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第10話 デート三回目 (反省と準備)

 泣き止んだあと、もう一度病室に寄って帰るとお姉さんは言い。

 二度目の水曜日は何も進展のないまま終わった。

 俺は家に帰り、母親にどうして水曜日だけバイトを休みにしたのかを聞かれ、答えずに自分の質問をした。

 やはり、この間と一緒で【永遠に八時を指す壊れた時計台】を知らなかった。

 服を着替えてから、自分の知る中で一番詳しそうな奴にメールをする。

 すると、すぐに電話がかかってきた。


『なんだよー、【永遠に八時を指す壊れた時計台】の下に、埋蔵金でもあるのかよ?』


 園田の明るい声に、なぜか、ほっと息を吐く。


「埋蔵金はない、何か知ってるか」


『じゃあ、昨日、一緒に病院に行った美人のお姉さんに関係あんのかよ?』


 俺は返せず、くつくつと、悪役みたいな笑い声が聞こえた。


『しょうがねえから、今から行ってやんよ』


「お前、練習は」


『アイス買ってくから夕飯よろしく、おばさんに言っといて』


 ぶちりと通話が切れて、俺は、ぼりぼりと頭をかきながら一階に降りる。

 母親に園田の伝言をそのまま伝えると、カレーだから増えても大丈夫と言われ。

 今日は町内会の集まりだから、リンも一緒にと言われてしまった。

 俺は携帯電話で、初めてかもしれないメールを打つ。


【部のことで園田とふたり話がしたい。今日は、悪いけどひとりで夕飯を食べてくれ】


 嘘は言っていないと思い、リンに送信するとすぐに返ってきた。


【分かった。おじさんとこで食べて帰るから、健太郎につけとく。ちゃんと、園田君と復帰について話し合いしなよ。】


 【了解】と返し、ふうっと息を吐く。

 先に入っておきなさいと母親に言われ、風呂から上がると、リビングの俺の椅子に園田が座っていた。


「よう、おばさんもう行ったから、話してもいいぜ」


 麦茶のグラスを傾け、園田が片目を閉じる。

 俺は自分のグラスを持ち、園田の隣にかけて、テーブルのポッドを手にして注ぐ。


「一条桃子さん」


 園田の口から出た名前に、ポッドが手から滑った。


「おいー、あぶねえなー、本当は肩壊してねえくせに」


 園田がポッドを受け止めてくれ、テーブルに置く。

 どんどんと鳴っている左胸を押さえ、俺は、とりあえず麦茶を一気飲みしてから言った。


「どうして、知ってる」


「おいー、俺の母ちゃん、あそこのパートナースって忘れたのかよ」


 さあっと、血の気が引き、園田が俺のグラスに麦茶を注ぎながら続ける。


「受付に来たお前らの姿見て、病室からひとりで出てきた一条桃子さんに声かけたんだと、見かけない顔ですが健太郎とどういう関係かって」


 「刑事かよ」と、園田は、俺の前にグラスを置いてくれる。


「宇佐美さんが怪我をしたので、呼ばれてここに来た一条桃子です。しばらく宇佐美さんのおうちにお世話になりますのでよろしくお願いします。って、答えたから、恋人ですかって聞いたら宇佐美さんの店の名刺渡されたらしい」


「……その店、うちの父親が接待で使ってる」


「そうなのか、うちの母親、今度行くってうるさかったわ」


 俺は、そうか、そういう風に言ったのかと、カラカラの喉に麦茶を流した。


「それで、おじさんの店で病院行きのバスを待たとうとしてたら、健太郎が現れておじさんが送ってあげたらって言ってくれて、甘えさせてもらったって」


 ごくんと全て飲み込んだあとで良かった。

 空になったグラスをテーブルに置き、俺は口を開く。


「初めてのニューハーフの店に行くことに浮かれてたのと、日頃の、おじさんと健太郎の素行がいいから、ふたりのことが変に噂になることはないぞ」


 そう、先に言った園田はにっと笑い、「カレー食おうぜ」と椅子から立ち上がる。

 グラスを空けてから、俺も台所に立つ。


「健太郎の家の台所使いやすくていいよな」


 小学校に上がり、リトルリーグに入ってすぐからの女房役。

 お互いの家までは自転車で二十分ほどかかるが、数え切れないぐらいお互いの家を行き来している。

 隣に住むリンとは、小学校低学年までは園田と同じくらい遊んでいた。

 だが、男子と女子の違いをクラスの誰かが意識し始めた頃。

 俺は、野球の試合に出られるようになり、練習が土日以外にもあるようになったこともあって、どんどんリンとはかかわらなくなった。

その代わり、園田や、野球仲間とずっと一緒に居たなと思ったとき、


「ほい、大盛り、じゃがいも多めな」


 勝手知ったる様子で、重たいカレー皿を渡された。

 園田は冷蔵庫からサラダとドレッシング、戸棚からスプーンとフォークをテーブルに並べ、「いただきます」と手を合わせる。

 俺は、その隣で「いただきます」と小さく言って食べ始める。


「うん、おばさんのカレー、相変わらずうまいな」


「言っとくよ」と、気がつけば食べていた味を、空いていた腹に入れていく。

「野菜も食べれ」と、ドレッシングをかけた皿を勧められ、食べる。


「園田、弟は大丈夫なのか」


「今日は、母親、早番だからな。お前んとこ、やっぱり野球はしないのか」


 「ああ」と、左腕で活躍している、中一の園田の弟を思い出す。

 兄と同じで、ひとが良さそうな、素直そうな笑みをいつも向けてくれる。


「弟、お前に会いたがってたから、暇が出来たら家来てくれよな」


「俺、もう、お前の弟に会えない」


「別に、野球辞めたからって、弟にとっては憧れの先輩だと思うけど、てか兄貴よりお前のこと尊敬してるってどうよ」


 かつかつと園田はカレーを食べ、俺は、自分なんか尊敬するのは止めたほうがいいと思う。


 ……俺は、『あいつら』が言っていたとおり、野球選手としては失格だから。


「そんな顔して食うなよ、俺おかわりするけど、どうする」


 「いい」と言うと、まだ残っている皿を取られる。


「食べ終わって、後片付けしてから、ゆっくり話聞くからな」


 自分の皿と両手に持ち、にっと笑い、園田が言った。


「母親もびっくりするぐらい、美人のお姉さんの話、じっくり聞かせろよな」




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