第2話 デート前(出会って二日目)
「昨日は、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
店に入ってくるなり、来るはずのなかったひとが深く頭を下げた。
「これ、助かりました、洗濯したのでお返ししますね」
今日も、昨日と変わらずとても綺麗だと思う。
顔を上げたお姉さんが俺にタオルを渡す。
今日は濡れてない、眉毛の下までの前髪と肩下でさらさらと揺れる焦げ茶の髪の毛。
昨日は、どんな格好をしていたか思い出せない、今日は、紺色で七分丈の袖にふくらはぎまでのワンピースがとてもよく似合っている。
つい、頭から白いスニーカーの先まで見てしまってから、俺はやっと口を開いた。
「……あの、……あと大丈夫でしたか」
「今日も暑いですね、アイスコーヒーをお願いします」
何からと、変な言葉になってしまった俺に構わず、お姉さんは奥のボックス席に掛けた。
今、おじさんは買い物に行っていて、店はふたりきり。
変なことを思ってしまい、急に、冷房が効かなくなったと思いながら。
おじさんが用意している水出しアイスコーヒーを、いつもよりも慎重に用意し、彼女の元へ持って行く。
「ありがとう、ねえ、今って忙しいかな?」
テーブルへ置いたグラスを手にする前に、女の人が俺を下から見て言った。
よくよく見ると、とても色素が薄い、ばあちゃんがくれるあめ玉に似た瞳。
小さく筋の通った鼻、下唇が少し厚い唇、小さな丸顔のなかに並んでいるのをついじっと見つめてしまってから、返す。
「……忙しくないです」
「すみません、少しだけ、私の話を聞いてくれませんか」
昨日みたいに水を被ってないのに、濡れている、とても綺麗な瞳に断れるはずがない。
「はい」と、自分でも分かるくらい小さく言って、女の人の向いに座る。
彼女は、ほっとした顔になり、俺が入れたアイスコーヒーをストローで一口飲んでから話始めた。
「まず、自己紹介、私の名前は一条桃子と言います。フルーツの桃の子で桃子です」
「そのまんまだね」と、女の人はふふっと少し笑ってから続ける。
「二十五歳で、仕事を辞めて、しばらくここに住むために来ました」
二十五歳、高校二年生十七歳の俺の八歳上。
歳上のお姉さんだと思っていたけれど、具体的な年齢までは分からなくて、離れている数字に少し驚く。
そして、ここに住みという言葉に、もっと驚いた。
「ここに来た理由は、二ヶ月前に行方不明になったひとを探すためです。携帯と住んでた部屋を解約して、職場の自分の机の引き出しに辞表を入れて居なくなったあと、一週間後にこのメッセージがきたの」
情報量が多い話をしたあと、女の人は俺にスマホの画面を見せる。
「ここに書いてある意味、ここに住む君なら分かるかな?」
いいのかなと思いながら、画面のなか、吹き出しの言葉を読む。
【このメッセージを受け取ってくれるとき、僕はもう君のそばに居ないでしょう。
式場のキャンセルはしています、君への慰謝料は来月振り込まれます。
ひと月後の結婚式、婚約解消、一方的に反故にしてごめん。】
そこまで読んで、俺は、ひゅんっと全身の温度が下がり。
「いなくなったひと、私の、職場の同僚で婚約者だったの」
女の人の、暗い響きになった言葉に頭を思い切り殴られた。
俺は、なんとか、「はい」とだけ返してメッセージの続きを読んだ。
【僕のことなど、忘れて生きて下さいと言っても、真面目な君は納得がいかないでしょう。
それでも、忘れて生きて欲しいのだけれど。】
つい「お前、何言ってんだよ」ともらしそうになり、口を強く結んで読む。
【僕のことが忘れられないのなら、二ヶ月後に、僕の故郷を訪ねてきて下さい。
水曜日、午後六時、永遠に八時を指す壊れた時計台の下。
僕は君を待っています。】
「永遠に八時を指す壊れた時計台の下、って、この辺りのどこにあるのかな?」
読み終わった俺に、女の人は真剣な顔で聞いてくる。
腕組みをし、十七年の記憶のなかに必死で探していると、「ごめんね」と聞こえた。
「ネットで調べても出てこないし、ここに来たらと思って、昨日の朝に着いてから今日の夕方まで色んなひとに聞いても分からなかったのに」
彼女は笑みを浮かべ「ごめんね」と言った。
目の前の笑みは、昨日、目を奪われたものと全然違った。
見ていると、胸の奥がぎゅっと痛くなる、目をそらしたくなるもので、
「……あの、……俺、協力します」
思わず口から言葉出てきた。
「えっと、……協力って、私に?」
目をまん丸にしている彼女に、俺は、勢いのままに言葉を続けた。
「はい、俺、そのひとを探すの手伝います」
目の前の、女の人、お姉さん、一条桃子さんの顔がふわっと崩れて。
昨日見たより、とても綺麗な笑顔に心臓が止まる。
「ありがとう、本当にいいの?」
「はい」と返し、本当は見ていたいけれど、まっすぐな視線に耐えられなくて下を向く。
「じゃあ、ちゃんとお願いするね。私は、消息不明になった恋人を探すためにここへ越してきたの、お願い、彼を探すのを手伝ってくれないかな」
俺は、俺の頭を思い切り殴った言葉に、「はい」と返した。
「じゃあ、明日、水曜日だからさっそくお願いね」




