97 家族会議
自力じゃ追いつくのは無理だと思った私は、馬車を見送った後すぐにお兄ちゃんのところに向かった。
ちょうど私を追いかけてきてくれてたみたいで、階段を上る直前のところでばったりと会うことができた。
お兄ちゃんに掴みかかって、その勢いのままイーニスの空間を渡る能力でルミナたちの乗る馬車に飛ばしてほしいってお願いしたら、とりあえず落ち着けと事情を説明させられることになった。
家族と向かい合って、ルミナを追いかけて彼の力になりたいことを伝えると、最初はみんないい顔をしなかった。
危ないとわかっていて置いてかれたのに、わざわざ自分から危険な場所にいくなんてと言われた。
みんなの言うことはもっともだと思う。
私だって、きっとルミナじゃなかったら追いかけようとは思わなかったかもしれない。
とはいえ、反対されたからって「はいそうですか」って諦められるはずもなく、話は「行かせて」「行かせられない」の平行線をたどった。
三対一っていう絶対的に不利な状況で私の味方になってくれたのはラティスだった。
本来なら人の前に姿を現すのを嫌う風の精霊だけど、相手が私の家族――異世界人だとわかっていたせいか、喜々として話の場に同席してくれたのだ。
ラティスは自分が加護を授けているからリンを危険にさらすようなことはないと断言してくれた。
何気に話し上手なラティスの説得もあって、お父さんとお母さんは折れかけてくれたんだけど、過保護なお兄ちゃんだけは最後まで首を縦に振ってくれなかった。
イーニスの力を借りるにはお兄ちゃんの協力が必要だっていうのに……。
向こうにいた頃なら二つ返事で割となんでも言うことを聞いてくれたのに、お兄ちゃんは人が変わったみたいに慎重な姿勢を貫いた。
結局その日のうちに話の決着はつかなくて、私は意地になっていたこともあって、北の大陸に戻る予定をつっぱねてスーリアの宿屋に泊ると駄々をこねた。
みんなは私一人だけ置いていくことはできないと、帰るのをやめてスーリアにとどまってくれた。
で、教会側は神子さまをその辺の宿屋に泊めることはできないと部屋を準備してくれて、家族そろって教会本部に泊まらせてもらうことになったのだ。
私、何してるんだろう。
三年ぶりの再会だっていうのに、すごく子供っぽく駄々をこねてしまった。
こんなことしたいわけじゃないのに、ルミナに置いてかれたことや頑ななお兄ちゃんの態度に心がささくれ立って、つい反抗的な態度を取ってしまった。
やってしまったと後になって自己嫌悪に陥ってももう遅い。
出てしまった言葉はひっこめることもできず、気まずさから窓の外を眺めていると、お母さんからちょっと話さないかと声をかけられた。
***
お母さんの後についていくと、たどり着いたのは礼拝堂だった。
夜、参拝する人のいなくなった礼拝堂はひっそりとしていて、昼間とは違った厳かさがあった。
お母さんは一番前の席まで歩いていくと、ちょいちょいと手招きして腰を下ろした。
招かれるままにお母さんの隣に座ると、お母さんは高い天井を仰いで感嘆のため息を漏らした。
「ここの礼拝堂はすごいわね……」
「そうだね」
「お母さんね、この星みたいな模様好きなの」
「そうなんだ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんとなく会話が続かない。
たぶん、話したいって気分じゃないのも原因だと思う。
お母さんもそれっきり無理に話そうとはしなかった。
どれくらい経っただろうか、長い沈黙の後お母さんがぽつりと言った。
「凛は……お兄ちゃんのこと、怒ってる?」
広い礼拝堂の中にお母さんの声が静かに響いた。
怒ってるかと聞かれて、抑えていたモヤモヤした気持ちが膨れ上がる。
私はむっとしたまま思っていたことをぶちまけた。
「お兄ちゃん、過保護すぎじゃない? 昔はあんなじゃなかったよね?」
「そうねぇ……いつもこっちが心配になるくらいだらしなくて、考えるより先に体が動くタイプだったわね」
お母さんは苦笑して、それから少し悲しそうに眉尻を下げた。
「きっとお兄ちゃんもあんなことがなければ、こんなに反対はしなかったと思うの」
「あんなこと?」
含みのある言い方に聞き返せば、お母さんは俯きながらお兄ちゃんの身にあったことを話し始めた。
「お兄ちゃんね、前に死にかけたことがあって――だから、危ないことに首を突っ込もうとしてる凛が昔の自分に重なって見えちゃったんじゃないかしら」
「え……?」
死にかけた? お兄ちゃんが?
