11.準備はしっかりと
そうこうしているうちに夜になったので、宿の裏口からこっそりとあの親子を呼び込み、借りていたもうひとつの部屋に案内する。
途中、宿の主人に見つかってしまったけれど、主人は無言でうんうんとうなずくだけだった。どうやら彼も、親子に同情しているらしい。きちんと代金を払っている限り、彼は親子をかくまってくれそうだ。助かった。
どうにかこうにか部屋に落ち着いた三人に、レミュエルが買い求めてきた軽食を差し出す。三人とも礼を言いながら、ちょっぴり涙ぐんでいた。
無理もない、故郷を追い出され慣れない旅の中、人買いに捕まって……と立て続けに不幸な目にあってきたのだから。
「じきに、状況も動きそうだから……それまでは、ここでじっとしていて。食事は私たちが買ってくるから」
「いえ、そこまでお世話になるわけには……」
「気にしないでくれ。これも乗りかかった舟だ」
大いに恐縮している親たちに、レミュエルが平然と答えている。
レミュエルは、結構お金を持っていた。その気になれば、私たちふたりで半年くらいここに留まっていられるほどの金額だ。
だから親子をしばらくかくまうくらい、どうということはないのだと、彼はそう言っていた。……太っ腹というか、やっぱりいいところの坊ちゃんなのね……。
この日はひとまず、ゆっくりと休むことにした。あのいけにえ村からこっち、ずっと野宿だったから、天井があって寝台があるというのが、とてもありがたい。
……ただ、レミュエルと同室というのが、ちょっと落ち着かなくもある。
旅というのはこういうものだと、一応知ってはいる。旅に出るのはこれが初めてだけれど、今までに故郷の村を通りがかった旅人たちから、いろいろと話を聞いていたから。
こうしてふたりきりでひとつの部屋を使うのは、割とぜいたくなのだとか。宿によっては、大きな部屋でそれぞれ毛布をかぶり、見知らぬ者同士で床に雑魚寝なんてこともあるらしい。
私がこうしていられるのも、レミュエルに宿代を出してもらったおかげだということは分かっている。
ただそれでもやっぱり、若い男性と同じ部屋で眠るのは……野宿のときは、そんなに意識してなかったんだけど……屋根があるのとないのとで、どうしてこんなに違うのよ……。
毛布をすっぽりとかぶったまま、落ち着かなくてごそごそと寝返りをしていたら、近くからレミュエルの声がした。
「……眠れないのか? その、なんなら俺は外でも……ほら、もうひとつの姿なら、野宿でも割と快適だから……」
どうやら私のことを気遣ってくれているのだろうけれど、とんでもないことを言っている。つまり、黒いオオカミの姿で、近くの森に飛び込んで寝ようということだろう。
「あ、ええと、いえ、気にしないで! あなたのお金で借りた部屋から、あなたを追い出すなんてどう考えてもおかしいし! ……その、じきに慣れるから。それに、あなたがいてくれたほうがいいし」
しかしそう答えた私の声は、笑えるくらいに裏返っていた。やだもう、どうしてこんなに緊張してるのよ。
「……そうか」
短く答えた彼の声は、気のせいか少し笑っているように聞こえた。
次の朝、また親子に食事を差し入れる。ゆっくり休んだからか、三人とも少し元気を取り戻していた。
宿から出ないようにと言い含めてから、私とレミュエルは大急ぎで宿を飛び出した。親子のほうはどうにかなりそうだから、次はいよいよ領主の件について動き出すのだ。
宿の近くで、男性がふたり立ち話していた。その片方に、見覚えがある。昨日、監査官について話していた人たちのひとりだ。改めて、監査官はいつ来るのかと尋ねてみる。
「えっ、明日なんですか!?」
「ああ。だから領主様は、いつも以上にぴりぴりされててなあ」
「見てみろよ、この大通りを。昨日よりずっと人が少ないだろう? 領主様に見つかってとばっちりを受けたら大変だって、みんな家にひきこもってるのさ」
「そうだったのか……情報、感謝する」
レミュエルが礼儀正しく頭を下げると、男たちはにんまりと意味ありげに笑った。
「なあに、あんたも可愛い恋人を守らなくちゃならんだろ? うっかり領主様にかすめとられないように、気をつけな」
その言葉に、私とレミュエルが同時に絶句する。
今、可愛いって言われた……って、驚くところはそこではない。彼らは私とレミュエルを、恋人だと勘違いしている。
これ、どう答えたらいいんだろう。私はレミュエルのことをそこそこ気に入っているけれど、私たちは断じてそんな関係ではないし。かといって、変に否定するのもレミュエルに失礼なような気がする。
無言であわてていたら、レミュエルがそっと私の肩に手をかけた。わ、大きな手。
「忠告ありがとう。気をつける。それでは」
そうして彼は、私の肩を抱いたまま、その場をあとにしたのだった。
男性たちから離れてしばらく進んだところで、小声でレミュエルに尋ねる。
「……えっと、さっきのだけど……どうして否定しないの?」
「彼らの口ぶりからすると、ここの領主は女性を狙うこともあるらしい。恋人のふりをしていたほうが、君を守りやすいかと思ったんだ。その、嫌だったのなら改めるが」
「あ、そ、そうね……べ、別に嫌じゃないし」
理路整然と、しかし少々熱っぽく主張する彼に、ぽかんとしながら言葉を返す。彼の言いたいことは分かったけれど、さすがに照れくさくて、ついつい態度がぎこちなくなってしまう。
だって、恋人らしいふるまいとか、ろくに経験がないし……あのジョンの大馬鹿野郎とは、手をつないだだけだったし。どうしていいか分からない。
結局私は、ただされるがままになっていた。思いっきり、恥じらいながら。
そうして町はずれまできたところで、私たちは顔を見合わせてうなずきあった。さっきまでの甘い空気を振り払うように、きっぱりと宣言する。
「じゃあ、私は森のシカたちを探してくるから」
「領主と監査官については、俺に任せてくれ」
人々を苦しめているというシカをかき集め、監査官に見せること。その際、領主が言い訳をできないようにすること。そうして監査官にこの町の惨状を知ってもらい、ついでに領主にもう一発お仕置きをすること。
それが、昨日改めて話し合った結果決まった方針だった。どちらがどの仕事を担当するかも、すんなりと決まった。私がシカを、レミュエルが領主を担当する。
ただ、どうやって自分の役目をまっとうするかについては、お互いなんとなく言葉を濁していた。私はあの笛のことを秘密にしているけれど、どうやらレミュエルも何か隠しているようだった。まあいいや、今は気にしないでおこう。
「それじゃあいよいよ、作戦実行といきますか!」




