第九話:風の残響
祠を離れたあと、セイとリィナは谷の陰にある岩壁の下で休んでいた。夕陽が谷を赤く染め、空には細くたなびく雲が浮かんでいる。風が止まり、静寂がふたりを包み込む。
「……あんな形で真実を知ることになるなんて、思ってなかった」
リィナの声は、心の底に沈む水面のように、静かだった。
セイは何も言わず、彼女の隣に座った。赤砂の粒が靴にまとわりつき、身体の疲れをいっそう重たく感じさせる。
「戦ってたね、ふたりとも」
「うん。でも、背中合わせだった。あの瞬間だけは、信じ合ってた気がする」
リィナは膝を抱え、空を見上げた。
「でも、裏切り者がいたんだよね。あの場に。父さんを殺したのは、外の誰かじゃない。仲間の中にいた」
その言葉に、セイの胸も痛んだ。誰かを信じること、そして裏切られること。そのすれ違いが、命を奪うほどに深い傷を残す。
「……次、どうする?」
「赤砂の谷で得られる記憶は、これで終わり。でも、まだ刃は反応してる。もっと遠くに、まだ記憶が残ってる」
セイは短剣を手に取り、軽く撫でた。たしかに、微かに熱を帯びた鼓動がそこにある。
「まだ旅は終わらないんだね」
「うん。だけど、もう“父の死の真相”を探すだけの旅じゃない。誰が裏切ったのか、それを暴くことも大切だけど……」
「それ以上に、“守ろうとしたもの”が何だったのかを知りたい」
リィナは静かに頷いた。風に吹かれて赤い髪が揺れる。
「ねぇセイ。次の場所、行く前に……少し寄り道しない?」
「どこに?」
「母の墓。私、あんたと出会ってから、ずっとそこに行けてなかった。報告しなきゃいけないんだ。私が、父さんの記憶に触れたこと。そして、自分の旅を始めたことを」
セイはしばらく黙ったあと、穏やかな声で言った。
「行こう。俺も……ちゃんと別れを言いたい人がいる」
リィナはちらりと彼を見た。
「……誰?」
「幼なじみ。名前はメルって言って……俺が旅立つ前、最後に話をした子なんだ。約束してたのに、それっきり会えてなくて」
「そうなんだ……」
リィナは言葉を切り、ふと空を見上げた。
「私たち、ずっと追ってばかりだったよね。記憶を、過去を。でも、こうやって立ち止まって想うのも、大事なことかも」
「うん。記憶の中にあるのは、戦いや真実だけじゃない。大切な人たちの“願い”がある」
「そうだね。誰かの生きた証や、忘れたくない想い……その全部が、記憶として残ってるんだよね」
セイはゆっくり立ち上がった。
「だからこそ、この旅は終わらせちゃいけない。まだ、ちゃんと伝えなきゃいけないことがたくさんある」
リィナも立ち上がり、肩を払った。
「……行こうか」
「うん」
夕日がふたりの背中を照らす。長く伸びた影が、赤い岩肌に揺れていた。
祠で見た記憶の残響が、まだ耳の奥に残っていた。誰かの叫び、誰かの祈り、そして最後の約束――そのすべてが、今もセイたちの背を押していた。
それは、第二の章の始まりを告げる、静かな幕引きでもあった。だが心には確かに、“進む理由”が根を張りはじめていた。




