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14.大きな、大きな町

「ここが、ルーチェットの町……」


 目が回るくらいに、人がいた。アリの群れみたい。


「ああ。ここが、俺の故郷だ」


「確かに、ミミナの町なんて目じゃないくらいに大きいわね……」


 建物は大きく背が高く、どっしりと重厚なものばかりだ。故郷の村では木の建物がほとんどだったけれど、ここにあるのは石やレンガでできた建物がほとんどだ。


 通りも広い。しかも地面にはきっちりと石が敷かれていて、歩くたびにこつこつと音を立てている。たくさんの足音に、たくさんの話し声。大雨の日の森よりも、もっとずっと騒がしい。そして、遥かに落ち着かない。


 んもぅ。


 ハンナが困ったように小声で鳴き、私のほうに身を寄せてくる。彼女もまた、この人の多さにとまどっているようだった。


 ミミナの町では、ハンナはものすごく目立っていた。けれどここでは、そこまで目立ってはいない。


 すぐ近くにいる人たちは不思議そうな目を向けてくるけれど、遠くのほうを歩いている人たちは、人ごみのせいでハンナに気づいてすらいないのだ。それほどに、人が多い。信じられないことに。


「…………人が多すぎて、目がちかちかしてきたわ……」


 ゆらゆらと動く人々の背中を見ていたら、頭がくらくらしてきた。歩きながら、ハンナにもたれかかる。


「困ったな……俺の家は大通りぞいだから、しばらくはこの人ごみから抜けられないんだ。……その、これでどうだろう」


 何やら考え込んでいるようなレミュエルの声に続いて、体がぐいと引き寄せられる。目をまたたきながら、状況を理解しようと頑張ってみた。


 レミュエルが、私の肩を抱いていた。そうやって、私を支えてくれていたのだ。


「辛いなら、目を閉じていればいい。そのまま足を動かしていれば、俺が連れていく。その、嫌なら言ってくれ」


「ううん、ありがと……それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 しっかりと目を閉じると、めまいも多少はましになってきた。彼のがっしりとした手に導かれるようにして、ひたすらに足を動かす。


 ……なんだか、すぐ近くからほのかにいい匂いがするのよね……こう、ハーブをいくつも混ぜ合わせたような、そんな優しい香り。もしかしてこれって、レミュエルの?


 うっかりそんなことに気づいてしまったからか、鼓動が速くなってきた。せっかく落ち着いてきていたのに、また頭がふわふわしてくる。


 余計なことは考えない、考えない。今はとにかく、彼の家にたどり着くことだけを考えよう。


 しかし、彼の温もりと香りがこれでもかとばかりに私を包み込んでくる。ちょっと大変なことになったかもと思いながら、さらに足を動かし続けた。




「ああ、見えてきた。あれが俺の家、ガイアス商店だ」


 ほっとしたようなレミュエルの声に、おそるおそる目を開ける。いつの間にか、周囲の人ごみは少しましになっていた。


 ふうと息を吐きながら、彼が指さしている先を見る。そうして、立ちすくんでしまった。


「……何あれ、家っていうより、屋敷じゃないの……?」


 あまりのことに、思わずレミュエルにしがみついてしまう。


 彼の家は、想像していたものより遥かに大きかった。故郷の村近くにあった領主の屋敷よりも、ミミナの町の領主の屋敷よりも、こちらのほうが明らかに大きくて、しかもしゃれている。あれが、家? 貴族でもないのに?


