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1話「ご報告」

【ご報告 日頃応援してくださっている皆様へ。私事で恐縮ではございますが、私、高宮詩乃は、一般男性の方と入籍したこと、それに伴い、芸能活動に区切りを付ける運びとなったことをご報告します。】


ズシン、と大きな何かが胸の上にのしかかったようでもあったし、空白を埋めていた何かがフッと消えたようでもあった。

その先に綴られていた文章は、その空いた穴をスルりと通り抜け、僕の思考の外に落ちていった。

いつもと変わらない一日。

なんの気力もないまま、与えられたタスクを脳死でこなし、やり甲斐も何もなく、ただただ漫然とした日々を送る。

その中で、唯一の光が彼女だった。

そして、先程目にした文言は、僕の目を覆い隠すには十分すぎた。

(今日がその日なのか……)

元より、僕が今生きている理由は、今死んでいない理由は、声優として、アーティストとして活動している彼女を見届けるためでしかなかった。

どのような形であれ、彼女が活動を辞めれば、この手で全てを終わらせるつもりだった。

それが今日だったというだけの話。

前々から決めていたことで、むしろ、久々にやるべき事をやれそうだという気持ちに、安堵のような、晴れやかと言ってもいいような気持ちにすらなっていた。

悲劇のヒロインぶっているわけではない。

この境遇に浸っているわけではないのだ。

時刻は0時を少し回ったところ。

ぐるぐると思考を重ねていた自覚はあったが、随分長く放心していたようだった。

判断能力が鈍っていると言われるかもしれないが、その準備は正常な自分のうちに整えていた。

勢い任せなどではない───はずだ。

もっとも、正常な自分というのが、傍から見ればとっくに狂人のそれであることは、否定できないのだが。

心残りがあるとすれば、僕の死体を発見する人、処理する人に申し訳ないなぁということくらいで。

前もって用意してあった麻縄を眺めながら、ぼんやりと人生について考えてみたけれど、頭に浮かぶのは彼女のことだけで、やはり彼女無くしては生きていられないのだな、と再認識した。

頭が入るサイズの輪を作ったロープを、天井に取り付けた。

部屋の中の唯一の光源であるモニターに照らされたそれは、異物のような不快感を放っているようでもあったし、なんだか絶妙に部屋の景観に合っているようにも思えた。

そんなことを考えながら、これもまた前もって用意してあった簡素な台座に足をかけると、ちょうど眼前に縄の輪が現れた。

簡易的な絞首台ではあったが、計算されたようにベストな高さで、まるで世界がスムーズに僕を導いてくれているようだった。

(きっとこれが正解なんだ)

そう強く感じながら、そのまま輪を首にかける。

あんなに夢中になっていた彼女の結婚、そして引退。

いざその時が来てみると、思いのほか落ち着いている自分がいることに気が付いた。

大きな落胆や衝撃、もっと深い悲しみに襲われるとばかり想像していたが、心は驚くほどに軽かった。

彼女の存在を何かプレッシャーのようなものと捉え、その重荷を降ろしたとか、そういう事ではない。

重さに例えるならば、誰もがそれを頼りにしている重力のような。

それを失い、歩くことすら困難になった。

そう言った方がしっくりくる。

現在の心境の理由をなんとなく結論付け、いよいよ思い残すことは無くなった。

目を瞑り、深く息を吐き、意を決してその目を開く。

そんな僕の目に飛び込んできたのは、見慣れた部屋の景色と、そこには不釣り合いな美少女だった。

そしてその少女は、本や映画で見たまんまの、天使の輪っかを頭につけ、真っ白な翼を、狭い部屋の中で窮屈そうに広げていた。

「……お迎え早くない?」

パニックを二周ほどした僕は、妙に冷静にツッコんだ。

読んでいただきありがとうございます。

週二回(火・木 21時)更新を予定しております。

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