第27話 デート七回目(この町からいなくなる)
火曜の深夜、俺は初めて救急車に乗ることになった。
トイレで倒れていて、病院に運ばれ、インフルエンザと診断された。
入院するまではなかったが、強い薬を飲むことになり。
余計なことを考えることなく寝込み、学校に行けたのは次の週の火曜日だった。
「救急車に乗るって、どんな感じなんだよ」
「意識なかった、園田は大丈夫だったのか」
「おう、母ちゃんがうるせえから、うちの家族は夏が終わるとインフルの予防接種受けてんだよ」
とても久しぶりに感じる、園田とふたりの昼休憩。
今日は空き教室ではなく、屋上の給水塔の裏で昼メシを食べている。
「うー、上着着てくれば良かった」
「でかいけど、俺の着るか」
母親に着ろと言われた上着を脱ぐと、長袖一枚の園田がじっとりとした目を向ける。
「お前さ、そういうところだと思うぞ」
首を傾げると、「病み上がりが着とけ」と言われる。
「ベスト着てるから、俺は大丈夫だ」
「そうかよ」と、園田は俺の上着を受け取って着る。
「俺さ、女子だったら、俺よりお前と付き合いたいと思うんかな」
持たされた魔法瓶から、まだ温かい、おかゆをプラスチックの器に入れ「いるか」と聞く。
「何だそれ、俺は園田と付き合いたい」
「やめろよ、両思いになっちまう」
園田は箸とともに受け取り、俺は小さなタッパに入った漬物を勧める。
「うん、お前の母ちゃん、本当に料理上手いよな」
ぽりぽりと浅漬けを食べ、俺に、自分の手をつけていない焼きそばパンをくれる。
「いつでも、夕飯食べに来いって言ってたぞ」
ここ一週間、おかゆばかりで飽きていて、久しぶりに味の濃いものがうまい。
「行きたいけどさ、母ちゃんがな、あんまり行ったら迷惑になるからって」
「迷惑じゃねえだろ、園田ぐらい、俺たちは喜ばないからな」
「お前らは贅沢なんだよ、うちなんか作り置きかスーパーの弁当だぞ」
「おばさんのチャーハンは、うちのより上手い」
「ああ、中華とかな、油っこいのは上手いな」
「おばさん、部活のこと何か言ってるか」
「ふたりとも、病院の人手が足りないから、いつでもバイトに来いって言ってる」
「園田、バイト行くのか」
「進路を考えるとな、高校のうちにバイトして経験積んどくのもいいかなって」
「お前、病院で働くのか」
「看護師か理学療法士、どっちにしようか迷ってるところ。お前んところ一緒で、弟が県外の大学行きた
いって言ってるし、俺は専門学校行って働こうと思ってる」
初めて聞く、園田の進路に驚く。
「やっぱさ、ひとりは残らないとダメだろ。医療の専門学校なら、通えるところにあるしな、あ、母ちゃんにチクるなよ」
「……すごいな、園田。……そこまで進路決めてるって」
「大学受験する奴らは夏休みにオープンキャンパス行って、冬休みから予備校通うみたいだぞ。俺が特別
すごいわけじゃない、お前が何も考えてなさ過ぎなんだ」
そう言って園田が笑い、「まあ、仕方ねえけどな」と小さく言う。
「うちの高校初の甲子園出場は、残念だったけど、お前は大学で挑戦出来るよ」
俺は、何も考えていなかったので、返すことが出来ない。
「『あいつら』、三学期には強豪校に編入するらしい、そうすれば神崎たち一年の気が済むから部が再開
するだろ」
一件から、俺が辞めて、神崎たち一年と園田たち二年の一部が参加してない部。
半分にも部員が満たず、確定だと言われていた秋季大会に出られなかった。
残っていた部員も減っていき、『あいつら』がグランドに出てくることもなくなった。
「今の野球部になったのは、健太郎のせいじゃない」
否定する前に、園田が真面目な顔で続ける。
「だから、『あいつら』が居なくなって、甲子園はもう目指せないかもしれないけど、健太郎には戻ってきて欲しいんだ」
「……そんなこと、許されないだろ」
「部長が俺に頼んできた、一度話をさせてくれないか戻ってきてくれないかって」
俺は口を閉じ、園田は「おかわり」とカップを差し出す。
「甲子園は無理でも、地区大会で活躍する姿見せて、大学からのスカウトかスポーツ推薦枠とれよ」
まだ湯気を立てるおかゆを入れ、渡し、口を開く。
「……俺、まだ……」
「どうせ将来のこと何も考えてないんだろ、だったら、いい条件で県外の大学行けるんだから、とりあえ
ず部活頑張れよ」
さえぎられ、口を閉じた、何も言えない自分はとても情けないと思う。
「神崎も戻ってきて欲しいって言ってる、俺も、お前とあと少しでも野球してえよ」
ぐっと、やっと良くなった喉が痛くなり、「それに」と園田が続ける。
「あのひと、もう、この町からいなくなるぞ」
びりっと、背中が震えて、「どうして」と返す。
「母ちゃんが、先週飲みに行ったときに居て、今週中にはこの町から引っ越すって……おい、健太郎?」
立ち上がった俺に、園田が両目を大きくしている。
自分は、今、どんな顔をしているんだろうか。
「園田、すまん、あと頼む」
俺は、返事を聞かずに、地面を蹴った。




