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10話「過去とドキュメンタリー」

高校1年生の頃の話だ。

車で、交差点を右に曲がろうとした際に、猛スピードで直進してきた車に衝突され、運転していた母親はこの世を去った。

ドライブレコーダーや、周りにいた人の証言のおかげで、相手の信号無視による過失がほとんどとなった。

僕はその時の光景を、後部座席から見ていた。

今でもはっきりと覚えている。

今晩の献立の話をし、食べたいものを思案しながらぼんやり外を眺めていた。

のどかな景色に飛び込んできた異物。

こちらに目掛け向かってくる車は減速することもなく、そのまま僕たちを運んでいた車に衝突、その勢いのまま横転し、強い衝撃。

もちろん僕も無事ではなかったが、朦朧とする意識の中、運転席に目を向けると、母はシートベルトに引っかかるようにして項垂れ、横向きになった車内でピクリともしなかったが、血だけはポタリ、ポタリと動きを止めないでいた。

僕はそれを、ただ見ていることしかできなかった。

いびつな形になった車の中で、身動きは取れなかったけれど

「母さん!母さん!!!」

そうやって必死に、すがるように叫んだこと、その時の喉の感覚、そして、ついにその呼びかけに対する返答が返ってくることは無かったこと。

忘れられるはずはなかったし、その出来事は僕という人間を大きく変えた。

幸い、体に後遺症は残らなかった。

体には。

それまでの僕は、学校に友人はいたし、悩みがなかったわけじゃなかったけれど、それなりに楽しく過ごせていたように思う。

しかし、母親を亡くしてからは、あの日見た光景が呪いのようにずっと僕の頭を離れないでいた。

いつまでも落ち込んでいられない、と、しばらく休んでいた学校に再び通いだしたけれど、気を使ってくれるクラスメイトや先生の態度が、余計に悲しさを助長させる。

授業にも集中することもできず、気が付けば、引きこもり。

このままでは進級できなくなってしまう、そんな学校からの連絡があったタイミングで、そのまま退学することを選択した。

気を使ってくれると言えば、父親もそうであった。

自分だって妻を亡くしているのだから、平気なはずはなかったのに。

だけど、僕は自分のことで精いっぱいだった。

父親は、僕が高校を辞めたいといった時も

『そうか』

と、あっさり認めてくれた。

一度外れてしまったレールを再び軌道修正することは容易ではなかった。

目標も気力もなく、ただ食べて寝ての繰り返し。

たまに家事をすることもあったけれど、ほとんどの場合、食事の時以外自室から出ることは無かった。

そんな毎日を過ごし、事故から7~8年ほど経った頃だろうか。

ふと目にした、テレビのドキュメンタリー番組。

特集されていたのは、一人の声優。

『高宮詩乃さんは、事故で母親を亡くしており』

と言ったナレーターのセリフが僕の耳を刺激した。

父親も同じだったようで、もくもくと食事を続けていた二人の鳴らす食器の音が、少しの間止んだ。

彼女は、幼いころに病気で母親を亡くし、悲しみに暮れていたが、母親との思い出を抱き、父親と二人、支えあいながら生きてきた。

その中で、沢山悲しいことがある世の中だけれど、そんな人たちを元気づけられることをしたい、そんな考えから、元々アニメや漫画が好きだったこともあり、声優を志したのだという。

僕も彼女のようになれたなら。

大層なことでなくても、やれることがあるのだとしたら。

このままではいけないと、頭の中ではずっと前から分かっていた。

キザな言い方かもしれないけれど、テレビの中の彼女に、背中を押されたような気持ちになった。

すぐにとはいかなかったけれど、その後、アルバイトを始め、ゆっくりと働く時間や出勤日を増やし、いわゆる【普通の人間】と言っても良いほどになったと思う。

父親は、本当に嬉しそうにしていた。

もともと口数の多い人ではなかったけれど、徐々に食卓に温度が戻ってきた。

社会復帰をする一歩踏み出すきっかけになった彼女の活動を追いかけながら、働き、父親と二人で慎ましく過ごす毎日に、居心地の良さを感じていた。

彼女に比べれば大したことは無かったが、その時の自分にできる精いっぱいだった。

そうして過ごすうちに、アルバイト先から正社員の話を頂き、人生が好転していっている実感が湧きだしたころ、父親に癌が見つかった。

神様などいないのだ、と、世界を恨んだ。

どんどん容態のひどくなっていく父親をそばで支えながら、それでもと、自分なりに必死に生きたつもりだ。

しかし、やはり世界は無常であった。

数年の闘病生活を経て、父親はこの世を去った。

母親を亡くした時とは違い、悲しみを共有できる人はおらず、ゆっくり築いてきた物が一瞬にして崩れ去ったようだった。

天涯孤独。

まさかこの年で、自分がその身になろうとは。

心身ともに疲弊しきった僕は、正社員で勤めていた会社を辞めた。

父親の死を言い訳にするのは卑怯だと、分かってはいたけれど、すぐに立ち上がることはできなかった。

それでも、僕の中には詩乃さんがいた。

抜け殻になった僕の中に唯一残ったものが、彼女だった。

イベントやライブに足を運ぶ気力はすぐには湧かなかった。

それでも、モニターを通じて彼女の活動に触れない日はなかったように思うし、一人ぼっちになり、静かすぎる家の中で、逃げるように彼女の歌を聞いた。

そうした日々を繰り返していくうちに、徐々に、また僕の中に気力のような物が積みあがっていくのを感じていた。

(せめて、彼女のために生きよう。そんなこと、向こうは望んでないかもしれないけれど、彼女の活動をしっかり見届けよう。そして、それが終わったら......)

ターニングポイントがあったわけではなかった。

日々を全力で生きている彼女を応援しているのに、本当の意味で何もしない自分に嫌気がさした。

両親が亡くなったタイミングに入ったお金があったし、このまま、ただ生きていくだけなら、なんとか食いつないで行けそうではあったが、彼女を応援していると、自堕落な自分を否定されていると感じる瞬間が多々あった。

もちろん、彼女にそういう人を揶揄するような発言があったわけではない。

努力している人を応援しているのに、その自分がこのありさまなのは、なんだか後ろめたかったのだ。

胸を張って、応援できる人になろう。

せめてその間だけは、自分なりにまっとうな人になろう。

そうすると決めた後は、少しだけ気が楽になった。

また一から、アルバイトを始めたり、そのための準備をするのは今の僕には重労働だったけれど、なんとか、ガタガタになったレールに、再び車輪をはめることが出来た。

盲目的に、彼女を追うのは楽だった。

救われるようだと言った方が良いかもしれない。

アルバイト先と自宅、そして、たまにイベント会場に足を運ぶ。

しばらくそんな日々を繰り返した。

そして、その日がやってきたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

週二回(火・木 21時)更新を予定しております。

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