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12.力を合わせて

 そして、次の日。私はハンナと一緒に、領主の屋敷が見下ろせる高台に陣取っていた。


 ぶもっぶもっ。


「ハンナ、ご機嫌ね……」


 昨日私はハンナに乗って、町の周囲の森を駆け回った。存分に笛を吹きまくって、森のシカたちに呼びかけていたのだ。


 私ひとりだったなら、大変な作業になっていただろう。森は広いし、かろうじて獣道があるだけだ。そんなところをひたすら歩き回って、笛を吹いて……どう考えても、一日では終わらない。


 しかしハンナは、その頑丈な巨体を活かして、がんがん森に突っ込んでくれたのだ。力ずくで道を作り、あっという間に森の奥まで分け入ってくれた。本当に、頼りになる。


 そんなことを思い出していたら、ハンナがまた鳴いた。


 もうぅ。


 彼女の視線の先には、たくさんの小さな影がうごめいている。シカたちだ。影は次から次へと森の中からわいてきて、町のほうへと向かっていった。


「よし、出てきたわ……ハンナ、行くわよ」


 どういう理屈なのかいまだにさっぱり分からないけれど、笛で呼ばれた獣たちは、だいたい私のお願いどおりに動いてはくれる。


 ただ、時々好き勝手に動くこともあるので、近くで見張っておいたほうがいい。特に今回は、シカたちの動きを制御できないと大変なことになりかねないから。


 ハンナにまたがり、シカたちのほうに近づいていった。シカたちは私たちの姿を見てぎょっとしているようだったけれど、すぐに予定どおりの方向に歩き出した。


「……馬に乗って羊を追いかける、っていう仕事があるって、聞いたことがあるけれど……牛に乗ってシカを追いかける、って、似ているようでかなり違うわね」


 しみじみとつぶやいている間も、ハンナは右へ左へちょこちょこ動き回り、シカたちをまとめている。


「牧羊犬ならぬ、牧シカ牛……」


 ぶもーう。


 私の独り言に、ハンナもおかしそうに笑っていた。やはりたくみに、シカたちを誘導しながら。


 遠くのほうに、目的の場所が見え始めていた。これから起こるであろう騒動を想像して、ひとりにやりと笑う。


「さて、レミュエルのほうはどうなっているのかしらね……」


 そう言いつつも、不安はなかった。彼ならきっとやりとげてくれると、素直にそう信じることができたから。




 私たちはシカを追い立てながら、町に隣接する屋敷に向かっていた。領主の屋敷だ。シカたちは行儀よく列を作って、ぞくぞくと庭に入っていく。私もハンナから降りて、こっそりと庭に入り込んだ。


 ここは、あの親子連れの父親が、かつて丹精込めて手入れをしていた庭だ。でも彼は、もし元の仕事に戻れるとしても、もうあそこでは働きたくないと言っていた。あの庭には、もう未練はないのだそうだ。


 もし、またミミナの町で暮らせるようになったら、自分は裕福な家の庭を整えたり、あるいは植物を育てて苗や作物を売ったりして生計を立てていきたいと、彼は語っていた。


 おかげでこちらも遠慮なく、好き勝手できる。だから私は周囲の森に棲みついたシカたちを呼び出し、ここの庭に集合させることにしたのだ。


 庭中にひしめきあったシカたちは、花壇の花や木の葉をむしゃむしゃと食べている。ごちそうにありつけたぞと言わんばかりの、いい食いっぷりだ。


 さて、いい感じに恐ろしい光景ができあがった。あとは……。


 物陰にひそんで、様子を見る。じきに、屋敷の中からレミュエルと、知らない男性が姿を現した。やけにかっちりした格好をしているし、たぶんあの男性が監査官だ。


 領主らしき人物は……来ていない。よし、計画通り。


 二人は庭の惨状を目にして、呆然と立ち尽くしてしまった。これが私の仕業だと分かっているレミュエルも、さすがに驚かずにはいられなかったようだった。


 ハンナにはそのまま物陰で待っていてもらって、ひとりで彼らのほうに近づいていく。しかしシカが多すぎて、まっすぐ進めない。


 食事の邪魔をしないように気をつけつつ、シカをかき分けて突き進む。しばらく頑張っているうちに、ようやくふたりのところにたどり着くことができた。ああ、疲れた。


「ああ、監査官様ですね! 私、シカの群れを見かけて、町の人の畑を荒らしたら大変だと、必死に追いかけてきたのですが……まさか、こんなところに、こんなに集まってしまうなんて……」


