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9.悪党はどこにでも

 突然の声に振り向くと、そこには粗末な身なりの人たちがいた。さっき、馬車の中から投げ出された人たちだ。六歳くらいの男の子を連れた、三十歳くらいの男女で、親子のように見える。


 声をかけてきたのは、父親とおぼしき男性だった。さっきの騒動におびえているのか腰が引けてはいるけれど、妻子を守るように背後にかばっている。


 それはそうと、彼らは私たちが人買いを追い払ったのだと思っているようだ。合っているといえば合っていなくもないのだけれど、ヤマネコの出現に私がからんでいることを悟られないよう、きっちりとごまかしておかなくては。


「いえ、私たちはたまたまあの男たちに見つかってしまったので、仕方なく逃げ回っていただけです。そうしたら、運よくヤマネコたちが出てきてくれて。本当に、幸運でした」


 我ながら苦しい言い訳だなと思いながら、『幸運』を思いっきり強調しつつ笑顔で話す。しかし男性は、すぐに首を横に振った。こちらも、ほっとしたような笑顔だ。


「ですが、見事に牛を乗りこなしておられて……人買いたちも、あれには驚いていました。あなた方が通りがかってくださらなければ、どうなっていたことか……」


「あの、ですからそれは、ヤマネコたちの手柄ですから」


 そのヤマネコを呼んだのは、私だけれど。


「いえ、牛に乗る女性なんて、初めて見ましたわ……なんて、凛々しいのでしょう……」


「おねえちゃん、かっこよかった! うしさん、つよそう!」


 しかも妻子までが、話に加わってしまった。とはいえ三人とも、私とハンナに注目しているようだし、これはこれでごまかせているのかもしれない。


 ただ、牛に乗ってさっそうと駆ける謎の女……とかなんとか、そんな噂が残りそうな気もする。実のところ故郷の村でも、牛をここまで乗りこなせていたのは私だけだから。


「……人買いもいなくなったのだし、とりあえず家に戻ってはどうだ? 不安なようなら、送っていくが」


 複雑な気分でこっそりうなっていたら、レミュエルがそっと口をはさんでくれた。ああ、これでこそばゆい話が終わりそうだ。


 そう安堵したのもつかの間、親子連れはしょんぼりとした顔になってしまった。


「私たちは、山向こうにあるミミナの町で暮らしていました。ですが、訳あって町を出ることになって……そうして遠くの親戚を頼ろうと旅をしていた途中、人買いに捕まってしまったのです」


