第1話 「ちゃーっと解決」はできません——七百人が消えた村へ——
「アキツキっ!!!!」
まただ。
脳天を貫く絶叫が、司令室の扉をぶち抜いてきた。僕はこめかみに指をあてた。条件反射だ。もう止められない。
「……なんですか、ブルナイ」
扉が勢いよく開いた。目をキラキラさせて全力疾走で突っ込んでくる中隊長の姿。帝国最高戦力にして、僕のこめかみ寿命を最速で削る元凶が、今日も来た。
「見て見て見て見て見て!! 超尊いんだから!!!」
「……はぁ」
嫌な予感しかない。それでも僕は立ち上がる。逃げるという選択肢が毎回よぎる。でも足が動く。
この人を見捨てられない。保護者兼軍師兼保護観察官、それが僕の実態だ。
中庭の石垣の上に、それはいた。
でっかい白黒猫——ヨシフ——の背中に、キジトラの小柄な猫——ペンちゃん——が完璧な猫団子を形成している。
……うわ。
尊い。
「尊い」という語彙がまだ自分の中に残っていたことに少し驚いた。毎日書類と魔学解析とブルナイの尻拭いで完全に摩耗したと思っていたが、どうやらまだ生きていたらしい。よかった。僕の情緒。
「ね!? ね!? 見てよアキツキ! ヨシフの背中にペンちゃんが乗っかってるの! 完全にマフィアの親分と舎弟みたいになってるの!!」
「……例えが物騒ですが、否定はしません」
「ほらほら! ペンちゃんの耳がぴくぴく動いてる! 寝てるのに警戒してるの! かわいすぎか!?」
「重度のツンデレ気質ですね。寝ながら警戒できるなら、起きているときは何から身を守っているんでしょう」
「たぶん自分の気持ちから」
……それは鋭い。ブルナイが時々こういうことを言うから油断できない。
その瞬間、ペンちゃんがはた、と目を開けた。僕たちの視線を捉えて、顔に「しまった」と浮かぶ。するりとヨシフの背中から降り、ぷいっと顔を背けて立ち去る。
「こんなところを見られた自分が許せない」型の完全撤退だ。
「……逃げられた」
「撤退です。ツンデレの矜持を守った戦略的撤退」
「戻ってきてくれないかな」
「戻りません。それがツンデレです。でも絶対またヨシフの隣で寝ます」
「……そうだよね」
ブルナイが少し笑った。僕も、口の端が少し上がった。
猫の行動心理学を語り合うのは、わりと嫌いじゃない。
が。
ブルナイの顔が唐突に切り替わった。
「……ねえアキツキ」
「はい」
「3日後に村の視察あるじゃん」
「……ありますね。例の『一夜にして全村民が消えた村』です」
「うん。だからさー、ちゃーっと行って、ちゃーっと調べて、ちゃーっと帰ってくればいいよね?」
僕の思考が、一拍止まった。
ちゃーっと。三回。
この言葉が三回出た案件で、良い結果が出たことが一度もない。完全に経験則だ。
「できません」
「えーなんで」
「第一に、あなたは方向音痴です。地図を渡しても『これどっちが上?』と聞いてきます」
「うっ……それは認める」
「第二に、あそこは魔学汚染疑い濃厚で軍の立入制限区域です。無断で踏み込めば全員軍法会議です」
「えーでもちゃーっと——」
「ちゃーっとを三回言った案件に良い結果が出た試しがないんですよ!!」
「うるさいうるさいうるさい! アキツキはいっつも細かいんだよ!」
「細かくて何が悪いんですか。それが仕事です」
「私は正しいと思うんだけど!?」
「正しくないです」
「なんで!? 調べに行くだけじゃん!」
「軍法会議になるからです」
「わー! わー! わー!」
耳を塞いで大声を出し始めた。僕の話をこれ以上聞きたくないときのやつだ。
僕は息を吐いた。怒鳴っても解決しない。わかってる。わかってるけど。
「……じゃあどうすればいいの」
ようやく止まった。
「斥候小隊を三隊に分けて扇形展開。魔力反応の濃度マップを先行作成。同時に僕が簡易結界を張りながら中央から魔学解析を進めます。ブルナイさんは——」
「私は?」
「後方待機です」
「は? なんで? 私が一番強いじゃん」
「強いのは認めます。ただあなたが前に出て集中モードに入ると、三日間行方不明になって帰還したら『あ、解決してた』と言い出します。過去三回、全部僕が後始末しました」
「それは私が正しい判断をした結果でしょ」
「違います」
「正しかったと思うけど?」
「違います」
「わたしの判断より結果的によかったじゃん」
「後始末した僕の立場はどこに行ったんですか」
「うるさい!」
話が通じない。毎回これだ。
僕は作戦図を広げ、ブルナイの目の前に叩きつけた。
「後方待機は命令です。従えないなら上に報告します」
「……チクるの?」
「します」
沈黙。
ブルナイが口をへの字に曲げて、腕を組んだ。不満が全身から滲み出ている。
「……わかった。今回は従う」
「毎回従ってください」
「うるさい」
「はい」
ブルナイが顔を上げた。不満げなまま、それでも真っ直ぐに。
「集中モード入ったら迎えに来なさいよね。それだけ」
僕はこめかみを押さえた。
「仕方ないでしょう。いつものことです」
見捨てるわけにいかない。
この、理不尽で、絶対に謝らなくて、自分が正しいと信じて疑わない——天才だけどポンコツな中隊長を。
翌朝、僕は制服を着た。襟を正して、ボタンを留める。鏡の中の自分を一秒だけ見る。
「私」は、出発の準備を始めた。




