余計なことを囁く先輩
お姉様とエステル様が声を揃えて「「うわぁ……」」と言った先輩の発言については、私とリヒト様の間でも意見を交わし合うことになった。
お友達は別の令嬢とお茶をしていたようだが、相手が所用で先に帰宅した後、優雅に残りのお茶を楽しんでいた。
お互いに気付いたので手を振り合ったが、わざわざ席を移動するようなことはしなかった。
そこへ、先輩がやってきたのだ。
「初めまして。あなた、彼の婚約者でしょう?」
ひとつ上の先輩に尋ねられ、頷くと例の発言を告げられていたのだった。
お友達は目を丸くし、そのあと少し俯いて「……ご親切に、ありがとうございます」と呟く。
先輩はいたく満足げに笑った。
「何かあったら、遠慮なく言ってね!私、令嬢達を応援したいの!」
そう高らかに宣言すると、先輩は立ち去った。
お友達はしばらく俯いたあと深いため息をつき、まだ残っているお茶をそのままに席を立った。
何も声を掛けられず、リヒト様と顔を見合わせる。
「……今のセリフ、セシリス先輩ならどう思います?」
リヒト様に訊かれ、私は首を傾げた。
「今の、と言うと先輩の言葉?」
「そうです。仮に僕がセシリス先輩の婚約者だとして。他の人から『リヒトがあなたの悪口を言っていたが私は否定した、私は貴女の味方だ』と言われたら」
リヒト様が婚約者……その言葉がフワフワと浮き上がるけど、今は質問に答えないとね。
リヒト様が私の悪口を言って、他の人がそれを否定した……うーん。
「まずはお礼?」
「お礼」
「否定してくれたことに」
「そうですか……」
「それからもうひとつお礼ね」
「うん?」
「教えてくれてありがとう、って」
「……はい」
「その後、リヒト様の元へ行くわ」
「はい??」
「どんな悪口を言っていたのか、どうして悪口を言ったのか。教えてくれた方も知っているかもしれないけど、ご本人に尋ねるのが一番確実だと思うの」
「まあそうですが、はぐらかされるかもしれませんよ?」
「まあ、リヒト様は私の質問をはぐらかすかもしれないの?」
「いえ、そういう訳ではありませんが」
「いいわ、はぐらかされたら徹底的に調べるから!リヒト様と教えてくれた方、どちらが本当なのか白黒付けます!」
ビシ!と言い切ったら、それまでも震えていたリヒト様が大声で笑った。
「せし、セシリス先輩、発想が面白過ぎます!」
「ええぇぇ?」
そんなに面白いこと言った?とは思ったけど、大笑いしているリヒト様は珍しいので、そのまま笑顔を堪能した。
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「いや、ホントに精神力強過ぎ。なんなのあなた」
「なんなのってなんですかお姉様!」
「シャーロットにも見習ってほしいわ……」
「ーー今気付いたけど、この縁が進んだらシャーロットとセシリスが義姉妹ね……」
「……シャーロットがこんなに濃い親戚との付き合い、耐えられるかしら……?」
「濃い?ですか?」
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ひとしきり笑ったあと、リヒト様はご自分の見解をお話しになった。
「僕はセシリス先輩ほど素直に聞きに行けないと思います。なので、報告者に対して『余計なことを言ってくれた』と恨みます」
「まあ」
「自分がフォローした、と言うお手柄報告もどうかと思いますが。何より、誰かが僕の悪口を言っていた報告など、まったく僕のためになりませんよね?僕とその方の仲を悪くしようとしてるとしか思えません」
そう言われて考える。
私はリヒト様のところへ突撃するつもりだったけど、もしリヒト様がなんらかの事情で捕まらなかった場合、『リヒト様が私の悪口を言った』という話だけが残るのだ。
お会いして話し合うまでは、モヤモヤしている気がする。
「そうね。事実を確認するまでの間、悪い考えばかり浮かびそう」
私がそう言うと、リヒト様は頷いた。
「現に、先程のセシリス先輩のお友達は、大変浮かない顔をしておられました。婚約者に聞くのか聞かないのかはわかりませんが、間違いなく憂いてることは確かです」
