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5話「既定路線」

なんとなく、裁判所のような物をイメージしていた。

有罪か、無罪か。

色々調べられ、判決を言い渡される被告人のような気持ちが、悪魔の話を聞いて生まれていた。

しかし、扉の先は想像とは違い、裁判所と言うよりは広い書斎のような、四方を本棚が囲み、重厚感のある木製の机に、二人の年老いた男女がいるだけだった。

そして、男性には両耳の少し上から天を突くような角が伸びており、女性の頭上には、生前も見た天使の輪が浮かんでいた。

また、天使と悪魔か......

アニメや漫画でしか見たことがなかった二つの種族だが、驚く気力は僕には残されていなかった。

「待たせたかね」

静かに、そして力強さを感じさせる声色で、悪魔の老人が口を開いた。

「いえ、そのようなことは」

悪魔がまるで別人のようにかしこまっている。

「ふふ、グアンちゃんは、悪魔にしておくには惜しい良い子ね」

穏やかな口調の天使であったが、やはり同様に、どこか言葉に重みを感じる。

(こいつ、そんな名前だったんだ)

今更ではあったが、名前など気にする暇など全くなかった。

名前なんかより、悪魔という存在が、身分を証明するのに十分すぎる情報だったからだろう。

「おい貴様...此度何が起き、何故貴様がここにいるのかを自らの口で説明してみよ」

貴様...そんな風に呼ばれたのは、さすがの僕も初めてだったが、腹を立てる余裕もなく、すっかり雰囲気に呑まれてしまっていた。

ちらりと横の悪魔...グアンを見てみると

(余計なことを言うんじゃねぇぞ)

と言いたげな顔で僕を睨んでいた。

この場合、余計なことが何を指すか分からなかったし、この状況で、嘘などつけるはずがなかった。

緊張と、目の前の老いた悪魔の鋭い視線に怯えた僕は、たどたどしくではあるが、尋ねられたことに対して、必死に語った。

自殺をしようとしたこと。

天使が目の前に現れたこと。

結局自殺ではなく、この悪魔に殺され死んだこと。

「ふむ...嘘はないようだな。もっとも、嘘などついてもすぐにわかることではあるがな」

そう言いながら、老人の悪魔は、冊子のようなものを取り出した。

「ここに貴様の生涯に起きた重要事項はすべて記載されておるからの」

「え、もしかしてそれがこいつの魂歴書ですか?」

「いかにも」

そうか、そんな物があるんだったら、やっぱり正直に話して正解だったみたいだ。

少しホッとした僕の横で、グアンは肩を震わせ、ついには噴き出していた。

「あははははっ!!!マジかよ!この色でこの薄さ!?」

「こら、静粛にせんか」

「す、すみません...でも...ぶふっ!あははははっ!」

涙目になりながら必死に笑いをこらえようとしているグアン。

なんだよ...それって、つまり僕の過ごした人生の中身が、文字通りペラペラってことなのか......

そんな風に笑わなくとも、そんな風にわざわざ纏めてくれなくても、大したことない人生だったって、僕が一番わかっている……

「あなただって、さっき思わず笑っちゃってたじゃない。グアンちゃんを咎められる立場で?」

「むぅ......」

「誰だってこんなに薄い魂歴書を見たら笑っちゃうわよ」

「で、ですよね!?こんなに薄い奴、初めて見たので」

息を切らしながら、グアンは言った。

「では、話を戻すぞ。早速であるが、判決を申し付ける。人間、田中順は、グアン管理の元、身分を奴隷とし、魔界行きとする」

魔界。

奴隷。

こんな単語を、こんなに身近に感じる日が来るなんて。

僕の人生を思いっきり馬鹿にされた惨めな気持ちと、魔界で奴隷なんていう、あまりにも過酷そうな未来を叩きつけられた僕の頭はぐちゃぐちゃになり、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

「しかしウェラよ。やはりここ最近、自殺を志願した人間への天使どもの接触が多すぎるのではないか?」

「そうねぇ...でも、バルダンナさんが正当審問所の長官に就いてから、天界送りがかなり減りましたからねぇ。もう少し様子を見てくださいな」

「それはそうであるが......」

聞きなれない単語の行き交う内情を、ぼんやり聞くことしかできなかった。

「時にグアンよ、お主はなぜ人間界に?」

「わ、私は、お嬢様の喜びそうな作品を探してまして……」

「ますます良い子ねぇ」

既に僕のことなどどうでもいいように、三人がそんないざこざを話している。

いや、実際どうでもいいのだろう。

僕が取るに足らぬ存在だと感じていることは、この部屋に入ってすぐに察せた。

慣れっこだったから。

生きている時から、こんな扱いは日常茶飯事だった。

ぞんざいな扱いが悲しかったんじゃない。

死後の世界でもそれが同じだったことが、悲しかった。

「では、失礼します...ほら、行くぞ」

言われるがままに動くしかなかった。

もう既に、自分の意志で行動を起こす気力など無くなっていた。

たとえそれが、歩くといった、なんてことのない動作であっても、今の僕には重労働のように感じられた。

自分の体が自分のものじゃないような、歩き出しても、地に足がついていないような気持ちの悪い浮遊感。

それでも何とか足を前に出し、ただ言われるがままに歩き出した。

行き先が、魔界だと分かっていても、逆らうこともできず、いつものようにおとなしく従うことが精一杯だった。


読んでいただきありがとうございます。

週二回(火・木 21時)更新を予定しております。

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