 私が思いっきりとまどっているのを察したのか、レミュエルがなだめるように声をかけてきた。


「大きく見えるが、あれのほとんどは店と倉庫なんだ。人が暮らす部分はそう大きくないから、君でもくつろげると思う」


 そして次の瞬間、はっとしたように身をこわばらせている。


「あ、いや、今のは……決して、君が田舎者なのだと言いたいわけではなくて」


「大丈夫、悪気がないのは分かってるから。それに、大きな部屋では落ち着いて休めないのも、私が田舎者なのも事実だし」


 しょんぼりしている彼に笑いかけて、さらに言葉を続ける。


「それより、旅の途中の宿代も出してもらったのに、このうえあなたの家にお世話になってしまっていいのかなって、そっちのほうが気になってきたのだけれど」


「そこは気にしないでくれ。俺が君を招きたかった、それだけだから」


 顔を寄せ合うようにして話しながら、建物に近づいていく。すると、軽やかな声が飛んできた。


「あ、おかえりなさい、兄さん!」


 建物の正面は、どうやら店になっているらしい。布をかけられた長机がいくつも並び、その上には様々な装飾品や布のストールなど、商品らしきものがたくさん置かれている。色とりどりでとってもきれいだ。


 今声をかけてきた人物は、その長机の向こう側に立っていた。


 黒に近い紺色の髪をさっぱりと短く刈り込んだ、生き生きとした瑠璃色の目の青年だった。人懐っこい笑みを浮かべて、私たちを見ている。


 兄さん……つまりこの青年は、レミュエルの弟ね。髪や目の色は似ているけれど、どちらかというと落ち着いてしっとりとした雰囲気のレミュエルとは違い、彼は表情豊かでさっぱりとした雰囲気だ。


 彼はレミュエルを見て、彼に支えられている私を見て、それからハンナを見て軽く首をかしげ……やけに真剣な顔になると、小声でささやきかけてきた。


「……ついに、恋人を連れてきた? 兄さん、面食いだったんだね。女性に興味がないって態度だったくせに」


 彼の言葉に、レミュエルがすぐに口をはさむ。


「ファリア、彼女と俺はそういった関係ではない。彼女はベリンダ、旅の途中で出会ったんだ」


 彼はむっとしているような表情をしているけれど、照れ隠しのようでもあった。それはそうと、弟の名前はファリアね。覚えた。


「ふーん、ベリンダさんか。名前も可愛いんだね。でも……否定している割に、ずいぶんと仲がよさそうだけれど。だったら、信頼し合ってる感じかな?」


 私たちを見ながら、ファリアは鋭く切り返してくる。信頼……当たってる気がする。


「……まあ、ここまでくる間に、いろいろあったからな」


 否定し損ねて、レミュエルがもごもごと口ごもった。それを見て、ファリアが私ににっこりと笑いかけてきた。


「彼女さん、よかったら見ていって。兄さんが買ってくれるよ」


「えっと……」


 どうすればいいのか。まずは、「彼女さん」という呼び名を改めさせるべきなのか。いやその前に、私の肩にかかったままのレミュエルの手をどかすべきなのか。


「ベリンダは疲れているんだ。早く中に入れて、休ませてやりたい。ほら、通してくれ」


 レミュエルは私の肩を抱いたまま、店の奥へと向かおうとする。しかしそこに、ファリアの手が伸びてきた。


「ほら、これなんかどう? 彼女さんの赤い髪にも、よく似合うよ」


 彼の手にのっているのは、布でできた白い花飾りだった。髪に留められるように、裏に金具がついている。


「兄さんが旅をしている間に見つけた、珍しい花をかたどってるんだ」


「あ、可愛い……」


「だってさ、兄さん」


 ファリアがにんまりと笑って、レミュエルを見る。レミュエルは困ったようにふうと息を吐いて、ぼそりとつぶやいた。


「分かった。代金はあとで精算する」


「お買い上げ、ありがとうございます!」


 おどけて笑うファリアに背を向けて、レミュエルが花飾りを差し出してきた。やっぱり可愛い……ではなくて。


「……買ってもらっちゃって、よかったのかしら」


「気にするな。ほら」


 レミュエルは慎重に、私の髪に花飾りを着けてくれた。


「ありがとう。似合う?」


「ああ」


 そんなことを話していたら、背後から声がした。


「やっぱり、恋人で合ってるよねえ」


 冷やかすようなファリアの声に、ふたり同時に「違う!」と叫んだのだった。

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