彼の言葉には同意だ。
立ち去る彼女の背中は少し丸まっていた。
「……バジュスーレ先輩は、どうしてあのようなことを彼女に伝えたのかしら?」
ふと疑問に思ったことが溢れた。
リヒト様を見ると、ニコと笑んでくれる。
「女生徒間の、地位争いでは?」
「地位争い??」
「グリフィス嬢が卒業された後、女生徒の間でリーダーシップを取る方が決まってないと聞いてます。バジュスーレ先輩は、他の令嬢方に『味方である』と認識を広め、女生徒達を牛耳りたいのではないでしょうか」
◇◇◇◇◇◇◇
「グリフィス嬢って……」
「ミュリエル様のことよエステル」
「そうよねぇ?!」
エステル様がテーブルに突っ伏してしまった。
お姉様とエステル様は、アイゼンバーグ家に嫁がれたミュリエル様よりお招きを受け、定期的にお茶会へ出席している。
私も行きたい!と主張しているのだけど、卒業するまでは駄目だそうだ。けち。
それはそうと、エステル様の悲痛な様子に驚いて目を丸くしていると、お姉様がエステル様を慰めた。
「名前が出てきただけで、何も命じられてないわよエステル」
「はっ!……そうねクラリス、御名をお聞きしただけで取り乱してしまったわ。セシリス様も驚かせてごめんなさい」
エステル様が姿勢を戻し、何事もなかったかのように振舞う。
切り替えの速さに感心してしまった。
「ミュリエル様が学園の女生徒の間でリーダーシップを取っていた。バジュスーレ嬢は、その後釜に座りたいと言うことで合ってる?」
「合ってます。とは言え、リヒト様の独自の見解によると、ですが」
「まあたぶん、当たってるわよ腹黒の読みだし」
「そうね」
なんだか、リヒト様=腹黒、が物事の理由になってるような?
「そう、それで『女生徒の味方』を標榜してるのね。行動的には余計なお世話としか思えないけど」
「セシリス様のように即行動出来る令嬢なんて、少数派よね。お友達は揉めなかった?」
「揉めました。」
「「ですよねー」」
背を丸めて帰ったお友達は、婚約者に問い質しもせず悶々と過ごした結果、婚約者を避けるようになっていた。
訳が分からない婚約者が業を煮やし、他クラスまで乗り込んでくる騒ぎとなったのだ。
「お友達は教官立ち会いの元で婚約者と話し合い、どうにか仲直りをしました。その騒ぎでバジュスーレ先輩が彼女に囁いた事実が取り沙汰され、婚約中の人達からは警戒されてます」
「そうなるでしょうね」
「本人に罰とかはなかったの?」
「実際の悪口を言った訳ではなく、行動だけ見たら善意とも取れますので、罰は発生しません。その代わり、生徒間では噂になってます」
「それはそうね。それで大人しくなったの?……待って、そう言えばこの話の最初って……」
お姉様が気付きこちらを見た。
正解、と私は頷く。
「婚約者のいる生徒には警戒されるようになりました。なので、現在婚約者のいない生徒に話し掛けるようになったんです。それこそ、私とか」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ムーサルク嬢、少し良いかしら?」
一人で図書館に向かっていると、バジュスーレ先輩が話し掛けてきた。
「バジュスーレ先輩。何か?」
「クロエ、でいいわ。私は令嬢達の味方だから、そんなにかしこまらないでちょうだい」
そう言われたら、「では私もセシリスと」と言うべきなのかもしれないが。
これまで交流のなかった令嬢を、『女生徒の味方』と言うだけで信用することはできない。
貴族の笑みで流した。
「何かご用でしょうか?先輩」
再度促すと、バジュスーレ先輩は声を潜めて囁いた。
「あなた、最近ワルロー子爵令息と一緒にいるでしょう?彼、三男だから婿入り先を探しているのよね。ムーサルク嬢も条件次第では狙われるから、気を付けてね?」
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「「全力で、余計なお世話!」」
「ですよね、ハイ」
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