表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《記憶の鍵と風の旅人》  作者: 夢乃
第一章:風の鍵
PR
11/18

第十話:寄り道の約束

 赤砂の谷を後にして三日、ふたりは南へと足を向けていた。目指すのは、リィナの母が眠る小さな村だという。険しい岩肌に囲まれていた谷とは異なり、この道中は草木が多く、道端には小さな花々が咲いていた。


 「……この辺りの風景、懐かしいな。昔よく、母と一緒に摘んだ花があるんだ。白い小さな花でさ」


 リィナが足元の草をかき分けながら、やわらかく笑った。その横顔に、どこか安心したような気配が漂っている。


 「お母さんって、どんな人だったの?」


 セイの問いに、彼女は少しだけ歩みを緩めた。


 「強くて、静かで、優しかった。村で一番と言っていいくらいの美人で、でも飾らなくてね。父さんが怪盗だったってことも全部知ってたよ。……それでも、恥じてなかった」


 「君に似てる」


 「え?」


 「強くて、正直で、誇り高いところ」


 リィナの顔が少し赤くなったように見えた。


 「……ありがとう。でも、まだまだだよ。私は、ただ強がってただけだったから」


 沈黙が流れ、やがて小川のせせらぎが聞こえてきた。ふたりは水辺に座り、冷たい水で手と顔を洗った。


 「母さんの墓、村の外れにあるんだ。小さな丘の上で、風通しのいい場所」


 リィナは立ち上がり、草原を見渡した。その表情は、どこか決意を含んでいるように見えた。


 その日の夕刻、ふたりは目的の村にたどり着いた。村人たちはよそ者に驚く様子もなく、穏やかな空気が漂っている。


 リィナは道沿いの家の前で足を止めた。


 「ここ……母が最期まで暮らしていた家」


 彼女は扉の前で深く一礼すると、丘へと向かった。セイも黙って後を追う。


 丘の上には、石でできた質素な墓標があった。草は刈られ、墓の周囲はきちんと整えられていた。


 「誰かが手入れしてくれてるんだね」


 リィナは微笑み、膝をついて墓前に花を供えた。小さな白い花、かつて母と摘んだというその花を。


 「母さん、来たよ。ちゃんと伝えたくて……父さんの記憶に触れたこと。今、私が旅をしてること。そして……守りたいものができたこと」


 セイは少し離れた場所で、そっとその背中を見守った。ふたりの距離は近くて、どこか遠い。けれど、今はただ見守ることが正しいと思えた。


 「……ありがとう、セイ。付き合ってくれて」


 「こっちこそ。大切な時間に立ち会わせてくれて、ありがとう」


 風が吹いた。丘の上で揺れる草花が、ふたりの姿を静かに見送っている。


 その夜、村に一泊したふたりは、焚き火を囲んで話をした。


 「この旅が終わったら、またここに戻ってきたい。今度は、自分の意志で」


 「そのときは、俺も一緒に来ていい?」


 「うん。もちろん」


 火がぱちりと音を立てた。


 ふたりの旅路はまだ続く。その道の先に、いくつの記憶が待っているのかは分からない。


 けれど今、ふたりは確かに“寄り道”という名の、大切な一歩を踏み出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