9話「ドナ家の値踏み」
格式ばった城の雰囲気、どこか固いようなグアン。
いわゆる貴族のような肖像画など。
ここに来るまでの情報からは想像できなかった、雇い主とのファーストコンタクトであった。
肖像画で見た悪魔と同じ個体だとは思うけれど、描かれていた姿よりも成長しており、不気味に存在感を放っていた顔の赤い模様のようなものは消えていた。
こんなシチュエーションでなければ、その容姿に見惚れたりも出来たのだろう。
悪魔のしっぽのようなものをブンブン振り回しながら、楽しそうにその悪魔はつづけた。
「よくやってくれたのぉ、グアン」
「いえ、偶然天使の奴が抜け駆けしようとする場に出くわせただけで」
「成果は成果じゃ、褒めて遣わす」
「勿体ないお言葉です」
片膝をつき、淡々と報告をするグアン。
未だに自分の立場を把握できずにいる僕は、その光景をただ突っ立ってみていることしかできなかった。
「して、この者の経歴は?」
「こいつの魂歴書の内容まではまだ把握出来ておりません。ですが......」
「ですが、なんじゃ?」
「お嬢様の要望には応えられそうです。なんせ、見たことのない薄さでしたから」
「おぉ!そうかそうか!では明日にでも中身を改めに行くかのぅ」
嫌なことを思い出さされた。
ついさっきの出来事ではあったけれど、色んなことが起こりすぎて、かなり前のようなことに感じる。
「おい、人間」
「は、はい」
「貴様は今日からこのドナ家の奴隷として仕えてもらうぞ」
「それは......」
ギロリ......
僕が異を唱えようとしたのを察したグアンは、片膝をついたまま、僕を鋭くにらみつけ、先ほどまで上機嫌だった女性の悪魔も、打って変わって冷たい瞳で僕を見ていた。
「よ、よろしくお願いします」
「うむ!よろしく頼むぞ」
魔界に来て何度目だろうか。
また自分の情けなさに嫌気がさした。
しかしそのお陰で、一瞬この場を支配した緊張感は、フッと消え去っていた。
「それで、具体的には僕は何を......」
「なんじゃ、まだ説明しておらんのか」
「すみません。魔界講習にて知ってもらえればよいかと」
「魔界講習?」
「あぁ、魔界の仕組みや、お前が置かれた立場やすべき事を教わる講習だ。早い話、魔界で過ごすための許可証をもらいに行く場だな」
「最近は魔界であっても、細かい決まりが多くてのぅ。自由こそ悪魔のあるべき姿であるはずなんじゃが」
憂いたように、女性の悪魔は言った。
「ま、聞いての通りじゃ、貴様が我がドナ家の管理下になるのはそれからじゃ。詳しいことはグアンに聞くがよい」
魔界のような場所で、そんな決まりがあるなんて思ってもみなかったし、こういった体制が整っているのなら、奴隷とはいえ、滅茶苦茶なことにはならないのかもしれないと思った。
「では早速じゃが、貴様の生前の話を聞かせてもらおうかの」
「へ?」
思いがけない問いに、心底間抜けな声が出てしまった。
「生前の話、というと?」
「貴様の情けないエピソードじゃ!」
「お嬢様はな、人間特有のばかばかしい習性が好きなんだよ」
「人間の書く物語は面白いものが多くてな、自己憐憫からくる馬鹿みたいな選択、悪魔には到底出来ん発想が興味深くての。貴様のような奴ならそういう話を沢山もっとるじゃろ?」
「あ、そういや...お嬢様、こいつ、元々自殺しようとしてたところを天使に見つかったんですよ」
「おぉ!まさに人間特有の愚行じゃな!自ら命を絶つなんて行為、余はもちろん、ほかの悪魔、天使や動物もせぬ行為じゃ。何故自死に至ったか、詳しく聞かせてみよ」
前言を一部撤回。
魔界に、僕たちで言うところのハラスメントなんてものはきっとないのだろう。
人の不幸は蜜の味を地で行く、悪魔らしい発想だった。
しかし、好きな芸能人の引退をもとに自殺しようとしたなんて、こいつらに知られたらどんなに馬鹿にされるかわからない。
いや、こいつら相手でなくとも、誰にだって恥ずかしくて言えるようなことではなかった。
「実は...事業に失敗して、お金が無くなっちゃっ......」
ビュン...
僕の頬を風が通り過ぎ、遅れてその頬に痛みが届いた。
ぬるり......
痛みに導かれ頬に触れた僕の手を、嫌な感触が襲う。
手のひらにはべっとりと血が付着していた。
「間引く手間を余にかけさせるでない」
彼女の中の殺意のようなものがビシビシと伝わってくる。
いつのまにか、彼女の手には何本かのナイフが握られていた。
慌てて振り向くと、僕の背後で、床に刺さったナイフが存在感を放っていた。
そこでやっと、僕めがけて投げられたナイフが、頬を裂いたのだと理解した。
「お嬢様、殺してしまっては......」
「おぉ、すまんすまん」
悪びれもせず、ケタケタと笑いながら、形だけの謝罪をグアンにするお嬢様とやらを見て、悪魔と言う生き物がどういう存在なのかを再認識した。
「てめぇも、嘘つくんじゃねぇよ」
なぜ嘘がばれたのか、そんなことは考える余裕もなかった。
次にまた嘘をついたのならどうなるのか。
殺される殺される殺される。
嘘をつけば殺される。
それだけが今の僕に分かることだった。
「ほれ、もう一度だけ聞くぞ。貴様はなぜ自ら命を絶ったのじゃ?」
僕の中にある小さなプライドはあっという間になくなり、助かりたい一心ですべてを話したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。




