6話「三途の川」
「いや~笑わせてもらったぜ、腹痛ぇ」
「......」
「そんなにムスッとするなよ」
蔑ろにされ、見下される。
おまけに魔界で奴隷になる。
そんな扱いを受けた僕の唯一の抵抗は、不機嫌な様子をばらまくことだけ。
情けなくなるが、何も言えることが無いのもまた事実で。
特例審問所とやらを出て、来た廊下を引き返す。
歩けば歩くほど、不安な気持ちがどんどん大きくなっていく。
「暗い奴は魔界でも嫌われるぜ?」
「『も』ってなんですか」
「人間界でもそうだったんじゃねぇの?」
「......」
「まぁなんでもいいや。でもな、一つだけ忠告しといてやるよ」
「え?」
「そんな態度じゃお前、向こうですぐに死ぬことになるかもな」
死。
また僕の前に立ちはだかるのか。
それを一度味わっているからこそ、死ぬという単語が、嫌に身近に感じる。
いや、いっそ死んでしまった方が良いのかもしれない。
もともと、それを望んでいたのだから。
まてよ......
「そもそも、僕は死んでここにいるんですよね?もう一度死ぬことがあれば今度はどうなるんですか?」
「知らね。俺は死んだことねぇし」
魔界にも死という概念があるなら、さっさと殺されてしまった方が楽なのかもしれない。
またあのえも言われぬ恐怖を味わいたくはなかったが、これからの暮らしを想像すれば、そっちの方が幾分かマシかもしれないと思った。
「ただ......」
「ただ?」
「生きた証が少ない奴ほど、苦しむことになるって聞いたことがあるな。醜悪で弱い化け物になったり、怨念となって誰にも気づかれず彷徨ったり」
なんだそれ......
「真面目に生きなかった奴への罰らしいから、自我はちゃんと残ってるらしいぜ。ま、本当かどうかなんて確かめようがねぇけどな」
「それじゃあ......」
「ん?もしかしてお前、向こうでも死のうとか考えてたか?」
「だって...魔界で奴隷だなんて......」
「おいおい、奴隷ってのは所有者がいるんだぜ?勝手なことすんじゃねぇよ」
「いきなり納得しろって方が無茶ですよ」
「じゃあ試しに死んでみるか?俺の言った話が本当なら、お前は相当苦しむことになると思うぜ?なんたって、あの薄さだからな!ぶふっ!あははははっ」
人目をはばかる必要も無くなったグアンは、大きな声で笑いだした。
悪魔のような高笑いで。
「は〜まだ面白れぇ...ふぅ...なんなら、ここでまた殺してやろうか?」
そう言うと、グアンの右手が光り、あっという間に大きな鎌が現れ、そこに握られていた。
あれは、僕の首を刈り取った鎌だ。
先ほどグアンと再会したときに感じたのと同じ恐怖心が僕を支配した。
「...いです......」
「あん!?」
「死にたくないです......」
「よ~し、じゃあうだうだ言わず、かつ俺の話には返事しながら、黙ったり喋ったりしながら付いてこい」
「...はい」
めちゃくちゃな命令だと思いつつも、ツッコむ気力は残されていなかった。
絶望なんて慣れたものだと思っていた。
しかし、これが本当の絶望なんだと、今まで味わってきた苦痛なんて、絶望には足りていなかったのだと、理解した。
「つっても、もう到着しちまったがな」
「え?」
「ほら、見ろよ」
そう言いながら、俯いていた視線を上げると、長い廊下にたくさんあった部屋や、特例審問所とも違う、幾何学模様が描かれた扉が僕の前にあった。
強いて言うなら、何かで見た魔法陣のような......
「入るぞ」
「は、はい......」
グアンが扉を開け、まるで自室に入るように、ずんずんと進んでいく。
見慣れぬ模様の描かれた扉に不気味さを覚えていた僕は、入る前にそっと部屋の中を覗き込んだ。
中はそんなに広くなかった。
しかし、床と壁一面には、先ほど扉にあった模様に似た何かが、所狭しと描かれていた。
味わったことのない雰囲気、そして何やら不思議なエネルギーのようなものが、空気中に感じられた。
「なにやってんだ、さっさと来い」
「あの、ここって?」
「ここから行くんだよ、魔界に」
「もしかして、魔法か何かですか?」
「お、察しが良いじゃねぇか」
魔法...天使と言い、悪魔と言い......
ファンタジーの世界でしか聞いたことのない物が、どんどん僕の前に現れる。
少し展開が違えば、こんな形でなければ、胸を躍らせることが出来たのかもしれない。
しかし、ワクワクするような魔法と言う単語であっても、今からお披露目するであろう効果は恐らく、魔界への転送、と言ったところだろう。
言うなれば、この部屋に入るのは、僕にとって地獄行きの三途の川を渡る船に乗り込むのと同義だった。
最後の一歩が踏み出せず、部屋の中の模様とにらめっこしていると、しびれを切らしたグアンが、乱暴に僕の腕をつかみ、部屋の中へ思いっきり引っ張りこんだ。
「おら、立ち止まってたって始まんねぇぞ」
始めたくなどなかった。
しかし、逃げることも出来なかった。
力強く引っ張られ、その勢いで転んだ僕は、立ち上がることすらも出来なかった。
力なくグアンを見ると、おもむろに床に手をついた。
すると、部屋の中の模様が光り、徐々にその輝きは強さを増していった。
あぁ、始まってしまうのだ。
何度頭の中を反響したかわからない『魔界で奴隷』という言葉が、魔法陣の光度に比例し、大きくなっていく。
やがて、目を開けていることも困難なほど部屋全体が眩く輝き、真っ白になった世界と一緒に、僕の意識も遠のいていった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。




