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第29話 デート七回目(全部、話すね。)

「ブラック企業って分かるかな?」


「……たしか、社員をひどい扱いする会社のこと、ですよね」


「ネットしないのに知ってるんだね、あ、寒かったら言って」


「大丈夫です、たまたま、テレビで見たことあります」


「そっか、流行語にもなってたっけ、お手洗いは大丈夫かな」


「大丈夫です、俺を気にせず、桃子さんがいけるまで走ってください」


 「ありがとう」と言って、運転席でハンドルを握る彼女は話を始めた。


「私が、もう、四ヶ月前に辞めた会社はブラック企業だったの。IT系でブラックじゃないところはひとつもないって、勤め始めてから知った私が世間知らずの馬鹿だった。総務で入ったのに、大学で少しだけプログラムの勉強をしてたから、スマホゲームを開発してるチームの補佐の仕事もさせられる様になっちゃった。半年で同期は私以外みんな辞めちゃって、一年経ってもふたつの課の仕事をさせられてて、正直辞めたいと思ったんだけど両親がやってる洋食屋があんまり上手くいってなくて。家にお金を入れたくて、残業代と休日手当が欲しくて頑張って、一年半経った頃には入社した頃より体重が八キロ減ってた。そんな、ふらふらのときに、あのひとのチームで補佐をすることになったの。五歳年上で、私でも知ってるぐらいのゲームの開発をしてたひとなのに、子供みたいに純粋で、私が面倒見てあげたいなって思ったの。だからね、付き合って欲しいって、初めて告白したの。社内恋愛だし、そもそも恋愛なんてしてる暇なんか、ふたりともないぐらい働いてたのに。なのに、いいよって言ってもらえて、私、すごく嬉しかった。初めてのデートが、お昼の休憩で、みんなに見つからないよう少し離れた公園に行ったこと。仕事終わりの居酒屋、ファミレス、あ、一度だけおしゃれなカフェに行って、あのひと、緊張してお水をこぼしちゃったっけ」


 ふふっと笑い声を上げる、高速道路の街灯に照らされた横顔。

 俺の願望ではなく、本当に、笑みを浮かべていない。


「健太郎君と出会ったとき、私に、水をかけたひと」


 彼女は口を閉じて開き、とても固い声で続けた。


「結婚式のひと月前にいなくなった、会社の同僚で、私の恋人で婚約者だったひとだよ」


 ふうっと息を吐いた桃子さんに、彼女のホルダの水のボトルを渡す。


「……ありがとう、……私が、熱を出したときもありがとう」


 ごくりと一口飲んで、「話、戻していいかな」と、俺にボトルを伸ばす。

 「はい」と受け取り、蓋をしてホルダに戻すと始まった。


「会社の外で会ったことはなかったけれど、お付き合いは順調に進んで、相変わらず仕事は忙しかったけれど、落ち着いたらうちにあのひとが来る約束をしている間に、入社二年目になって、うちの両親がバス旅行から帰ってこなかった。私が、プレゼントした旅行で、私は自分をすごく責めて、あのひとは、結婚して自分と家族を作ればいいって言ってくれた。私は、あのひとに、どんどん頼っていった。元から、恋というよりも、両親と近い気持ちであのひとを好きになって、そばに居たいと思ったのかもしれない。あのひとと付き合うまで、私は、お付き合いも恋もしたことなかった。小学校高学年ぐらいから女子は恋に夢中になるけれど、私は、それが分からなかった。楽しそうなときもあるけれど、それよりも、とても悲しい顔をする子たちが多くて、元が怖がりだからどんどん恋が怖くなった。健太郎君からすれば、何言ってんの感じよね」


 「いえ」と返し、多分、今は自分の話をするときじゃないと思う。


「あのひとに、そういうことを言ったとき、じゃあ、そういう怖いのを感じない相手とためしに付き合ってみればって言われて、お願いしますって言ったの。驚いてたけれど、私も驚いて、嬉しいって言ってくれて嬉しかった。みんなが言う、私にとっては目まぐるしい恋愛とは違うけれど、このひとと一緒に居たい、本当に、結婚したいと思ってたから。いなくなったときはショックで、メールが届いたときは、嬉しくて、健太郎君には見せていないメールの通りに動いたの。健太郎君に見せたメールの前に、私に、これからして欲しいことを指示するメールがあったの。会社のひとたちには、両親が残した店を継ぐ為に調理の専門学校に行くと嘘を吐いて、円満に退職した。私たちの関係は、会社の人たちには言ってなかったから、私が辞めるまでにあのひとを陥れようとしたひとを特定することが出来た。会社は経営が上手くいってなくて、法律に触れることをしていた。それを、あのひとに押しつけて、『リブファン』の権利を大手に売ろうとしていた。それに気づいて姿を消したあのひとは、本当に悪いことをしていたひとにしかるべき罰を受けてもらって、『リブファン』を自分のものにする為に動いていた」


