8話「謁見」
当然と言えば当然なのだが、広い庭を歩き、城が近づいてくれば来るほど、門越しに見た姿より大きく、僕に場違いだと言っているような威圧感を放っていた。
そして、城の扉の前にたどり着くと、そのプレッシャーはピークに達した。
「粗相すんなよ」
今までのグアンのチャラついた雰囲気からは想像もできないほど、淡々と僕に告げた。
ゴクリと生唾を飲み込み、冷たい汗が僕の頬を伝うのを感じる。
返事も待たぬ間に、グアンは城の扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
中は暗い赤色のカーペットが敷かれており、豪華なシャンデリアから光が放たれてはいたが、どこか薄暗く、点々と配置されている燭台に灯された火が、明るさと不気味さを手助けしていた。
(もう、なるようになれ......)
ここに来るまで、いや、来る前からずっと緊張が僕を襲っていたが、それが一周まわったのか、感覚が麻痺してしまったのか、半ばヤケクソのような気持ちが僕の中に芽生えていた。
しかしどこかで、今のグアンの態度と注意喚起とが、僕の中にズキズキとした気持ちの悪い痛みを与え続けていた。
「あの...ここには何が...?」
「何言ってんだ、お前がこれから過ごす場所だろ」
「え...?僕がここで?」
「そうだって言ってんだろ」
奴隷と言うのだから、もっと険しい場所での肉体労働のようなものを想像していた。
当然、奴隷なんて単語はなじみがなかったから、漠然とした想像ではあったが、少なくともイメージしていたよりはまともな環境なのではと思えた。
「だから今から、雇い主に挨拶しに行くんだよ」
「なるほど...グアンさんもここで働いてるんですか?」
「まぁ...そんなとこだな」
少し言い淀んだように聞こえたのは気のせいだろうか。
そこで会話は途切れはしたが、僕の心に少しだけ余裕が生まれたようで、異国情緒という言葉が正しいのかは分からないけれど、そんな雰囲気の、見慣れぬ内装に目を向ける余裕も出てきた。
玄関ホールから、室内とは思えない長く広い廊下に差し掛かる。
廊下の片面は大きな窓ガラスで埋められており、外の庭の様子が一目で分かる。
しかしながら、空の色は当然変わっておらず、濃い紫色のままで。
廊下のもう片側に等間隔に燭台が並んでおり、玄関ホールと同じようにそれらが明るさを手助けしていたが、やはり、ここもほんの少し薄暗かった。
いくつかの扉を通り過ぎたが、グアンが足を止める気配はなかった。
廊下の突き当りには階段が、そしてそこには、大きな肖像画が飾られていた。
描かれていたのは、家族?
僕の住んでいた世界でもありそうな一枚で、和やかな表情をした、恐らく、父と母と子が。
しかし、父親は真っ赤な肌と巻いた形の二本角、母親は行儀よく両手を前で重ね合わせていたが、両手の爪は鋭く伸びており、中でも、娘の姿が僕の視線を特に惹きつけた。
肌は両親の遺伝なのだろうか。
人間と同じような肌の色を持つ母親とほとんどは同じようではあったが、目元を覆うように部分的に父親の赤色の肌を受け継いで、無邪気に笑う口元には、牙が顔をのぞかせていた。
親しみのある肌の色に、アクセントのような赤い肌を持つこの娘に、肌一面が真っ赤な父親の容姿よりも、なぜだかショックを受けた。
「もしかして、ここに描かれてる方がこの城の持ち主なんですか?」
「あぁ」
肖像画には目もむけず、短くグアンは答えた。
僕もそれ以上、何も追及できず、また足音だけが僕たちを包んだ。
それにしても...静かすぎる。
こんなお城の日常なんて分からないけれど、ここに来るまで誰ともすれ違ってないし、話し声や、物音も聞こえてこない。
「あの...ここっていつもこうなんですか?」
「何が?」
「すごく、静かだなって」
「あ~...まぁ今この城には最低限の悪魔しか居ねぇからな」
「最低限?」
「使用人が二人と料理長、今から会う雇い主、俺とお前。そんだけだ」
僕がそのラインナップに加えられていることに対する違和感は拭えなかったけれど、静けさの理由は判明した。
「さ、この先だぜ」
階段を登り少し歩いた先で、また僕の前に扉が立ちはだかった。
今日だけで、知らない扉を沢山通ってきたけれど、こうして覚悟を決めて扉と対峙するのはこれで最後にしたかった。
『入れ』
こちら側が何か、アクションを起こす前に、扉の奥から声が聞こえた。
「失礼します」
グアンが声を返し、扉に手をかける。
そこで僕を待ち構えていたのは、先ほど肖像画で見た娘と同じ肌を持つ悪魔。
そして
「おぉ!本物の人間じゃあ!!!」
という、それなりに長く人間として生きてきた僕が、初めて受けた評価の言葉だった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。




