93 転移の真相
死んでないから、元の世界に戻れ?
「…………どういうこと?」
掠れた声で聞き返すと、お兄ちゃんはパンッと勢いよく手を叩いてシーツに額が擦れるくらい深く頭を下げた。
「ごめん、凛! お前がこっちの世界に連れてこられたのは俺のせいなんだ!」
「……………………は?」
今、なんて言った? お兄ちゃんのせい?
呆気に取られている私の前で、お兄ちゃんが事の次第を話し始めた。
始まりは家が火事になったあの日。
お兄ちゃんたちは逃げ遅れたところを、たまたま私たちの世界に来ていたという異世界の神イーニスに助けてもらったらしい。助けられたのはそれこそ神のきまぐれというやつだったそうだ。
そうして死ぬはずだったお兄ちゃんとその場に居合わせたお父さんとお母さんの魂は、イーニスに連れられてこちらの世界に渡ってきたのだという。
その後、お兄ちゃんはイーニスの意思をこの世界に伝える神の代行業をするようになったんだって。それで気がつけば教会で神子と呼ばれるようになってたっていうのが『神子様』になった経緯らしい。
ちなみにもともと幽霊を見ることができたお父さんは退魔師として、料理上手だったお母さんは定食屋を営んで生計を立てているそうだ。うちの家族、逞しすぎやしないだろうか。
ありえない話に頭がくらくらする。
そんなラノベみたいな展開、普通ならおいそれと信じられるわけがない。
けれどここは確かに異世界で、目の前には死んだはずの三人がいる。
まるで夢みたいな話だけど、夢じゃないと思えるくらいには私だってこの世界を旅してきたのだ。
これ、現実なんだ。
無意識に首から下げたネックレスに手を伸ばして服の上から握りこむと、硬い金属の感触に少しだけ気持ちが落ち着いた。
大丈夫。ちゃんと聞かなきゃ。
深呼吸を一つしてお兄ちゃんに話の続きを促してみる。
「それで、お兄ちゃんのせいっていうのは……?」
「それは……だな」
お兄ちゃんはガシガシと後頭部を掻いて大きなため息をついた。
何があったんだろうと見つめる先で、お兄ちゃんはなんだかとってもばつの悪い顔をしたまま、つい最近あったという邪竜封印のことを話しだした。
「東の大陸で竜と人間の諍いを何とかしてほしいって言われた時にな、妹を竜の生贄にされたってやつと一緒に旅をしたんだよ――いざこざは解決して奇跡的にそいつの妹は生きて戻ってきたんだけど、その妹っていうのが……その、お前に似ててさ」
「わたし……?」
「ああ。で、ふと言っちまったんだよ――――凛に会いたいなって。それをイーニスのバカが本気にして、あっちから呼び寄せちまったってわけだ」
『誰がバカじゃと!?』
甲高い女の子の声がすかさず割り込んでくる。
今までどこにいたのか、お兄ちゃんの後ろからひょいっと姿を現した幼い女の子がお兄ちゃんのわき腹を小突いた。
歳は七、八歳くらいだろうか、まっすぐにひざ裏のあたりまで伸ばされた白い髪と金色の瞳が神秘的な幼女は、身に纏っているのが飾りっ気のない白のワンピースだというのに、それすらも神々しさに拍車をかけていた。
あれだ。子供の姿をしてるけど、昔読んだギリシア神話の神様みたいだと思った。
呆気にとられる私の前で、お兄ちゃんは臆することなく幼女の額を指でつついた。
「お前だ、お前!」
『むぅ……いつもこちらの話ばかり聞いてもらってるから、たまには神らしくおぬしの願いも聞いてやろうと思ったのではないか』
「確かに会いたいとは言ったけど、本当に連れてくるやつがあるか! しかも途中で落っことしてはぐれるとか、ありえないだろ!?」
『そ、それに関しては謝ったではないか!』
なんだか痴話げんかみたいなやりとりが始まったけど、話の流れからしてこの女の子がイーニス……なのかな?
