第十五話:記録の間
坑道の奥、崩れた石壁の隙間を抜けた先にあったのは――奇妙な静けさが支配する、円形の広間だった。
天井の高いその空間は、かつて何か重要な目的で使われていたのだろう。四方の壁にはびっしりと書棚が並び、棚には今もぎっしりと記録らしき冊子や巻物が収められていた。数百年は経っているはずなのに、湿気や虫喰いの跡はほとんど見られない。むしろ、つい昨日まで誰かが出入りしていたような、妙な“生気”が残っていた。
「……ここ、保管庫だ。きっと、“記憶”を記録していた場所なんだ」
セイは短剣を手に、一歩踏み出した。足元にはきれいに掃き清められた石畳。その中央に据えられた、黒曜石の台座が目を引く。台座の上には、まるで儀式用の祭具のような彫刻が施された金属製の器が置かれていた。
「記憶の……記録?」
リィナが眉を寄せる。
「ここまでしっかり保存されてるって、ただの鉱山施設じゃない。明らかに誰かが“守ってる”」
セイは頷いた。
「刃が反応してる。この部屋そのものに、強い記憶が染みついてる。……試してみる」
彼は黒曜石の台座に短剣を突き立てた。刃が床をかすめた瞬間、光の波紋が部屋全体に広がり、書棚の一部が淡く浮かび上がった。空気が震え、遠い誰かの声が響く。
『――この記録は、“鍵”を託された者のみが見ることを許される』
『ここに保管される全記憶は、干渉を禁ず。ただし、継承の時が来たならば、選びし者に道を開け』
その声は老いた男性のものだった。低く、よく通る声だが、どこか冷たい響きを帯びていた。
「……この声、どこかで……」
セイが呟いたとき、リィナが棚の隅から一冊の書物を取り出した。
それは革張りの重厚な装丁で、“鍵記録群・第三期”と記されていた。ページをめくると、そこには数多くの“記憶断片”が文字として記録されていた。
――『記憶の刃、第三試用者 セレン=ファング 廃止認定』
――『事故死処理完了。詳細報告、封守本部へ提出済』
――『第四候補としてリオ=ファングを再認定』
「ファング……」
セイの喉が鳴った。
「リオ=ファング……やっぱり、父さんと同じ“任務”を背負ってたんだ」
さらにページを繰ると、書かれていた名前の中に、セイの父親の名があった――カイ=アルバ。
『カイ=アルバ、記憶伝達者・最終試験通過。第五世代刃適合者として“記憶の回廊”管理任命』
『記憶の刃における干渉制御を一時委託。短剣の基礎記憶設定を本人の意思により変更』
「これ……」
セイは震える手で書を閉じた。
「父さんが、“記憶の刃”に手を加えた……? 自分の意思で……」
リィナが静かに尋ねる。
「じゃあ、あの短剣に宿ってる“記憶”は、あなたのお父さんが残したもの?」
「……たぶん、そうだ。でも、全部じゃない。“刃そのもの”にも何か別の意志がある。これは、ただの道具じゃない……生きてる。父さんがそうなるように、設計したんだ」
空気が再び震えた。黒曜石の台座が淡く光り、音もなく書棚の一部が動き始めた。隠されていた扉が現れる。
奥へ続く細い通路。
その先に、さらなる記憶が待ち受けている。




