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2話「揃い踏み」

田中順 32歳

学歴 高校中退

職業 フリーター

友人無し 彼女無し

学生時代に母親を亡くし、父親も3年前に死去。


同じようにと言うには、生きていたかったであろう二人には失礼かもしれないけれど、僕もまた、その人生に幕を下ろすつもりだった。

文字通り、あと一歩のところであったが、踏み出そうとした足を止めさせるには十分すぎる出来事が起きた。

「あの……」

再び声をかけると、体と羽をビクッと震わせ、怯えたようにこちらを見つめる。

「天使、ですよね?」

「は、はい……」

大真面目に、有り得もしないことを尋ねている自分をどこか恥ずかしく感じたが、そう疑問を投げかけるしかなかったし、有り得もしないような返答が返ってきたことで、いよいよ現実味はなくなってきた。

「僕は…天国に行けるということでしょうか?」

死後の世界、今まで全く考えなかったわけではなかったが、天使の降臨とでも言えばいいのだろうか。

唐突に起きたそれは、現実主義者の僕に、天国や地獄のようなものの存在を認めさせるには十分だった。

「そ、そうですね…そう捉えてもらって大丈夫ですぅ……」

オドオドとしながら彼女は答えた。

目立たぬよう、波風を立てぬように日々生きることが癖になっていた僕は、地獄に落ちるような、大それた悪事などできるはずがない。

心当たりがあるとすれば、今こうして自らの命を終えようとしている親不孝な行動くらいのものだが、その両親がこの世にいないのだから、許してほしい。

現に、こうして天国に行けるというのだから。

「そうですか。でしたら、いよいよ心残りはありません」

突然の来訪者によってかき乱された気持ちは収まり、再び死と向かい合う。

天国に行けると確約された今、何をためらうことがあるのだろう。

僕のように、安らかな気持ちのままこの世を去れる人間がどのくらいいるのだろうか。

真面目に、いや、何かに怯えるように日々を過ごしていた僕にはもったいのない最後だが、もう一つ贅沢を言えるのなら、苦しまずに逝ければ大満足だ。

信仰する神などいなかったし、信じてもいなかったけれど、こうして目の前に天使が現れたのだ。

天国とやらには神様がきっといるのだろう。

その神様を漠然と想像し、簡単に祈りを捧げ、再度意を決し、息を深く吐いた。

「ちょっと待ったぁ!!!」

そんな僕の、今度は耳に、異変が飛び込んできた。

荒々しい気性を思わせるような声に、ふさわしい登場シーンであった。

窓ガラスを突き破り、大きな何かが狭い僕の部屋に飛び込んできた。

僕と天使の間を勢いよく通り過ぎ、壁に叩きつけられ、止まった。

足をのせていた不安定な台座の上で、バランスを崩しかけたが何とか持ち直した。

縄の輪は僕の首にかかったまま、危うくわけも分からぬまま死んでしまうところだったじゃないか。

落ち着きを取り戻しかけていた僕はまたもや、新たな来訪者に待ったをかけられた。

「痛ってぇ~...…」

壁に打ち付けたおでこをさすりながら、それはゆらりと立ち上がり、天使の前に立ちはだかった。

黒いズボンに、裸の上半身。

そして何より目を引くのは、真っ黒な翼に頭上に生えた二本の角。

そう、こちらもこちらで、創作の世界では見慣れたといってもいい、悪魔の翼と角をこしらえていた。

「おいおいおいおい。天使さんともあろうものが、嘘はよくないんじゃないか?」

「わ、私...嘘なんて...…」

「じゃあ言い換えてやろう。人間を騙すような発言は天使的にまずいんじゃないの」

「うぅ...…」

嘘?騙す?

「一体どういうことですか?」

ここにいる二人が天使と悪魔だということよりも、僕に待ち受ける未来の方が今は何倍も大事だった。

「聞いての通りだ。あんたは確かにこの天使に、あの世へ連れていってもらえるかもしれねえが、待遇はそんなにいいもんじゃないぜ。向こうにもカーストってもんがあるからな」

バツの悪そうな顔をしている天使をよそ目に、悪魔と思われる青年は言った。

「あんた、自殺しようとしてたんだろ?って、見りゃ分かるか。そんな奴がぬくぬくあの世で暮らせると思ったのかい?」

「......」

何も答えられなかった。

ズバリ僕の甘さを指摘された気がしたから。

「じゃあ、どうなるって言うんですか」

「下層の身分で天界はこっちより辛いぜ。あいつら、自分たちを大層なものだと思ってるから、それ以外の奴らのことなんてゴミ同然さ。」

「そ、そんなこと...…」

「ないって言えるのか?傍から見てても、そういう奴らを見下してるのがぷんぷん伝わってくるぜ。言葉遣いこそ、お奇麗だけどな」

鼻で笑いながら言う悪魔に、僕たちは二人して俯くことしかできなかった。

「だ、だったら!そんな扱いの僕をどうしてわざわざ迎えに来るような真似……」

「労働力の確保さ」

「労働力?」

「だってそうだろ?考えてみろよ。天界が素晴らしい奴らだけで形成されてるなら、雑用なんかは誰がやると思ってるんだ?人間界だってそうだろ?お偉いさんの召使いであくせく働いてる奴らがほとんどのはずさ」

生前善い行いをすれば天国に、悪い行いをすれば地獄に。

いや、こいつが言うには天国ではなく、天界。

しかしこの場合、呼び名などはどうでもよかった。

とにかく、僕はそんなふわっとしたニュアンスでしか、死後の世界について考えたことなどなかった。

「下手に天界なんかに行っちまうとキツイぜ〜。頑張っても地位が上がらない環境で、理想的な生活を間近に見せられながら、それが絶対に手に入らない状況で暮らすのはよ」

「じゃあ、僕はそういう形で天界とやらに召されるのか…...」

「いーや、本来はちゃんとした段階を踏まないといけないんだ。」

「っていうと?」

「俺たち天使と悪魔は、死んだ魂のパイの取り合いをしてるんだよ。然るべき場所でしっかり裁いてもらって、どちらに送られるか決まるんだが、最近労働者として天界に送られる奴が減っちまってよ。なぁ?天使さん」

「そ、そういうわけでは…...」

口では否定しながらも、やはり後ろめたいように、モジモジとしながら声を振り絞っていた様子が、何より答えのような気がした。

「まぁ、早い話が、こいつは抜け駆けしようとしてたってわけだ。だから俺が止めに来たんだよ。だがまぁ、こうして現場を押さえちまった以上、こいつはこっち側に来ることになるだろうな」

「じゃあ僕は、地獄に落ちる...ってことですか......」

「地獄?あぁ、人間はそう呼んでるんだったな。天国と地獄だっけか...だが厳密には違うぜ」

「え?」

「お前が送られるのは【魔界】だ」


読んでいただきありがとうございます。


週二回(火・木 21時)更新を予定しております。

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