第3話 デート前日(デート準備)
ふわふわと、地面から浮いてるみたいな気持ちでバイトを終え、家に戻ってから正反対の気持ちになった。
この土地で生まれて離れたことのない、母、父、祖母、に聞き。
中学生の弟に聞いても、誰も知らなかったからだ。
俺はガラケーしか持たされてないので、貸してくれと言うのが嫌なのだが、リビングにある主に母親がネットオークションで使うパソコンで調べて、何も出てこなかった。
……そりゃそうだ。
女の人、大人のお姉さん、一条桃子さんが、都会で調べても何も出てこなかったのだ。
「【永遠に八時を指す壊れた時計台】って? 何?」
うしろからの声に振り向く前、ダイニングテーブルに座る俺の隣にリンが掛ける。
インターネットの検索画面を手で隠し、「何で、いる」と返す。
「ノートパソコンなんだから、閉じれば?」
そう言って、リンはパソコンの画面を俺の手ごと閉じた。
「リン、何か、知ってることないか」
「ねえ? 今日さ、昨日の、美人が喫茶店に来たの?」
俺の問いに答えず、ぎろりとにらんで聞いてきたので、「来たよ」と答える。
「喫茶店あそこしかないから、おじさんのコーヒーがおいしいから、誤解しないでよ?」
よく分からないことを言ったあと、「それより」とリンは表情を明るくした。
「ねえ? 私の、今日の格好どう思う?」
制服やユニフォームでなく、パーカーとティシャツにジーンズの短パン姿。
短パンは、とても短く、太ももが半分以上見えている。
しなやかな筋肉がきちんとついた足は、とても、
「走るのが、早そうだ」
拳を片手で受けると、リンがぼそりと言う。
「……健太郎は、……足が、好きって聞いたから」
「何だそれ」と返すと、手の中の拳が下ろされた。
「今日の放課後、さっさと帰った健太郎に話があるって、園田君がクラスに来てた」
「園田、から何か聞いたか」
「健太郎は、足が綺麗な子が好きって」
そんなことは言ったことがないと言う前に、リンが席から立つ。
「あと、怪我治ってなくても、見学だけでもいいから部に顔出せって」
俺が口を開かないでいると、不思議そうな顔をしてリンが言う。
「ねえ? 肩、まだ治らないの? バイトは出来るのに?」
「バイトは、リハビリと、人不足だから」
「本気でリハビリするなら病院行きなよ、あんな暇な喫茶店、おじさんだけで充分でしょ?」
二週間前、放課後、部に行かずバイトを始めたときと同じことをリンは言う。
……俺が、野球部を辞めたことを知らないからだ。
学校の人間で知ってるのは顧問と部長、部の一部の人間『あいつら』だけ。
……俺が、誰にも言わないのが、三学期から進学クラスへ変更出来る条件だからだ。
スポーツ進学でうちの高校に入って、部を辞めれば学校も辞めなければいけない。
うちは、曾祖父、祖父、父親がこの町の公務員で、俺が高校中退することは許されず。
部を辞めるという俺を、顧問と部長だけでなく、両親までもが引き留めることになった。
部活と家、全部に疲れてしまった俺は、
「リハビリは、あそこだから出来る」
見かねたおじさんが誘ってくれた、喫茶店でのバイトをさせてもらっている。
正直、おじさんが手を差し伸べてくれなければ、家出をしようと思っていた。
「ねえ? 野球部に戻る気、本当にあるの?」
「ある訳ないだろ」と、うっかり返してしまう前に、夕飯後リンの家で酒盛りをしていた両親が戻ってきた。
「おじさん、おばさん、健太郎がパソコンでえっちなもの見てたから叱ってください」
とんでもないことを言ったリンはリビングから出ていき、酒臭い父親はげらげら笑い母親はきーきー怒るという、地獄。
両親から二階の自分の部屋へ逃げ、ベッドに寝転ぶ。
電気を点けず、薄暗いなかで天井を見つめ、親たちが前と同じに戻って良かったと思う。
……父と母は野球好きで、俺は、幼い頃から野球だけが取り柄だった。
最初、親たち、特に役所に勤める父に迷惑がかかると顧問と部長に言われた俺は、本当のこと『あいつら』のことを言うことが出来なかった。
おじさんのやんわりとした説得のおかげで、やんわりと両親に事情を話すことになり。
俺が部を辞めることを許してくれ、転校してもいいとまで言ってくれた。
俺が本当を言いふらさなければ、クラスが変わっても学費免除のままというのを知らない両親に、転校をしたくないので学校側には口を出さないでくれと頼んだ。
俺は野球馬鹿だが、弟は頭がよく、都会の大学に行きたいと中二の今から希望している。
部や試合のことで、弟には小さな頃から我慢をさせることが多かった。
だから、これ以上はさせたくない。
……俺の、変な意地のせいで、もう誰にも迷惑をかけたくない。
バッテリーを組んでいた、隣のクラスの園田とは、この二週間顔を合わせないように気をつけている。
……俺は馬鹿だから、園田のいかにも人の良い心配そうな顔で聞かれたら、話してしまうだろう。
部の人間に話せば、学費免除どころか退学処分。
……俺だけじゃなく、知った人間もだ。
事情を話せば、気の強い母はもちろん、普段は温厚な父まで一緒に学校に乗り込むだろう。
ただ一人、全部を言って相談出来ているおじさんの予想は、必ず当たるだろうと思い。
俺は、重くなってきた瞼を閉じ、探していた言葉を忘れ眠ってしまった。