「親戚のところまで送っていただくわけにもいきませんし、お気持ちだけありがたくいただきます」


 両親がそこまで話したところで、母親と手をつないだまま話を聞いていた息子が、震える声で両親に訴えかけた。


「ねえ、おとうさん、おかあさん……ぼく、このひとたちといっしょがいいよ。おうちにかえろう? もう、こわいのはいやだよ……」


 そうしてそのまま、泣き始めてしまう。ひっくひっくとしゃくり上げている息子を、親たちは必死になだめ始めた。


「駄目よ、おうちにはもう戻れないの……」


「どうして? りょうしゅさまが、おこってるから?」


「ああ、そうだ……」


「でもぼく、たびはいやだよ! こわいよお!」


 そんな親子の会話を聞いていて、引っかかるものがあった。領主を怒らせたから、家に戻れない? この親子に、何があったのだろう。


「あの……もしかして、ミミナの領主と何かあったのでしょうか?」


 こんなことを聞くのは失礼かなと思ったけれど、どうにも気になって仕方がなかったのだ。


 しかし予想に反して、父親はすぐに返事をしてくれた。


「私は、領主様のお屋敷の庭師を務めておりました。先日、いつものように庭木を剪定していたのですが、それが領主様のお気に召さなかったようで……」


 彼は肩を落としつつも、すらすらと語っている。どうやら、胸の内にたまっていたものを話してしまいたかったらしい。


「『なぜそんなに枝を短く切るのか、せっかくの庭が台無しだ!!』と激怒されてしまったんです」


 悲しそうな妻子の肩を抱き、彼は熱く主張した。


「ですが、去年もおととしも、全く同じ形に、領主様のご命令のとおりに木を切っていたのに……どうして、こんな……」


「つまるところ、言いがかりね」


「虫の居所でも悪かったのだろうか」


 私とレミュエルが次々とたたみかけると、父親はそうかもしれませんね、と言ってうなだれてしまった。


 ここにもいたか、悪徳領主。私にちょっかいをかけてきたあの領主は、存分に毛をむしってやったけれど……こちらの領主も、できるならとっちめてやりたいなあ……。


 親子を見守りながらそんなことを考えていると、レミュエルがそっと顔を寄せてきて耳元でささやいてきた。


「首を突っ込みたいと、そう言わんばかりの顔だな」


 彼の腕を取ってくるりと後ろを向き、やはり小声で言い返す。


「だってこの人たち、領主のせいでひどい目にあってるのよ。そんな領主のせいでこんな小さな子が泣いてるなんて、嫌なんだけど」


「そういえば君も、領主とのいさかいが原因で故郷を追われたのだったか……」


 私の主張に、レミュエルは切なげに目を伏せた。どうやら彼は、彼らだけでなく私にも同情してくれているらしい。


「ただ、申し訳ないんだが……俺たちが関わったところで、この事態をどうにかできるとは思えない」


「そうね。でも、もしかしたら事態を動かせるかもしれない。だったらちょっとだけでも、あがいてみたいなって思うの」


 ここで出会ったのも、何かの縁。それにこのまま別れてしまったら、きっとしばらく気になってしまうだろう。


 レミュエルの顔を間近に見上げ、じっと目を見つめる。思い切り声をひそめて付け加える。


「……少しばかり普通じゃない私たちなら、普通の人にはできない解決法を見つけられるかもしれないし」


「うむ……それはそうかもしれないが……」


 少し背伸びをして、さらに近くで彼を見つめる。やがて彼は、根負けしたようにため息をついた。


「分かった。だが、あくまでもこちらに危険が及ばない範囲で手を貸すと、約束してくれ。さすがに先ほどのは、肝が冷えた」


「ええ」


 にっこりと笑って答え、それから親子のほうに向き直る。


「あの、私たちでよければ、少し力を貸しましょうか。大したことはできないかもしれませんが」


 すると親子は、三人そろってほっとしたような顔になった。


「お願いしても……いいのでしょうか? あなたがたにご迷惑をおかけすると分かっているのですが、他に頼れるものもなく……」


「あなたがたの力を借りて、その結果駄目だったなら、この子もあきらめてくれるとは思います」


「おねがいします、おねえちゃん、おにいちゃん!」


 通りすがりの、牛に乗った女と旅の男。そんなよく分からないふたりが手を貸したところで、この状況がよくなるとは限らない。少なくとも親たちは、そのことを理解しているだろう。


 それでも彼らは、安堵せずにはいられなかった。それくらい、この人たちは追い詰められていたんだな。三人の表情に、胸がぎゅっと苦しくなるのを感じた。




 細い脇の街道を、ミミナの町に向けて進む。道すがら、いろんなことを話した。


 親子は私の事情を聞いて悲しそうな顔になっていたし、レミュエルの身元……もちろん、獣人族であることは伏せて、商家の息子にして植物の研究者であることだけを伝えたら、立派なお方なのですねと驚いていた。


 この人たちは善良な、純朴な人たちなのだなと、その反応を見ていて思った。そして同時に、こういった人たちが穏やかに暮らせないという状況に、憤りを感じずにはいられなかった。




 その日の夜、私とレミュエルはふたりで焚火の番をしながら、顔を寄せ合ってひそひそこそこそとささやき合っていた。親子は、少し離れたところで身を寄せ合って眠っている。


 親子から聞き出したあれこれをもとに、領主をとっちめるための作戦を練っていたのだ。といっても、間違っても子どもには聞かせられないような内容なので、火の番をしている間だけ。


「それにしても、ミミナの領主って……気分屋で、怒りっぽくて、おまけにわがままだって話じゃない? たぶん、彼に泣かされている人はもっともっといると思うのよ」


「小賢しいことに、王宮からの監査官がいるところではおとなしくしているらしいしな」


 レミュエルが教えてくれたのだけれど、この国には監査官と呼ばれる人たちがいて、定期的に、あるいは民からの訴えに応じて、領主たちの仕事ぶりを確認しにやってくるのだとか。


 でもミミナの領主は、のらりくらりとうまいこと監査官の目をかいくぐっているらしい。


「何それ、そんなところだけ知恵が回るとか余計に腹立つわ」


「そうだな。どうせなら、ただこらしめるだけでなくきっちりと化けの皮をはいでやりたいところだが」


「……案外、乗り気ね?」


「さすがに、あんな話を聞かされてしまったらな」


 なんだかんだで、レミュエルはお人よしのようだった。そのことを嬉しく思いながら、さらに熱心に話を進めていった。




 子ども連れのゆっくりとした旅路ではあったけれど、次の日の午後には、ミミナの町が見える高台にたどり着けた。


 遠いのではっきりとは見えないけれど、町にはしっかりとしたつくりの家がずらりと並び、広い道をたくさんの人が歩いている。きっとあそこは、とてもにぎやかなのだろう。


「ふふふ、首を洗って待ってなさい、悪徳領主……」


 町を見つめたままにやりと笑い、かすかな声でつぶやく。隣のレミュエルだけが、ちょっぴり苦笑していた。

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