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第8話 デート二回目 (総合病院)

 総合病院に着き、お姉さんは受付で俺の知らない名前をたずねた。


 ……そういえば、俺は、お姉さんの恋人の名前を知らない。


 まだ、出会って九日、四日だけしか顔を合わせていなくて。

 話を交わしている時間は半日にも満たない。


 ……ここに来た事情を話してもらっていても、俺は、恋人の名前だけでなく……。


「健太郎君、病室ここだから、待ってて」


 「はい」と返すと、「ごめんね」とお姉さんは扉の中に入った。

 横開きの扉が閉まり、俺は、大きく息を吐く。


 ……俺が、彼女を知らないのは当たり前だろう。


 地元のひとではなく、初めてここに来たひと。

 八歳年上、二十五歳の大人のお姉さんが、この短時間で全てを話すほうがおかしい。


 ……こんな、何も取り柄がなくなった、子供の俺なんかに。


 そう思ったとき、扉が内から開かれた。


「あらっ、あんた、浅野さんとこの長男じゃん」


 俺より大きな身体が現れ、「あんた」と包帯を頭に巻いた顔が俺の顔に近づく。


「エロ本、一回も買いに来たことのないあんたなら、桃子ちゃんのこと任せられるわ」


そう言いにっと笑った、二週間苅っていない俺よりもつるりとした坊主頭。

 父親よりは年下だろうが、中年なのに、俺よりも身長が高く筋肉ががっちりついた身体。

こんなひとが、おっさんが、この町に居たなんて知らなかった俺は聞いた。


「……あの、どこかで、お会いしたことありますか」


「失礼ねえ、あんたが鼻水垂らしてる頃から会ってるわよお」


 ふふっと俺を見下ろす、白いふわふわのパジャマを着たおっさんに見覚えは、全くない。


「宇佐美さん、安静にしとかないとダメでしょう」


 ひょこり、うしろから顔を覗かせたお姉さん言い、


「この、ちんけな町で、唯一でマーベラスな本屋さん『うさぎ書店』の店主よ」


 答えを聞いても、俺は全然ぴんとこない。


「……あそこは、おじいさんがひとりでされてますよね」


「宇佐美さんは、変装の達人で夜はニューハーフバーのママなんだよ」


 お姉さんがにこにこと答えてくれ、宇佐美さんは「もー先に言わないで」と身体をくねらせた。


「十五年前、父親に呼び戻されてね、都会では結構有名な舞台俳優だったんだけどこんな田舎に帰ってく

るしかなくなっちゃった訳よ。父親は帰ってきて二ヶ月後に死んじゃって、まともな格好で本屋を続けるなら、夜はバーをやっていいし遺産は全部やるって遺書残されちゃってね。まあね、当時借金もあったぐらいで、貧乏だった私は条件呑むしかなかった訳、だから舞台で培った演技力で昼間は老人男性のふりして本屋店主して、夜は、華麗な蝶として自分の城で舞ってたって訳よ」


 宇佐美さんは、聞いてないのに事情を早口で教えてくれ、片手を伸ばしてきた。


「そんな訳で、私のこと言いふらしたり、物珍しさで本屋にからかいにきたら」


 俺より大きな手が、俺の片手を握り、ぐっと強い力を入れる。


「君が、桃子ちゃんと、いけない関係なの親御さんに言っちゃうぞ」


 ばちんと、大きく片目を閉じた宇佐美さんに、俺が返す前。


「宇佐美さん、健太郎君はそんな子じゃありませんよ」


「桃子ちゃん、今時のガキなんてね何するか分かったもんじゃないのよ、スマホで動画撮って『俺の田舎

でめっちゃ綺麗なニューハーフ発見』てネットで拡散されたら私の人生……、ちょっと、ニューハーフじゃなくてお姉さんで拡散しなさいよね」


「宇佐美さん、健太郎君、スマホ持ってませんガラケーです」


「嘘でしょ? 今時、そんな男子高校生居るの?」


 「ここに」と、俺が答えると、宇佐美さんは俺をぎゅっと抱きしめた。


「くそ真面目なお父さんの自慢の息子て知ってる、ごめんね、からかって」


 耳元で言い、ふっと息を残してから離れてくれる。


「……父は、宇佐美さんを、知ってるんですね」


「この町って、スナックとラウンジ一軒づつしかないでしょ、よそから来たひとがそのふたつの接待で物

足りないときうちに来てくれるのよね。大体がおばちゃんやおばあさんでさ、たまには若い男前連れてこいって行ってるんだけどねえ」


「健太郎君、接待っていうのはね、リラックスした状態で仕事のお話するってことだよ」


 そう言ったお姉さんの肩頬を、宇佐美さんが指でつまんで伸ばす。


「あんたねえ、高校二年生の男子はそれぐらい分かってるから、馬鹿にしないの」


 宇佐美さんの言うとおりで、父親は役所の観光課に勤めているので接待が多い。

 帰りの遅い理由を小さな頃から母に聞いている。


「ほんとうにゅ? ひょめんね?」


 引っ張られたままでお姉さんが言い、俺は、顔をそらして「いいんです」と返す。


「あざとい! あんた、あぞといわよ!」


 叫ぶ宇佐美さんから指を離され、お姉さんは首を傾げる。

 同じ男だからだろうか、よく分かっている。

 さっきのは、かわいすぎて心臓に悪すぎる。


「浅野さんとこの長男で良かったわね、普通の男子高生なら我慢出来ないでしょうよ」


「健太郎君ですよ、宇佐美さん、元気そうで安心しました」


「元気じゃないわよ! 階段から落ちて、二針縫ったんだから!」


「もうダメ、私死ぬって、電話で呼び出したじゃないですか」


「あのね! 五十も手前になると、少しのことで気弱になるもんなの!」


 小さなお姉さんに、大きな宇佐美さんは大きな声で話す。

 その光景は、『森のくまさん』が思い出され、なぜかほのぼのして見えた。


「今日は、検査入院で一晩泊まるんですよね、明日は私ひとりでお店を開けましょうか」


「ごめんね、初日から、昼には戻れるからお願い」


 そう言って、宇佐美さんはお姉さんに鍵を渡し、まだ話したりなそうなのを残してふたりで病室を出た。


「ごめんね、付き合わせちゃって」


 扉が閉まってから、お姉さんは笑みを浮かべて言い。

 俺は、肩を強くつかんだ。


「お医者さんに、看てもらいに行きましょう」


「どうして?」と両目を大きくする、真っ白な顔に言う。


「具合が悪いんでしょう、いいから、行きましょう」


 肩から手を離し、手をつないで歩こうとすると、止まる。


「……ごめん、少し、休んだら大丈夫だから」


 顔を下に向け、繋ぐ手を震わせているお姉さんに「分かりました」と返し、「行きましょう」とゆっくり歩き始めた。





*昨日は、更新が出来ずにすみませんでした。明日は、八話のラストまでになります、月曜日から更新ペース早くなりますので、よろしくお願いいたします。m(_ _)m

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