13.打ち明け話
監査官が帰っていって、一週間後。私とレミュエルは、町にある一軒の家に招かれていた。
「領主様が交代されると、正式にお達しが出ました。これで、元通りこの町で暮らすことができます……」
あの親子連れの父親が、涙ながらに頭を下げてきた。領主の交代に伴い、彼らも家に戻れるようになったのだ。
母親はハンカチで目元を押さえているし、子どもは笑顔で跳ね回っている。
喜んでもらえるのは嬉しい。頑張ってよかったなと、そう思える。
「それに、次に来られる領主様のために、急ぎ庭を整える仕事をいただきました。花の種をまき、生きている木々を整え……やりがいのある仕事です」
「この人、素敵な花壇を作るのが得意なんです。いずれ、見にきてください」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ほんとうにありがとう!」
涙ながらに頭を下げている親子に見送られて、ミミナの町を後にする。街道の分かれ道まで戻って、それから広いほうの道を進めば、じきにレミュエルの故郷の町に着く。
いいことをしたなという満足感に包まれながら、ふたりのんびりと街道を歩いていく。すぐ後ろでは、ハンナがゆったりした足取りで私たちについてきていた。
「ところで、そろそろ教えてくれない? どうやって領主を足止めしたのか、やっぱり、気になっちゃって」
あれからそれとなく尋ねてみたのだけれど、はぐらかされてしまったのだ。ただ、私の笛のように、何がなんでも隠しておきたいといった感じではなく、人前で話すのはちょっと、といった態度だったのだ。
今なら、話してもらえるかもしれない。そんな期待をこめた私の問いかけに、彼はさらりと答えた。
「一服盛った」
「え」
「君と別れてから、俺は家の名を出して領主に近づいた。そうして、監査官が来る刻限を聞き出して、そこに合わせて領主に眠り薬を盛ったんだ。適当なところで目が覚めるよう、慎重に量を調整して」
声音こそ淡々としていたけれど、その顔に浮かんでいるのは、決まりの悪そうな表情だった。
「目的があったとはいえ、まっとうな手とは言いがたいからな……内緒にしてくれると助かる」
「ええ、もちろんよ! でもそれなら、先に話してくれてもよかったのに」
眠り薬を使った。それって、わざわざ隠すようなことでもないと思う。不思議に思いながら彼の顔をのぞき込むと、彼は困ったように視線をそらしてぼそりとつぶやいた。
「その、使った眠り薬は、俺の手製なんだ。そんなものを作ったと知ったら、君が嫌がるかと思って」
「嫌がる? どうして?」
「その気になれば、俺はいつでも君に薬を盛ることができる。俺は、危険だ。君がそう考えるかもしれない」
彼の声は、どんどん小さくなっていく。
「もう、考えすぎよ。あなたがそんなことをする人じゃないって、知ってるもの」
ちょっぴりわざとらしいかなと思いつつ、意識して明るい声で言い返した。
「それと、その眠り薬って、もしかして植物の研究の成果を生かして作ったの?」
「ああ」
「ふふっ、やっぱり! あなたってすごいのね」
素直な気持ちを口にしたら、彼は唇を噛んで視線をそらしてしまった。怒らせたかなと思ったけれど、どうやら違うみたいだ。よくよく見ると、耳がほんのりと赤い。照れてるんだ。
よかった、もう落ち込んではいないようだ。自然と、にやにや笑いが浮かんでしまう。後ろのハンナも冷やかすようにもうもうと鳴いていた。
レミュエルは困ったように視線をそらしていたけれど、不意にまた口を開く。
「……俺のほうからも、ひとつ聞いていいだろうか」
「ええ、どうぞ」
「君は、獣を呼ぶことができるみたいだな。もしかしたら、操っているのかもしれない」
彼もまた、そのことが気になっているようだった。……まあ、初対面のときにクマを連れていたし、それも当然といえば当然だろう。というか、気にならないほうがおかしい状況だったという自覚はある。
「そのことを隠そうとしているのは知っている。ただ、俺の推測が合っているかだけ、教えてほしい」
しかしレミュエルは、深く追及してくるつもりはないようだった。彼の気遣いをありがたく思いつつ、こくりとうなずく。
「……そうよ。ただ、具体的に何をどうやっているのかについては内緒にさせて。母の遺言だから」
すると、遺言という言葉に引っかかるものを感じたのか、レミュエルが軽く目を見張った。
「ん? 君の母は、故郷の村で元気にしていると聞いた気がするが……」
「ああ、そういえば言っていなかったわね。育ての親はふたりとも、とっても元気よ。亡くなったのは、私を産んだ実の母のほう」
ハンナが隣にやってきて、気遣うように顔を寄せてきた。大きなその首をかいてやりながら、静かに続ける。
