第十四話:揺れる記憶
強烈な閃光と共に展開された結界の中で、セイとリィナは息を切らしながら身を寄せ合っていた。記憶の波動は止み、周囲の空気が静寂を取り戻していく。坑道の天井から落ちてくる水滴の音すら、まるで遠い世界の出来事のように聞こえた。
「……今のは、一体……」
セイが短く呟いた。冷たい汗が背中を伝い、心臓がまだ速く脈打っている。短剣の刃は、まるで自らの意思を持っているかのように震えていた。
「あの人……影の男。記憶そのものを、ぶつけてきた。まるで……呪いみたいだった」
リィナの声は震えていた。彼女は両手で腕を抱き、まるで体温が抜けていくのを防ぐかのように身を丸めた。目を閉じたまま、彼女は続ける。
「少しだけ……見えたの。あの人の過去。瓦礫に埋もれた街。泣いていた誰か。目の前で消えていった光……そして、何もできなかった彼自身」
セイは顔を上げ、刃を見つめた。
「記憶を見るだけなら、俺も経験してきた。でも……あれは違った。“記憶が襲ってくる”なんて、初めてだった」
「きっとあの人、自分の過去に囚われてる。だけど、その痛みを“力”に変えてる。歪んでいても、芯は強い……そんな気がした」
リィナの言葉にセイは静かに頷いた。確かに、影の男が放った力はただの攻撃ではなかった。過去の情景、想い、痛み、そして後悔――それらが混ざり合い、一つの記憶の塊として押し寄せてきたのだ。
「“封守”って知ってるか?」
セイは少し間を置いて口にした。「記憶の改ざんや干渉を監視・抑制する組織。あの男……ひょっとすると、その一員かもしれない」
「封守……聞いたことある。でも、あの人はそれとも違う気がする。“守る”というより“断つ”って感じ。記憶を封じるんじゃなくて、壊す。切り離して、自分もろとも捨てる……」
そのとき、短剣がピクリと動いた。
「……見える」
セイが小さく呟いた瞬間、彼の視界に映像が流れ込んできた。燃える書類。倒れた人影。黒衣の男。その背には、見覚えのある印章が刻まれていた。
「リオ=ファング……父さんの仲間……」
セイの心がざわつく。以前、管理棟で見つけた手帳に記されていたその名前。その背中と、今の記憶の中の人物が、一瞬重なった気がした。
「でも……違う。印は同じだけど、気配が……別物だ」
セイは額に手を当てて呼吸を整えた。見えた映像は断片的だったが、そこには“影の男”とは異なるもう一人の存在が確かにあった。
「ねえ、セイ」
リィナが小さく声をかけた。
「……もしかして、あの人たち、父さんの記憶を封じようとしてる?」
セイは少しだけ考えてから答えた。
「……たぶん。いや、記憶だけじゃない。“記憶の刃”そのものを、この世から消そうとしてるんだと思う」
「じゃあ、ここで私たちが止まったら、全部が失われちゃう」
セイは立ち上がり、坑道の奥へと視線を向けた。先ほどの衝突で崩れた壁の向こうに、さらに深く続く通路がある。暗闇の中で微かに揺れる光が、彼らを導くように灯っていた。
「行こう。この先に、父さんの記憶の断片がある。きっと、真実も――」
リィナも立ち上がり、力強く頷いた。
ふたりは結界の光が収まった坑道を抜け、さらに奥へと足を踏み出した。
その先には、まだ誰の手も届いていない“記録の間”が眠っている。




