『私って本当に……』と卑下するお友達
私の説明に、エステル様とお姉様は揃って眉を顰めた。
「『私は令嬢の味方だから』?」
「『なんでも頼って』?」
「「うさんくさぁ」」
声まで揃ったわ。
「エステル様、お姉様。リヒト様と同じことを仰るのね」
感心していると、ますます表情が歪む。
「やめてよ。それって腹黒と同じ意見ってこと?」
「そう言われましても。仰ってたんですもの」
ぷく、と頬を膨らませてしまう。
エステル様に笑われてしまった。
「クラリス。腹黒令息と同じ、と言うより誰しもがそう思うのよきっと」
「そうね、それ以外ないわね。セシリス、その令嬢のことを詳しく説明なさい。あなたの先輩なの?」
お姉様に促され、私は頷く。
「クロエ・バジュスーレ伯爵令嬢ですわ。私だけでなく、他のご令嬢にも言ってますの。『私は令嬢の味方よ!』と」
◇◇◇◇◇◇◇◇
私がクロエ様を最初にお見掛けしたのは、お友達に話し掛けていたところ。
一緒にお茶をしていたリヒト様が、「セシリス先輩。あの方、先輩のお友達では?」と教えてくれたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆
「待ちなさいセシリス!ワルロー令息とお茶をしているの?!」
「同じ経営学を受けてますので、授業後に一緒に復習してますの。その休憩ですー」
「クラリス、諦めなさい。セシリス様が目を付ける前に、ワルロー令息が手を回してるだけよ」
「うう、腹黒な義弟なんて……」
◆◆◆◆◆◆◆
クロエ様と一緒にお話をされていたご令嬢は、一度リヒト様と共にお会いしたことのあるお友達なので、リヒト様も見覚えがあって当然。
私とリヒト様が復習をしていた時、あまりに浮かない表情をして通り掛かった彼女を、私がつい呼び止めてしまった。
「僕は静かにしてますので、お気になさらず」
リヒト様が可愛らしく微笑むので、お友達も警戒せず話をしてくれた。
なんでも、婚約者に渡す為に用意した刺繍入りハンカチを、いざ渡そうとした時に家に置いてきたことを思い出したそうだ。
その場はどうにか誤魔化し、後日渡せば良いことなのだが、今日渡す為に頑張っていただけに落ち込んだらしい。
「私って本当に駄目よね……大事な時に忘れるなんて、情けない」
そう言うので、「そんなことないわ!貴方は頑張ったもの!」と励ましているうちに、彼女に笑顔が戻ってきたので手を振って別れた。
「リヒト様、お時間いただいてありがとうございます」
リヒト様に向き直ると、ニコッと笑って「セシリス先輩は気にすることないですよ。待ってる間に、こちらまとめておきました」とノートを見せてくれる。
「まあ!リヒト様、さすがですわ」
ノートを見て賞賛すると、少し照れて笑っていたのが可愛らしい。
そこでふと、お友達が去って行った方向を見た。
「さっきのお友達、否定待ちの方ですね」
そんなことを呟く。
「否定待ち?」
首を傾げて訊くと、頷いた。
「意識的にか無意識なのかはわかりませんが、自分を卑下するようなことを伝えて、セシリス先輩の『そんなことはない』と言う否定の言葉を待っている、ということです」
「まぁ」
言われて考える。確かに、彼女が自分のことを悪く言ったら、私は「そんなことはない」と否定するに違いない。
「では、私は彼女が望む言葉を言えた、ということで良いのでしょうか?」
「…………まあ、そういうことですね。でもセシリス先輩、否定待ちの方は際限ないですよ?」
「際限?」
「『そんなことはない』と言ってほしいだけなので、先輩がそれ以外のことを伝えても、自信を持つ訳ではないのです。慰めてほしくなったら卑下する、その繰り返しです」
「繰り返し……」
リヒト様は深く頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「さすが腹黒、人の肚のうちを読むのはお手の物ね」
「そこ感心するところ?」
「そうなんです!リヒト様は、まだ13歳なのに人の心の内を読み図ることができる、優秀な方なのです!」
「そこは自慢するところではないわ……」
「セシリス様ってポジティブなのね……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
リヒト様と話をした数日後、またお友達と会った。
その時は学業のことで、「私って、本当にちゃんと出来ない人よね……」と自信をなくしていた。
思わず「そんなことはないよ!」と言いそうになったが、リヒト様の言葉を思い出した。