「私の実の母は、お腹に私を宿したまま村にやってきて、そこで私を産んだの。そうして、すぐに亡くなってしまった」
ちらりとレミュエルを見たら、彼は眉を下げ、目を伏せていた。他人の、それもずっと昔の話でここまで悲しめるなんて、本当に人がいい。
「残された私は、母がお世話になっていた家に引き取られることになったの。実の子同然に育ててもらったし、両親には感謝してる」
胸を張って告げると、彼は泣き笑いのように顔をゆがめた。
「……そういう事情があったのか。ともあれ、君が健やかに育つことができてよかった」
「ふふっ、見てのとおり、ね。ただ、それはそうとして、実の母の思いも大切にしたいの。顔すら知らないけれど、私をこの世に生み出してくれた人だから」
「それがいいだろうな。……君の実の母は、なんという名だったのだろうか」
「ガートルードよ。どこから来たのか、村に来る前にどこで暮らしていたのか、そういったことは一切話さなかったから、私が母について知っているのは名前だけ」
「そうか。余計なことを聞いてしまって、すまない」
「いいのよ。むしろ、聞いてもらえてよかったって思ってるんだから。前に、人探しをしているって言ったの、覚えてる? あれ、ガートルード母さんのことなの。もう母さんはいないけれど、せめて過去のことを知りたいなって、そう思ったのよ」
ガートルード母さんのことを、故郷の村の人以外の人に話したのは初めてだ。
自分の素性を隠していたこともそうだし、笛を隠しておけというあの遺言といい、おそらく母さんはわざと自分の身分を隠していた。
前からうすうすそんな気はしていたのだけれど、こうして村を出て、いろんな人たちと関わっているうちに、その思いは確信へと変わっていた。
故郷の村と違って、外の世界はとっても危険だった。人と人の関係はずっと複雑で、簡単に他人の意思を踏みにじれる者がいる。きっと母さんは、自分と私を守るために、あの村に逃げ込んだのだ。
ただそうなると、母さんのことをうかつには話すのは危ない気がする。でもレミュエルになら、話しても大丈夫だ。そう断言できるくらいには、彼と一緒にあれこれ乗り越えてきた。私たちの間には、確かな信頼があると、そう思えている。
「……これからも、よろしくね」
ふと照れくさくなってしまって、彼から視線をそらしてつぶやく。視界の端に、彼が小さくうなずいたのが見えた。
さらにもうしばらく歩いたところで、また口を開く。
「それよりも、この国って思っていたよりずっと物騒よね」
ひたすらに歩いているうちに、自然とここまでのあれこれを思い出してしまったのだ。
「故郷の村は、それはまあ……色ボケ領主なんかがいたけれど、でもそこそこ平和だった。ところが村を出たとたん、次から次からたちの悪いのが出てきて」
悪魔が出たといっていけにえを捧げようとしていた、それだけでなく善良な旅人をだましていけにえにしようとしたあの長老。
昼間っから堂々と街道を進んでいた人買いの馬車。そして、町の人が困っていてもお構いなしの、ミミナの最低領主。
「外の世界がこんなに怖いところだなんて、知らなかったわ。あなたと出会っていなかったら、いいかげん嫌になって家に戻っていたかも」
「俺も、ここまでひどいとは思っていなかった」
私の言葉に、レミュエルも低い声で答える。普段は落ち着いた雰囲気の瑠璃色の目は、鋼のように鋭い光をたたえていた。
「あなたは、あちこち旅をしているのでしょう? なのに、今まで気づかなかったの?」
「今回の旅が、とりわけおかしいんだ。次から次へと、問題にぶち当たってばかりで。最近、少しずつ治安が悪くなっているように思えてはいたが、ここまでとは」
苦虫をかみつぶしたような顔でうめく彼を見ていたら、また別のことが気にかかってしまった。
「そういえばあなたって、何年くらい旅をしているの? かなり慣れているみたいだけど」
「もう十年以上はふらふらしている。遠くに出かけて植物やキノコを調べ、家に戻って少し休んでまた出かけ……といった生活だ」
レミュエルは今二十四歳だから、えっと……。
「十四歳で一人旅? よく親が許したわね。狩人の子とかならともかく、商人の子でしょう?」
ちょっぴりあきれつつ言葉を返したら、彼はどことなく誇らしげに答えてきた。
「獣人族は人里より自然の中を好むし、野山での立ち回りは得意だからな」
「あ、確かにそれはそうね」
「しかしそれを言うなら、十七歳にして一人旅をする女性も、かなり珍しいと思うが。しかも、とびきり立派な牛を連れて」
「そうなの? でも、ハンナが立派だって認めてくれて嬉しいわ。毛並みも肉付きもとびきりで、しかもとっても賢いもの」
ぶもっ!
「……やっぱり珍しいな、君たちは」
褒められて喜ぶハンナを見て、レミュエルがおかしそうに笑う。
これまでの騒ぎが嘘のような、平和そのものの旅路だった。




