第5話 デート一回目(アフター)
「今日は、ありがとう」
夕暮れの赤い日を浴びて、お姉さんが言った。
「俺、八時ぐらいまで大丈夫ですよ」
「高校生は門限七時、日本の法律で決まってるんだよ」
丘を下って、山のふもとに降りた今、入学祝いに買ってもらった電波時計は六時半を指している。
「少しでも、手がかり見つけなくていいんですか」
「健太郎君は、もう、私に協力するの嫌かな?」
そう言われ、何で、このひとは俺の気持ちと正反対ばかりを言うのかと思い。
口を開く前に、「行こうか」と彼女は歩き出した。
「あの、また、協力します」
荷台に乗りませんかとは言い出せず、自転車を押す俺は隣を見ずに言った。
「私、君に、迷惑かけてないかな」
止まり、「かけてません!」と大きな声で返す。
ふふっと笑い声がした隣を見ると、また、心臓が止まる。
「ありがとう、じゃあ、来週もお願い出来るかな」
あめ玉みたいな瞳はとても細められていて、日に染められた頬は赤く。
同級生の女子に見たことがない、母親や近所の大人の女の人にもない。
笑みを浮かべているのに、泣いてるような顔。
「……来週、だけじゃなくて、しばらくいいですよ」
綺麗だけれど、見ていると胸が痛くなる。
子供が今にも泣き出しそうな表情と似ていると思い。
自分が思う一番喜びそうなことを言うと、お姉さんは目をまん丸にして細くした。
「ありがとう、でも、学校とかお家のほうを大事にしてね」
「どちらも、デ……、……協力するより、大事じゃありません」
あやうく「デート」と言いかけた俺は、おでこをぴんっと弾かれた。
「反抗期だからそう思うかもだけど、学校とお家を大事に出来ない子に協力してもらわなくても結構です」
下からの真面目な顔に、がばりと腰を折る。
「すいません、大事にしますから……」
俺の半袖から伸びる左腕を包んだ、柔らかく、冷たい感触に言葉を止めた。
「ごめんね、冗談でも言い過ぎたね、顔を上げて?」
俺は、両手で俺に触れているひとの言う通りにする。
「健太郎君、君の申し出はすごく嬉しい、ありがとう」
先ほどとは違う真面目な顔で言い、俺を離さない。
お姉さんの冷たい手に、どくどくと音を立ているのがバレるのではと、
「でもね、大事にして欲しいの、私みたいにならないとは限らないから」
そんな心配を消す声色に、俺は言った。
「あなたの、……恋人は、どうしていなくなったんですか」
「……ははっ、健太郎君、聞くの遅いなあ」
彼女は、また、先ほどの表情を浮かべて、俺から手を離す。
「昨日、連絡交換したのに、ガラケーでもメッセージ機能あるの知ってるよね」
顔を下に向け歩み始めた、今、一層小さく見える背中に自転車を押しながらついていく。
「昨日、喫茶店で待ち合わせ場所決めて、連絡ないから、今日来ないと思ってた」
辺りの日が赤から紫になり、彼女の白いシャツを染めている。
「来て驚いたし、今日、会ってる間も驚いたよ、かわいそうな私に同情してるのかな」
赤に黒をひとつ落としてつくる、選択の美術の時間に習った。
そのときのパレットの様子が頭の中に浮かんで、
「どうして、お姉さんは、俺が思ってないことを思うんですか」
俺の口が勝手に動いていた。
「ごめん」と聞こえ、次の言葉が聞こえる前に自転車から手を離す。
がしゃんとコンクリートに叩きつけられる音がして、俺は彼女の前に立つ。
下を向かれて、胸がきしんだけれど、言った。
「俺が、協力したいのは、そういう顔を見たくないからだ」
今、つむじしか見えないけれど、目をそらしたくなるあの顔をしているだろう。
「それは、同情ですか、嫌ですか」
彼女は、ゆっくりと顔を上げ、「嫌じゃないです」と返した。
浮かぶ表情は、困った様な、勘違いかもしれないが嬉しそうに見えた。
「じゃあ、来週もよろしくお願いします」
俺は、なんだか、急に恥ずかしくなって頭を下げる。
「お願いします」と聞こえても、両頬が熱くて、しばらく首をもたげられなかった。




