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10.渡りに船

「それでは、俺とベリンダは一足先に町に向かう。あなたがたは打ち合わせどおり、町の外で待っていてくれ」


 レミュエルの言葉に、親子は神妙な顔でうなずいた。彼らには町の外で待ってもらって、日が落ちてからこっそり合流する手はずになっている。領主の怒りを買っている彼らが日中堂々と町を歩くのは、さすがにまずいから。


 なので私とレミュエルはいったん親子と別れ、ハンナを連れて町に向かうことにした。


「わあ……上から見たときも思ったけれど、本当に大きな町ね」


 頑丈そうで美しい建物に、足元は石畳。行きかう人たちもちょっとしゃれた格好をしていて、私のように動きやすい格好で牛を引いている女性は見当たらなかった。いやそもそも、町中に牛がいない。


「あなたの家がある町と、どちらが大きいの?」


 レミュエルに尋ねると、彼は前を見つめたまま小声で答えてくれた。


「……こう言っては失礼にあたるかもしれないが、比べるまでもないくらいに俺の故郷の町のほうが大きい」


「え、本当!? これより大きいの!? 困ったわ、想像もつかない……そんなところに行ったら、迷子になってしまいそう……」


「安心してくれ、俺がきちんと道案内するから」


 ぶもーう。


 私たちが和やかに談笑しながら通りを歩いていたら、道の脇のほうに人が集まっているのが見えた。みんな背中を丸めて、困り顔で何やら話し込んでいる。


 ちょっと気になって、そちらに近づいてみた。


「ああ、困ったなあ……」


「領主様が動いてくれないと、どうしようもないよな……」


「狩人たちも頑張ってくれてるけれど、やっぱり人手が足りなくて……うわっ、牛!?」


 顔を見合わせてひそひそと話し合っていた男性たちが、私の隣のハンナに目を向け、飛び上がって後ずさりしていた。そこまで驚かなくてもいいのに。


「な、なんでこんなところに牛がいるんだ?」


「あんた、旅の人間……だよな。牛を連れてる旅人なんて、初めて見たが」


 うさんくさそうな目で私を見ている彼らに、にっこりと無邪気な笑みを向ける。


「この子は、私の相棒なんです。ところで、牛を預かってくれそうな宿を知りませんか?」


 堂々とふるまっているせいか、彼らも少し落ち着きを取り戻したようだった。みんなで町の奥のほうを指さして、すぐに答えてくれた。


「ああ、町のはずれのほうに、牛飼いたちが暮らす区画がある。そこで牛を預かってもらって、近くの宿に泊まればいい」


「ありがとうございます。ところで、何かお困りのようですね」


 宿を尋ねたついでに、そのまま質問してみる。困っている人間って口が軽くなりがちだし、もしかしたら少しくらい事情を聞けないかなと、そう思ったのだ。


「最近、森のシカたちが増えてしまって……畑の作物を食い荒らされて困っているんだ」


 そして私の予想を裏切らず、彼らのひとりが口を開いた。


「町の人間が食べるぶんの作物は、町のすぐ外にある畑でまかなってるんだよ」


「領主様の口に入るような上等なものは全部よそで買いつけてるから、ここの畑が駄目になっても領主様は困らないんだろうけどさ」


「でもこのままだと、俺たちが飢えちまう……今はまだいいけど、秋の実りを食い尽くされたら、冬が越せない」


 男たちは口々にそう訴えて、同時にうなだれた。


「だから俺たち、王宮に陳情したんだよ。このままじゃ俺たちは飢えてしまいますって。それで今度、監査官様が来てくれることになったんだ」


 監査官が呼ばれた。その言葉に、思わずレミュエルを見る。彼はきりりと顔を引き締めたままだったけれど、口元には小さな笑みが浮かんでいた。


 どうにかして監査官を巻き込みたい。それが、昨夜私とレミュエルが出した結論だったのだ。


 私の村の領主や、途中の村の長老なんかは、神様を引き合いに出すことで黙らせることに成功した。どちらもかなりの田舎だし、そういった迷信じみたものもそれなりに通じる。


 でもミミナの町は、それらの村よりはずっと大きい。そんなところを治めている領主であれば、神の名を出しても鼻で笑うだけかもしれないと、レミュエルがそう指摘したのだ。


 とはいえ、通りすがりの旅人でしかない私たちが、領主の悪行を訴えて監査官を呼びつけるのはどう考えても無理だ。仕方がないから、町に入ってから協力者を探すしかないかなと、そう考えていたのだ。


 けれど、町の人たちが監査官を呼んでくれていた。こんなに好都合なことがあるだろうか。


「ただ、な」


 しかし、男たちは浮かない顔だ。


「監査官が来るって聞いた領主様が、たいそう腹を立ててしまって……これまで以上に、使用人たちにきつく当たるようになったんだ。もう、何人も解雇されてる」


 ああ、そうなったのか。もしかすると私たちが助けたあの親子連れも、そんなとばっちりを食らった被害者のひとりなのかも。


「このままじゃ、監査官様が来てくれても、俺たちはまともに訴えることすらできないかも……」


「うっかり不平を漏らしたら、あとでどんな目にあうのか……」


「最初に王宮に訴え出たやつは、身の危険を感じて町から出ていくはめになったしな……」


 なるほど、彼らの悩みと現状はだいたい分かった。……そういうことなら、私たちが首を突っ込む余地も大いにありそうだ。


 ひとまず男たちに礼を言って、その場をあとにした。無言のまま町はずれに向かい、ひとまずハンナを牛飼いのところに預ける。ハンナのたくましい体を見た牛飼いは、「……この子、本当に乳牛かい? 荷を引く牛じゃなくて?」と目を丸くしていた。


 それから近くの宿に向かい、部屋をふたつ借りる。日が暮れて暗くなったら、あの親子をこっそりと招き入れて、部屋の片方に泊まってもらうつもりだ。


 もうひとつの部屋に、レミュエルと向かう。ふたりきりになったところで、寝台に勢いよく腰を下ろす。にやりと笑って、小声で言った。


「ねえ、レミュエル。幸先いい感じじゃない? 監査官、来るんだって」


「ああ。あまりに都合がよすぎて、まだ信じられないが」


 向かいの寝台にちょこんと座ったレミュエルが、苦笑しながら言葉を返してくる。


「となると、俺たちがやることは……町の人たちの窮状を、的確に監査官に伝えることだな。そうすれば、領主は今までどおりに好き勝手はできなくなる。この町も、少しは暮らしやすくなるだろう」


「あと、領主をぎゃふんと言わせるのも忘れずにね」


 笑顔で付け加えると、レミュエルがまずいものでも呑み込んだかのような顔になった。


「それは……必要なのだろうか? 監査官がきちんと罰を与えてくれるはずだが」


「必要よ。法律にのっとって処分されました、ってだけじゃ、どうしても収まらない気持ちってあるもの」


「まあ、否定はしないが……」


「でしょう? それでね、さっきの話を聞いて考えたんだけど……」


 身を乗り出して、さっき思いついた案について説明していく。レミュエルは目を見開いていたけれど、やがて小さく苦笑した。


「仕方ない、こうなったら腹をくくろう。ミミナの民の心の安寧のためだからな」


「ふふっ、頼りにしてるわね」


 顔を突き合わせて、声をひそめながらの秘密の作戦会議。不謹慎かもしれないけれど、心が弾んでいるのを感じていた。

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