰って栽培し、それをもとに香油や軟膏も作ってる。いい香りのする、自慢の一品だ」


「立派ね。そういえば、あなたからもいい匂いがしていたような……」


 さっき、彼につかまって歩いていたときのことを思い出しながらつぶやくと、レミュエルが目を丸くし、それからわずかに視線をそらした。


「そちらは、試作品の匂い袋だ。……そうか、君の鼻まで届いていたか。少々、照れくさいな」


「あれ、とってもいい匂いだったわ。でも試作品ということは、ここでは買えないの?」


 宿代はレミュエルが払ってくれていたし、ミミナで助けた親子がお礼だと言ってちょっぴりお金をくれたので、私にしては懐が温かかった。匂い袋くらいなら、買えるんじゃないかって思っていたのだけれど。


「君が気に入ったのなら、すぐに作る。配合は覚えているし、そう手間もかからない」


 残念だなと思っていたら、彼はきっぱりとそう言ってくれた。わざわざ手間をかけさせるのも悪いと思わなくもないけれど、あれが手に入るのなら嬉しい。


「ありがとう。いくら払えばいいの?」


「いや、いい。贈らせてくれ」


 浮かれ気味に尋ねたら、ばっさりと断られてしまった。


「でも、この花飾りもあなたからの贈り物ってことになってるけど……」


「……それは、ファリアが選んだものだからな。似合ってはいるんだが。ともかく、この匂い袋は大した値段にはならないし、気にしないでくれ」


「そういうのなら、お言葉に甘えようかしら。さっきから、甘えっぱなしな気もするけれど」


「遠慮なく甘えてくれ」


 レミュエルはためらうことなくそう言った。これでいいのかなと思いつつ、もう一口お茶を飲んだ。




 その日の夜、レミュエルは彼の両親とファリアを集め、とても真剣な顔で切り出した。


「実は……彼女は、俺の正体を知っている」


 次の瞬間、三人の目がいっせいに私に向く。とまどいと驚きに満ちた視線に、居心地の悪さを覚えずにはいられない。


「そうなったのも、俺がしくじったせいで……」


 レミュエルは沈痛な面持ちで、あの悪魔騒ぎについて説明した。話し終えたとたん、彼の母がうんうんと大きくうなずいている。


「つまり、あなたの失態を、このお嬢さんが挽回してくれたということなのね」


「なるほど。不器用なお前一人では、さすがに切り抜けるのが難しそうな状況だったように思えるな」


「だね。でも確かに、彼女さんは信頼できる匂いがするし、ちょうどよかった。兄さん、ついてたね」


 三人は口々にそんなことを言いながら、朗らかに笑っている。獣人族の正体がばれたという重大な問題なのに、どうやら三人とも全く気にしていないらしい。


 そういえば、レミュエルも出会った直後、君からは信頼できる匂いがするとかどうとか、そんなことを言っていた。ちょうど、今ファリアが口にしたように。たぶん、そのことが関係しているのだろう。


 しかし、匂いだけであっさりと納得するなんて、やっぱりこの人たちも、レミュエルと同じように獣人族ということなのだろうか。どこからどう見ても、普通の人間にしか見えないけれど。


 と、レミュエルの父が腕組みをして眉間にしわを寄せた。


「ただ、もう少し違う匂いもするような気もする……?」


「あら、あなたもそう思ってた? ねえベリンダさん、少しじっくりとかがせてもらってもいいかしら?」


 私が返事をするより早く、三人がふわりと姿を変える。前に見た、レミュエルのもうひとつの姿とよく似た、漆黒のオオカミだ。


 一番大きいのが父親で、一番小さいのが母親で、ややほっそりしているのがファリアだろう。これでも普段から野山をかけめぐり獣たちを呼んでいるから、それぞれの個体を見分けるのは割と得意なのだ。


 三頭のオオカミは私を取り囲み、いっせいにひこひこと鼻を動かし始めた。私はじっと椅子に座ったまま、ひこひこと動く鼻を見ていた。


「やはり、君は動じないんだな……」


 ひとりだけ元の姿のままのレミュエルが、感心したような顔でつぶやいている。


「だって、この人たちの正体は分かっているもの。ただちょっぴりくすぐったいから、笑ってしまいそうだけど」


 そんなことを話していると、三人がまた人の姿に戻る。


「うむ。やはり、普通の人間とは違う匂いがするな」


「そうね。かすかにだけど、うっとりするようないい匂いよ」


「言うことを聞きたくなるような、そんな匂いだね」


 ……それって、どんな匂いなんだろう。というか私、旅の間もちゃんと水浴びは欠かさなかったから、そこまで臭うはずもないのだけれど。


 袖を顔の前に持ってきて臭いをかいでいたら、レミュエルが苦笑しながら声をかけてきた。


「気にするな。普通の人間にはかぎとれない、そんな匂いだから」


「その言葉、信じるわよ?」


「ああ、信じてくれ」


「だったら、いいのだけれど……年頃の乙女としては、できるだけ身ぎれいにしていたいのよね」


 こそこそと話している私たちを、レミュエルの家族たちはやけに温かな、というか生温かい目で見ていた。

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