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第1話 デート前 (出会った日)

 初めて会ったとき、彼女は濡れていた。

 二ヶ月前、九月のおわりの暑い日。

 母親の弟、おじさんの喫茶店で、放課後制服にエプロンを着け注文をとり飲み物や軽食を出すバイト二週間目。

 お客さんが切れた店のなか、見知らぬ若いカップルが入ってきた。

 小さく古ぼけた店には、この辺りに住む顔見知りの中年とお年寄りの常連客しか来ない。

注文の品を置き、珍しいなとカウンターからボックス席を気にしていたら、修羅場。

 女のひとがお冷やをぶっかけられた。

 男が席から立ち、俺はカウンターから出る。


「……待って! 追わないでいいです!」


 聞こえた高い声に足を止めると、男は店の外へ。


「お騒がせしてすみませんでした、これ、迷惑代も入ってるんで」


 振り向くと同時、女のひとはテーブルにお札を置き、去ろうとした。


「……あの、お金、足りませんか」


 思わず、細い手首をつかんだ俺の顔を、女の人はじっと覗き込んだ。

 先ほどかけられた水のせいで、前髪と肩までの左右の髪の毛が顔にくっつき。

 柔らかそうな唇を少し開き、大きなたれ目を俺にまっすぐ向けている。

 多分、同じクラスの女子より歳上で、ほとんど化粧をしてない。

 ……大人のお姉さんだ、……とても、綺麗な。

 俺は、床に垂れた水滴に気づく。


「……タオル、持ってきますから、待っててください」


 返事を聞かず、カウンターから繋がるおじさんの部屋から手にして戻ると、おじさんにお札を渡そうとし断られていた。


「君、これ受け取ってくれないかな」


 伸びてきたお札を持つ手を取らず、女の人の頭の上にタオルを乗せ、両手で動かし始めた。


「ありがとう、もう、大丈夫」


 俺は手を止め、タオルの下、「ありがとう」ともう一度言ってくれた顔に固まる。

 おじさんの警察への連絡を断り、女の人はぺこりと頭を下げて、


「お騒がせしてすみませんでした、タオル、ありがとうございました」


 首にタオルをかけて店を出ていった。

 おじさんが心配だねと言いながらテーブルを片付け、俺は、どんどんと、全力疾走したあとのように鳴る胸の辺りをぎゅっと握ったとき。


「ねえ、さっき、このお店からすっごい美人が出てきたよ? なんで?」


 高く、大きな声を上げて、見るからに興奮しているリンが入ってきた。


「ねえ、なんで? 健太郎? なんで、ぼーっと突っ立てんの?」


 隣に住んでいる、産まれた病院から高校まで一緒、おまけに二年からはクラスまで同じ。

 田井中鈴たいなかすず、あだ名はリンが、いつもよりうざく絡んでくる。


「お前、部活終わったら、まっすぐ家に帰れよ」


「ねえ、なんで? 健太郎、そんな顔真っ赤なの?」


 女子バスケのエース、鉄壁のガード、170cm近く身長のあるリンに背を向ける。

 ……さっき、俺を下から見上げていたひとは、比べるととても小さかった。

 そう思った俺は、背中を思い切り殴られた。


「ねえ、いつ、野球部に戻るの?」


 振り返ると同時に言われた言葉に、ひゅっと、一瞬で熱が下がった。


「来月、秋期大会でしょ? 練習せずに、こんなとこに居ていいの?」


「……リン、お前、知らないのか」


「怪我してるんでしょ? お母さんから聞いた、だから、部活の話するなって。ねえ、いつ治るの?」


「リン、お前、小学生みたいだな」


「は? これでも、Bカップありますけど?」


 胸を張ったリンは、少しして顔を赤くし、俺のみぞおちに拳をいれた。


「さっきまでは、美人に鼻伸ばしてたくせに、怪我よりすけべなの治したら?」


 まあまあとおじさんが間に入り、俺は片手でみぞおちを押さえ、片手で鼻の下を隠す。

 今更遅いが、彼女に見られていたらと、更に温度が下がるの感じた。


「おじさん、美人さん、この辺りの誰かの親戚さん? 違うの? そう、じゃあもう、こんなとこ来ないね」


 リンの言葉に、二発よりも重く殴られたあと、そうだなと納得する。

海と山はあるけどチェーンの24時間営業コンビニとピザ屋に観光施設なんてない。

小さな漁港の近くにある小さな商店街にあるひとつだけの喫茶店。

……もう、あのひとは、こんなところ来ない。

そう思ったとき、「人の話聞いてんの?」と、リンにまたみぞおちを攻撃された。


「だからさ? 私はインハイ出て、健太郎は今度の秋期大会出て甲子園への切符手に入れてさ? 一緒に、なんもないこんなところ盛り上げて、ロー○ンが来る様にがんばろうよ!」


「リン、お前、ひとへの気遣いを小学生から学びなおしてこい」


 そう、八つ当たりで言った俺は、リンからの拳をよけて。


 まさか、次の日、彼女に会えるなんて思っていなかった。




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