4話「境界線上」
ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと頭を働かせる。
(あれ、僕は何をしていたんだっけ。いつものようにバイトを終え、そうだ、あの子の引退表明を見て、それで......)
「あっ!」
(それで、僕は悪魔に殺されたんだ!)
意識が鮮明になると同時に、ハッと目を開けた。
魔界。
確かそんなところに連れていかれると聞いていたけれど......
あたりをきょろきょろと見回しても、そんな雰囲気はなく、真っ白な壁、床、天井。
ご丁寧に扉までもが真っ白だ。
物と言えば、僕が今寝ていたベッドくらいで、殺風景過ぎるといってもいい部屋に、僕は寝かされていたみたいだ。
確かに切り離されたはずの僕の胴と頭。
首を右に左に倒したり、一回しさせてみたが、さして異変は感じられなかった。
異変と言えばやはりこの部屋、そして僕がこの部屋にいることくらい。
魔界と呼ぶにはあまりにも綺麗すぎると感じた。
あれは夢だったのか?なんて、ここでぼーっとしていても何も分からない。
嫌な予感はしたけれど、やたらと重い体を起こし、思い切って扉を開こうとドアノブに手をかけようとした瞬間、それより先に扉は開かれた。
「よう、目が覚めたか」
その扉の先にいたのは、僕を殺した悪魔だった。
生き物としての根源的な恐怖。
既に死んでいるのだから、こんな表現はおかしいのかもしれないけれど、この悪魔に殺されたという事実を、頭よりも体が覚えているようで、途端に震えが止まらなくなった。
「はっはっは、そんなに怯えるなよ。痛くなかっただろ?」
「...お陰様で......」
なんとか絞りだした言葉すらやはり、震えていた。
「ここが魔界…なんですか?」
「違ぇよ。そう焦らなくてもすぐに連れてってやるよ」
焦ってもいなかったし、連れて行って欲しいわけでもなかったが、逆らう気など既に失せていた。
有無を言わせぬ威圧感。
やると決めたことはやるだろうという、傍若無人を絵に描いたような雰囲気。
これから起こる何かは確かに恐ろしかったが、今この場で逆らう方がもっと怖かった。
「じゃあ、今からどこに?」
「特例審問所だ。死んだ魂が天界か魔界か、送られた先の待遇なんかを決める場所だな」
特例審問所…確かさっきもそんなことを言ってたっけ。
「ほら、ボケっとしてねぇでさっさと行くぞ」
黙って着いてこいと言わんばかりに、スタスタと歩いていく。
その後ろを犬みたいに、見えない鎖に引っ張られるように僕もあとを追った。
扉を出ると、廊下もやはり部屋と同じように辺り一面真っ白で、等間隔に、僕がいたような部屋へ続くであろう扉がずらりと並んでいた。
「僕は、どうなるんでしょうか?」
「知りたいか?」
「そりゃあ…」
「まぁそう心配すんな。人間界には住めば都って言葉があるだろ?あれだよ」
「答えになってない気が……」
「ウダウダ言うな。どうにもなんねぇんだから」
どうにもならない……
改めて他者に突きつけられると、分かっていたつもりの現状がより深く突き刺さる。
こんな状況でも、怒ったり、抗ったりしようともしない自分が嫌になる。
「ほら、ここだ」
自己嫌悪に陥っていると、いつのまにか長い廊下の突き当たりに到着し、今まで並んでいた扉とは違う、両開きの大きな扉が立ちはだかっていた。
こいつが勢いよく開けるものだと思っていたが、扉の前に立ち止まってしまった。
「入らないんですか?」
「中にいる偉いさんの準備がまだみてぇだな。先約でもいるのかね」
へぇ、順番待ちなんてできるんですね。
あやうく思ったことがそのまま口に出てしまいそうだったが、僕はそこまで馬鹿ではなかったようだ。
「順番待ち...死んだ人みんながここに送られるんですか?」
「馬鹿だなお前。そんなことしてたらすぐにパンクしちまうだろ。馬鹿だな」
言われてみればその通りかもしれないけれど、馬鹿って二回も言わなくていいじゃないか......
「じゃあどうして僕はここに?」
「ここはな、死ぬ前に悪魔か天使と接触した奴用の場所なんだよ」
「なるほど...だから特例……」
「俺たち悪魔や天使は、基本的に生きてる人間に関わっちゃいけねぇし、殺しももちろんダメだ」
「じゃあどうして僕は殺されたんですか?」
「さっきから質問ばっかりだなお前。モテねぇだろ」
「うぐ......」
「今回が例外にあたるシチュエーションだったからだよ」
「え?」
「例外ってなんでちゅか〜?だろ?」
「…そうです......」
「まず、お前は自殺志願者だったこと。自分の魂が死を本気で選んだ瞬間、その在籍は人間界じゃなく、こっち側のものになるんだよ。それに加えて、あのまま放っておけば、天使がお前の魂を、審問所をすっ飛ばして天界に持って帰ってただろうからな。この二つが例外だ」
「そういえば、労働力がなんとかって言ってましたっけ」
「あぁ。ここで判別されちまえば、その先は天使も悪魔も手を出せないからな。手っ取り早く労働者を見つけるためには、直接回収しに行くのが確実なんだ」
「天使がそんな反則技なんて使っていいんですか?」
「ダメ、とも言い切れねぇんだよな。死の未来が決まった人間に接触するのは違法じゃねぇし、その魂をどうこうしようとなんの罪にもなんねぇんだ」
そうか、だからあの天使は僕の前に現れたのか。
「実際、あの日の出来事はWin-Winなんだぜ?俺は魔界に労働力を届けられるし、お前も、あのまま天界に連れていかれるよりは、良い待遇になるはずだ」
生前も似たようなことを言ってたけれど、やっぱり天界より魔界の方が良いなんて信じられない。
いや、信じるしかないのかもしれない。
少なくとも、魔界とやらに送り届けられるまでは、その方が幾分か気持ちが楽だ。
「わ、分かりました...では、魔界に送られた僕はどんな扱いになるんですか?」
「またそれかよ、しつけぇ奴だな。ま、一言で表すなら、奴隷…だな」
「えっ!?それって天界に行くのと同じじゃ......」
ギィ......
会話を遮るように、扉がひとりでに開かれた。
「おっ、俺たちの番みてぇだな。ほら、行くぞ」
「ちょっと...まだ話は......」
「んなことどうだっていいじゃねぇか。もうどうにもなんねぇってさっきも言ったろうが」
そりゃそうかもしれないけれど......
僕の居場所は、生きていても、死んでいても、過酷なものになりそうだった。
そういう星の元に生まれたと割り切れるほど、僕は大人になれていなかったみたいだ。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。




