第4話 デート一回目 (小さな神社と小さな展望台)
放課後、リンと園田に捕まる前に学校を出て、自転車を飛ばし。
喫茶店と学校のちょうど真ん中ぐらいにある、とても小さな神社へと向かった。
山のなかでなく平地にあるが、林の中にあり、入り口に自転車を止めて左右うっそうと木が茂る真ん中を歩く。
雑草が抜かれ踏み石が敷きつめられた道を進むたび、心臓の音が大きくなっているのが分かる。
遠足の前日、いや、相手に逆転されそうなピンチのとき、指名されマウンドに立たされるときと似ている。
……嬉しいけれど、逃げ出してしまいたい。
正反対のふたつの気持ちが、俺の体温を上げる。
額の汗をぬぐいながら歩き、鳥居の前まで着いた。
すぐ先、賽銭箱の上鈴が吊り下げられている場所、祖母が神様の家だと教えてくれた建物の前にうしろ姿が見える。
今日はワンピースではなく、紺色のふくらはぎまでのスカートに白いシャツで白いスニーカー。
髪の毛をうしろでくくり、見えている首がとても白くて、細い。
「あ、来てたなら、声かけてよ」
つい、じっと見つめていたら、振り返り小さい笑みを見せてくれる。
うるさいぐらい鳴っていた胸が、きゅっと止まった。
「早いね、HRとか掃除とか、大丈夫だったの?」
「はい」と、なんとか返すと、心臓がまたどんどんと動き始める。
「汗、すごいけど、喉渇いてない? 喫茶店に寄ってから行こうか?」
全校集会で並ぶときぐらい、近い、女の人はスカートのポケットからハンカチを取り出す。
「使って」と伸ばされ、俺は、口を開けず左右に首を振る。
「タオルのお返し、受け取ってくれないかな」
潤んだ瞳に下から見上げられ、倒れそうになるが、我慢した。
ハンカチを受け取ると、「さて、どうしよう?」と言われ、俺の宙にふわふわ浮いていた気分が地面へと沈んだ。
「……ごめんなさい、……昨日、家族に聞いたんですけど、知らないって言われて」
「わー、ありがとう。私もね、昨日喫茶店を出たあと、夜に開いてるお店をはしごしたんだよ」
明るい顔と声に、俺は後ずさりをする。
「えーとね、一件目が居酒屋さん、二件目がスナック、三件目がびっくりしたんだけどニューハーフさんがやってるスナックで、朝までママさんと盛り上がっちゃった」
一歩引くと、一歩近づき、ふふっと笑う。
とても近い目の前に居る、一条桃子さんは、今まで出会ったりテレビやネットで見た女の人のなかで一番綺麗でかわいくて、見てられない。
「それで、ママさんと朝ご飯を食べた四件目の定食屋さんでも聞いたけど、誰も知らなかったよ、時計台なんかこの町にないってみんな言ってた」
「あと」と言ったあと、俺の気持ちが伝わったのか、彼女は下を向いて続けた。
「私の、同僚で、婚約者だった人は、この町で産まれ育ってなかったみたい」
明らかに、つい先ほどまでと違う声へ、口を開く前に顔が上がった。
「とゆう訳で、お酒臭かったらごめんね、あと若干二日酔いだからのど乾いちゃった」
明るい顔と声に驚き、
「結婚詐欺に、あったということですか」
ほっとしたからか、つい、本音がもれてしまった。
「わかんない、とりあえず、水分補給しに行こうか」
俺の失言に少しも顔色を変えなかった彼女を、自転車の荷台に乗せ、近くの丘へと黙って上った。
自転車を停め「すみません、こんなとこに」と言う前に、女の人は駆けだす。
「わー、すっごいいい眺めだね」
この辺りで唯一観光地と呼べそうな、小さな町と辺りの山々と海が一望出来る、手すりがあってベンチがある場所。
ベンチの他は自動販売機がひとつあり、中学生で交際を始めた奴らはここに来るらしく、デートスポットと言うにはしょぼい場所だ。
……初恋もまだ、こうして女子とふたりきりで、ここに訪れた俺がいうことではない。
そう思い、はたと気がついたとき、そばからとてもいい匂いがした。
「はい、炭酸と、オレンジジュースどっちがいい?」
俺を見上げ、両手に缶を持つ、八歳年上のお姉さん。
……とても綺麗な一条桃子さんと、今、俺はデートをしているのか?
デートとは何か思い出す前に、「座ろうよ」と彼女はベンチに座り、かしゅっと缶のプルを空ける。
「うわあ、やっちゃった、あ、ありがとう」
炭酸に両手を攻撃された女の人に、渡されたけれど使わなかったハンカチを渡す。
「健太郎君、私よりすごく年下なのに、落ち着いてるよね」
「声変わりが始ったのが、小学校三年生ですから」
手を拭いていた彼女が止まり、小さく吹き出した。
「声も落ち着いてるけど、態度がね、私はいつまで経っても落ち着きないから」
くすくすと、両目を細める顔から、熱い自分の顔を下に向ける。
「そんなことないです、ボケてるって、リンにいつも言われます」
「リンちゃん、って、彼女?」
「あいつが、彼女とかあり得ません!」
大きな声で言ってしまってから、隣の顔が固まっているのに気づく。
「リンは、産まれた病院から今まで一緒のお隣さんで、うるさい妹です」
「そっか、健太郎君は、リンちゃんの気持ちを知らないんだね」
固まっていたものから、両目を細くし、笑みを浮かべた彼女が続ける。
「さっき、待ち合わせの神社で私に声をかけなかったのって、名前を忘れてたから?」
「あり得ません!」と、また大きな声を出してしまったあと、一旦口を閉じて開く。
「……その、何て呼んだら、いいか分からなくて」
今日会えるのが嬉しすぎて、俺は、そこまで考えていなかったのだ。
「おばさんでもいいけど」と言われ、「あり得ません!」と大きく返してしまう。
「じゃあ、お姉さんでいいよ、まあ、こんな得たいの知れない女の名前呼びたくないよね」
びっくりした。
俺が想う正反対のことを言われすぎて、口が開かなかった。
「大丈夫、君がリンちゃんと歩いてるときや、同級生たちと居るときは声をかけない。私は、君に関わりのない人探しのお姉さんで、君も私のことを誰かに言わないでね、そうすれば、大丈夫だから」
何が大丈夫なんだと思う俺の隣で、ジュースをごくごくと飲んだあと続ける。
「今日はさ、決起集会ってことで、一緒に飲もうよ」
渡された缶のプルを開くと、カンと缶をつけて、
「乾杯、来週も、私に付き合ってくれるかな?」
呼ぶのが恥ずかしいと思うくらい、とても素敵な名前の彼女が言った。
「……はい、お姉さん」
「よくできました」と、もう一度カンと缶をつけ、お姉さんは両目を細めた。
「本当に、ここからの眺めはすごく、綺麗だね」
夏の残りを感じる日に照らされた横顔に、景色よりあなたが綺麗ですと思う。
「あのひと、ここの出身じゃないかもしれないけど、ここに来たことがあると思う」
『あのひと』という言葉が、ほわほわと、俺を包んでいた柔らかいものを吹き飛ばす。
「まだ三日目だけど、この町はとても綺麗だと思う、あのひとは綺麗なものが好きだったから、だから」
明らかに言葉を止め、彼女は缶をあおり。
俺は、今まで思わなかったけれど、お姉さんが綺麗といった景色を一緒に見つめた。