 心配でたまらない、困り果ててしまったという表情を作って、熱心に監査官に呼びかける。


 監査官の後ろに立っているレミュエルは、やけにひきつった顔をしていた。たぶん、私の演技を見て笑いをこらえているのだろう。失礼な。


 そして監査官は私を見て、またシカを見て、思い切り深刻な顔になった。


「……これだけの数のシカが、近隣の森にひそんでいたとは……なるほど、民のささやかな畑など、ひとたまりもないわけだ。領主がこれを見過ごすなど、あってはならないことだな」


 監査官は眉間にくっきりとしわを寄せて、手元の紙束に何か書きつけている。ただ、シカたちがその紙束を食べようと狙っているせいで、中々に苦戦していた。


 レミュエルとふたり協力して、シカから監査官を守る。そうしていたら、今度は町のほうから足音が近づいてきた。それも、たくさん。


「か、監査官様が来ておられるんですよね!?」


「どうか、俺たちの話を聞いてくれ!」


 それは、町の男性たちだった。悲壮な決意を顔に浮かべ、必死に走ってきている。どうやら、領主の怒りを買ってでも監査官に直訴しようと、そう考えたのだろう。


 しかし彼らは、庭中にひしめいているシカたちの姿を見て、そのまま立ち止まってしまう。みんなぽかんと口を開けているのが、なんともおかしい。


「わ、分かりました。具体的な被害について、聞かせてください」


 なおも迫ってくるシカをかわしながら、監査官が男たちに言葉を返す。シカの群れをはさみながら、彼らは会話を交わし始めた。


「……どうにかなりそうね」


「ひとまず、うまくいったな」


 その姿を見ながら、レミュエルとこっそり微笑みあう。


 やけに増えたシカを監査官に見せ、困っている民の訴えを聞かせた。これだけ証拠がそろえば、あとは監査官がしかるべき対策を取ってくれるはずだ。幸い、かなり真面目そうな人のようだし。


「ところで、どうやって領主を足止めしたの?」


「ああ、それなら」


 彼が説明しかけたそのとき、今度は屋敷の中から叫び声がした。


「なんじゃ、これは! わしの庭が、畜生どもに!! ああ、なんたる惨状!」


 ちょっぴりふらついた足取りで屋敷から出てきたのは、性格の悪そうな爺さんだった。顔が真っ赤だけれど、酒でも飲んでいたのだろうか。それとも、怒りからだろうか。


 それはそうとして、『わしの庭』と言うからには、彼がここの領主だろう。なるほど、想像を裏切らない雰囲気の人物だ。


「お前ら! 食いものが欲しいのなら、平民どもの畑に行け!」


 ぎゃんぎゃんと吠えながら、領主はシカを追い払おうとする。もちろん、シカたちはびくともしない。残り少なくなった木々の葉を、それでもせっせとかじっている。


「おい、平民風情が、わしの庭に入るな! とっとと出ていけ! 汚らわしい!」


 どうやら領主は、まだ監査官の存在に気づいていないらしい。背の高いレミュエルの陰に、監査官がうまいことすっぽり入り込んでしまっているからだろう。


「……なるほど、それがあなたのやりようなのですね」


 すぐに、レミュエルの陰から低い声がした。突然のことに、領主も目を丸くしてそちらを見る。


「この地の状況、しかとこの目で確かめました。間違いなく、王宮へと伝えましょう」


 ゆっくりと、監査官が歩み出てきた。さっきまで彼にたかっていたシカたちも、なぜか今はおとなしくしている。領主はわなわなと唇を震わせながら、監査官をじっと見つめていた。


「私たち監査官は、貴族たちの行いを見定め、王宮へと伝えるのが役目です」


 監査官は、にっこりと笑っていた。しかし目は少しも笑っていないし、声は恐ろしく低い。


「あなたは、領主としては不適切だ。いずれ、王宮はそのような結論を出すことでしょう」


 有無を言わさぬその言葉に、周囲からわあっと歓声が上がった。その声に驚いたのか、シカたちが一目散に駆け去っていく。


 すっかり広々としてしまった庭で、領主がうつろな目をしてぺたんと座り込んでいた。

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