初めて聞く話に耳を疑ってお母さんを見ると、多分お兄ちゃんは話したがらないだろうけど、と前置きをして話を続けた。
「この世界に来たばかりの頃は、慣れない世界でやっていくためにお母さんもお父さんも精いっぱいでね、律には不憫な思いをさせたくなくていろいろ模索しながら頑張っていたの。だけど、逆にそれがあの子を焦らせてしまったのね。こっちの世界に来て一年くらいが経ったくらいかしら、お兄ちゃんが自分探しの旅をしたいって言い出したのよ……もちろんお母さんもお父さんも危ないからだめだって反対したわ。だけど、お兄ちゃんの意思は固くてね、危ないことは絶対にしないって条件で送り出したの」
お母さんは一呼吸おいてから当時を思い返すように目を閉じた。
「それからしばらくして、お兄ちゃんがイーニスちゃんと一緒に帰ってきたの」
「イーニスとはずっと一緒だったわけじゃないの?」
「ええ。あの子は世界の概念のような存在だから、私たちをこの世界に送り届けた後はすぐにどこかへ消えてしまったの――ただ、きっとどこかで見ていてくれたのね。無茶をして死にかけていたお兄ちゃんは、イーニスちゃんの意志をこの世界に伝える媒介になることで命を助けられたの」
「そんなことが……」
「お兄ちゃんが変わったのはそれからよ。何があったかは今でも教えてくれないけど、きっと辛いことがあったのね。だから、お兄ちゃんは必死で貴女のことを向こうに帰そうとしていたし、危険なところにも行かせたくないって反対したんだと思う」
「そう……だったんだ――――でも、私はお兄ちゃんとは違うよ?」
「そうね。凛にはラティスちゃんがついてる。あの時の律とは違うわ。でもね、『絶対』なんてない。だからいくら大丈夫だって言われても心配になるの」
「…………お母さんはさ、お兄ちゃんの味方なの?」
お母さんの言ってることはよくわかった。わかったからこそ言い返す言葉が見つからなくて、つい子供っぽい返し方をしてしまった。
お母さんは笑って首を横に振った。
「お母さんはどっちの味方でもないわよ」
「そうなの?」
「お母さんはただどうしたら丸く収まるかなって考えてるだけ。せっかく家族みんなでいられるようになったのに、ギスギスしたままとか嫌じゃない――――凛はどうしてもルミナリスさんを追いかけたいのよね?」
「うん」
お母さんの問いかけに迷いなく頷くと、お母さんは優しく微笑んで頭をなでてくれた。
「なら、みんなが納得できる方法を探さないと――――さ、二人ともそこにいるんでしょう?」
お母さんが声をかけると、近くのドアからお父さんと気まずそうな顔をしたお兄ちゃんが入ってきた。
どうやらお兄ちゃんも何かお父さんと話をしてきたみたいだ。
「さぁ、じゃあどうしたらみんな納得できるか話し合いましょう」
お母さんはパンと手を叩いてにっこりと笑みを浮かべた。
それだけで場の空気が変わった気がした。
お母さんってやっぱりすごい。
そうして私たち家族は妥協点を話し合って、みんなでオルト村に行くという方向で話がまとまった。