「あのね、私『そんなことはない』しか言えないのだけど、貴女は否定待ちなの?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「そこ聞いたの?!」
「そこ聞けるの?!」
「?はい。彼女の求めているものがリヒト様の仰った内容で合ってるのか、まずは聞いてみようかと」
「……セシリス様は、ポジティブな上に怖い物知らずなのね……」
「そうなのよ……」
「次期公爵夫人に似たところがあるわね?」
「怖いこと言わないでくれる?!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
私が訊くと、お友達は一瞬固まってしまった。
「え……、いえ、そんなことはないわ」
硬直のあと否定され、私は驚いてしまった。
「え、違うの?」
「違うわよ、否定待ちなんかじゃないわ!」
「まあごめんなさい。でもそうすると、私は貴女のお話を聞いても、お返事のしようがないわ」
困り果てていると、お友達が「え?」と聞き返す。
「だって、否定待ちではないのでしょう?私、貴女のお話を聞いてるとどうしても『そんなことはない』と否定したくなってしまうの。でも、この言葉を望んでいないのなら、何を話して良いか分からないわ」
そう告げるしかない。
お友達は「えぇ……」と意気消沈した。
私も同じ気分だ。
「だからね、他の言葉が浮かぶまでは、私貴女のお話は黙って聞いてるわ。『そんなことはない』は言わないように我慢するわね!それでも良かったら、お話してくださる?」
代替案を提示すると、お友達は「……分かったわ」と力なく頷いてくれた。
それ以来、お友達から自分を卑下するような話は聞かなくなった。
リヒト様に一連の流れを説明したら、「さすがセシリス先輩です!」と大笑いされた。なぜ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……セシリス様、最強説ね……」
「本当、あなたって子は……」
まずはお友達の説明から、としているが、エステル様もお姉様もなんだか萎れてしまった。
どこに萎れる要素があったのか、首を傾げてしまう。
「エステル様、お姉様。どうされましたの?お友達のお話をしただけですのに」
訊いてみても、二人は力なく首を振るだけだった。
「いえ、いいのよセシリス……。そう言えばまだ本題に入っていないのよね?」
「そうですわ。先輩のお話をしたかったのですもの!」
「そうよね、ごめんなさい。セシリス様の威力があまりに強過ぎて」
「威力?」
不穏な単語に疑問符がついたが、エステル様はお話ししてくださらなかった。
「お友達との会話の前に、バジュスーレ嬢のことを聞いても良いかしら?セシリスのひとつ上でバジュスーレ伯爵家、って確か次女の方よね?」
お姉様からの改めての質問に、私は頷いた。
「はい。クロエ様は同位のご令息と婚約していらっしゃるので、そちらに嫁がれます」
「セシリスのひとつ上なら私も在籍していたと思うけど、覚えがないわね……」
「私は王都の学園の勢力図を知らないのだけど、上位の方の知識を知らずに過ごせるものなの?」
地方出身だと仰るエステル様が、不思議そうに尋ねる。
「それはそうよ。高位貴族の方だって多数いらっしゃるの。同派閥の家の方や他の派閥でも派閥上位の方はさすがに把握しているけど、特に目立つところのない一族の方は、個人的に知り合わない限り関わらないものだわ」
「なるほど」
「それで言うと、クロエ様のお家は私達ムーサルク家とは別派閥であり、かつそこまで力のある一族ではありませんの。爵位はあちらが上ですが、我々の代になったら逆転しているもしくは同位になる、などの可能性も充分ありますわ」
補足をすると、エステル様が感心したように見てくる。
「さすが男爵家の後継、よく勉強されているのね」
「えへへ。でも、我々の代に〜と言うのはリヒト様のお言葉です!」
「……どこまでの『我々』かしら……」
「深く考えてはいけないわ、クラリス」
またもお姉様が萎れていらっしゃる。
リヒト様のお話になると、元気がなくなってしまうのかしら?
「とにかく!そんなクロエ様が、私のお友達に声を掛けていたところをリヒト様とお見掛けし、考察したのが最初ですの。クロエ様はお友達にこう言ってたのです。『貴女の婚約者が貴女の悪口を言っていたのだけど、私が否定しといたわ!私は女の子の味方よ!』と」