「お、おにいちゃん……?」
控えめに呼びかけると、お兄ちゃんとイーニスと思われる幼女はぴたりと言い合いをやめて私に向き直った。
金色の瞳と目が合う。
その瞬間、体にぞくりとしたものが走った。
身の毛もよだつような感覚と威圧感には覚えがあった。
そうだ、この感覚――――この世界に来る直前に見た白い人影。
あの時出くわした白い陽炎のような人影に顔らしきものは見当たらなかったけど、あの白い人影と同じ気配だ。間違いない。
「あなた……あの、とき、の……? あなた、が、イーニス……?」
金色の目から視線を反らせずに呆然と聞き返すと、少女はにっと口の端を上げて肯定した。
『そうじゃ。あの時は探すのに苦労したぞ、妹御よ』
――――ミ・ィ・ツ・ケ・タ――――
あの時はっきりと聞こえた声を思い出す。
あれは……あの言葉はお兄ちゃんの妹である私を見つけたという意味だったのか。
身の毛もよだつような感覚だったからてっきり悪いものだと思っていたけど、まさか異世界の神様だとは思いもしなかった。
「で……でも、どうして……あの時は顔とかなかったのに……」
『異界でこの姿を保つのは難しいのじゃ。私の力の及ばぬ場所で探しだすのは骨が折れたぞ、妹御よ。おぬしがリツのものを身につけてくれていて助かった』
「お兄ちゃんのもの?」
「お前そんなもの持ってたのか?」
聞かれて思い当たるものなんか一つしかない。
「――――――もしかして、これのこと?」
服の中に隠していたネックレスを引っぱり出して見せる。
お兄ちゃんからもらった誕生日プレゼント。
指輪とぶつかってチャリっと音を立てたそれを見て、お兄ちゃんが息をのむのがわかった。
「それ、燃えてなかったのか……」
「あ……うん……」
あの日の夜、もらったのが嬉しくて身に着けたまま寝たんだよね。
だから燃えずに残ったとは言い出しにくくて、私は言葉を濁して頷くだけにとどめた。
お父さんお母さんとお兄ちゃんがいなくなって、思い出に縋るようにずっと肌身離さず身に着けるようになったペンダント。
私はそれを握りしめて、浮かんだ疑問をまっすぐにぶつけた。
「ねぇ、なんで助かったのに戻ってきてくれなかったの……?」
「…………」
「帰れってことは帰る方法はあるんでしょう!?」
「………それは」
「それなのに、どうして!? ねぇ、どうして帰ってきてくれなかったの!?」
耐えきれなくなった涙がぼろっと零れた。
勢いのままにお兄ちゃんの肩を掴んでがたがた揺らすと、お兄ちゃんも泣きそうに顔を歪ませてがばっと私を抱きしめた。
「俺だって……俺たちだって帰りたかったさ! でも、無理だったんだ……」
「どう、して……」
「…………」
答えられないお兄ちゃんに代わって、お父さんがお兄ちゃんの肩に手をついて答えた。
「…………父さんたちの体はもう向こうには残ってないから――焼けて、しまっただろう?」
そう言ったお父さんの顔は苦しげに歪んでいて、私を抱きしめるお兄ちゃんの体は小さく震えていた。お母さんは顔を反らして目元を拭っているのが見えた。
「そんな……」
愕然としていると、ふっと力が緩んでお兄ちゃんの腕の中から解放される。
ゆるゆると顔を上げるとお兄ちゃんと目が合った。
まっすぐに真剣な表情のお兄ちゃんは、しっかりした口調で言った。
「でも、お前は違う」
「え……?」
「お前にはまだ向こうに戻れる体がある。凛、お前だけは向こうに帰れるんだ」
「わたし、だけ……?」
「そうだ、お前はまだ間に合うんだ!」
なに、それ。
なによ、それ。
私だけ帰れって言うの?
やっと会えたのに?
あの一人で寂しい生活に戻れって言うの?
「イヤッ!!」
気づけば私はお兄ちゃんを突き飛ばしていた。
ここにいたらきっと有無を言わさずあちらに戻されてしまう。
確信めいた思いが私の足を突き動かしてた。
「やだ……わたし、帰らない……帰りたくない! ずっとこっちの世界にいる!」
それだけ言い放つと、尻もちをついたまま呆然とするお兄ちゃんの横をすり抜けて部屋を飛び出した。
ドアを開けてすぐ、廊下の壁に寄りかかっていたルミナと目が合った。
『リン!?』
驚いた顔をしたルミナに呼びかけられたけど、私はそれに答えてる余裕なんてなかった。
ルミナの横もすり抜けて広い廊下を駆けだす。
背後から呼び止める家族の声にもルミナの呼びかけにも応じず、私はどこに続くともしれない廊下の角を曲がった。
更新遅くなってすみません。
凛の転送の原因:まさかのお兄ちゃん という話でした。