 「ドラマみたいですね」ともらしてしまうと、「そうなの」と、彼女が小さく笑った。


「連絡が来たとき、私も同じことを言ったよ。でも、姿を消したことに、あのひとに罪をかぶせようとしていたひとがしていたこと、知ってしまったから。あのひとのメールどおり、退職をしてからもしかるべき場所に出す書類を作ったり、両親と住んでいた家を処分する段取りをしたり、色々とやることが多くてひと月があっという間だった。それで、二ヶ月ぶりにあのひとに会うために、健太郎君が住む町へ向かったの」


 「そこまでしたあなたに、二ヶ月ぶりに会ったのに、どうしてあんなこと出来るんですか」

 そう、言いたかったけれど、我慢して続きを聞く。


「あのひとに会って、言われたの。自分を陥れようとしていたひとを脅して、お金をもらわないかって、もらってない退職金代わりだって。私は、拒否した。そしたら、ばしゃって。それで、健太郎君に見せたメールが届いたの。前の日、ばしゃってした人からのメールって言わなくて、ごめんなさい」


 そう言って、彼女は頭を下げて上げ、続ける。


「事情が事情だったし、必死だったの。あんなメール、不吉でしょ」


 「はい」と返すと、


「【水曜日、午後六時、永遠に八時を指す壊れた時計台の下。】の言葉の意味が差す場所が、どこか分かってるんだよね」


そう言った彼女に、「はい」と返すと、「驚いたでしょ」と言われ、頷く。


「本当に、健太郎君にメールを見せた日から『リブファン』をはじめたの。あれってレベルを上げる為には森で狩りをするしかないでしょ、次のステージに行くためにはお金を貯めて神殿に行くのが分かったの、灯台に行ったあとなの。攻略サイトとかなんで見なかったんですかって、園田君に呆れられちゃったんだけど、あのひとがそういうのすごく嫌ってたから見る気が起きなかったの」


 驚き、聞く前に、教えてくれる。


「先週の水曜日、健太郎君じゃなくて、園田君が本屋さんに来てくれたの」


 ふふっと笑い、「園田君の話はあとでいいかな」と言った横顔は、本当に楽しそうなもの。

 心のなかで園田に礼を言い、「はい」と返す。


「健太郎君が協力してくれるって言ってくれて、水曜日以外も、本屋さんが始まる前とお店番が終わってから、あのひとを探してた。少し離れたところにある町で、ゲームのなかに出てくる場所、あのひとが話してくれたことを思い出して、色んなところ探した。一ヶ月経って、手がかりも見つからなくて、宇佐美さんから灯台のことを聞いて。ひとりで行けば良かったのに、どうしても無理だった。一年前、両親を確認したことから、まだ立ち直れてないから」


 「休憩しましょう」と言うと、「もう少しだから」と、彼女は続けた。


「灯台にいなくて本当に良かったと思って、振り出しに戻って、『リブファン』を進めて気づいて宇佐美さんに聞いたの。どうして、知ってるのって。危ないことに関わってるなら言いなさいって、全部、言わされちゃったの。そしたら、考えがあるから、私から頼んであげるって言ってくれて。ゲームでは神殿に住む神官、現実では神社に住む地主さんにお話をしてくれたの。そうしたら、あのひとに話したことを覚えていたって。どうしても困ったときは、お金を払えばって。それを、あのひとはゲームに反映させて、どうしても困ったから宇佐美さんが話をする前に頼んでいたの。それで、明日の午前六時が、あのひとが頼んだ日」


「……約束の場所で、桃子さんは、どうするんですか」


「安心して、一緒に行ったりはしないから、園田君と約束したしね」


 また、ふふっと楽しそうに笑い、彼女は続けた。


「向こうのお宿に着くまで、まだかかるから眠っていいよ。長い、話を聞かされて疲れたでしょう」


 「大丈夫です」と返すと、少ししてから、彼女が言った。


「一緒の、お部屋しか取れなかったから、今はゆっくり寝てて」


 俺は、意味が分かり、「そうだ」と大きく言ってごまかした。


「……おじさんに、メール、しておいていいですか」


 うるさくなった心音が聞こえてないだろうか。

 彼女は、俺の浮ついた気持ちとは反対の声で言った。


「ごめんね、おじさんまで巻き込ませて、ご両親に嘘を吐かせてしまって」


「謝らないでください、おじさん、ダメなことはダメって言います」


 いつも優しくて穏やかだけれど、両親より怖いときがある。

 そんなおじさんに、今から一晩、桃子さんに付き合いたいとお願いした。

 両親にはおじさんのところに泊ることにして欲しいと、自分でも無茶苦茶だと思う。


「居る場所を教えないとなんで、宿の住所を教えてもらっていいですか」


「スマホに入ってるから、サービスエリアに入るね」

 

 「はい」と返し、俺は、余計なことを考えないようにした。




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