89 懐かしい光景
ローブの注文を終えた私は、大人の姿に戻ったルミナと並んで商店街をぶらぶらと歩いていた。
目的を達成してしまったのでやることがない。
「これからどうしよっか」
『…………そうだな』
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』
こういう時、ルミナは全然自分の意見を言ってくれない。
私も自分から提案することが苦手だから自然と無言になってしまう。
んー……やりたいこと……なんかあったかなぁ。
できたらルミナも一緒に楽しめることがいいんだけど。
商店街をぶらぶらするのはともかく、グルメ開拓はルミナが食べられないし。
何かないかなぁ……。ルミナが幽霊のままでも楽しめること。
うろうろと視線を彷徨わせると、道端にタンポポによく似た花が咲いているのを見つけた。
一輪摘んでしげしげと観察してみる。
小さな黄色の花びらが集まって一つの花になっているところや茎が空洞になってるところまで、あちらの世界のタンポポとそっくりだった。
『ママルンがどうかしたのか?』
「ママルン? この花、ママルンっていうの?」
『そうだな』
こちらの世界のタンポポはママルンという名前らしい。
そういえば、昔よくお兄ちゃんとタンポポの茎を裂いて水につけてクルクルさせて遊んだっけ。
こっちの世界のタンポポも同じようになるのかはわからなかったけど、思い出したらやりたくなってしまって水を探した。
幸い近くを水路が流れていた。
水路の際にしゃがみこむと、ルミナが何をする気だと言わんばかりの表情でこちらを見てきた。
こういうのは説明するより見てもらった方が早い。
私は先端を裂いたママルンの茎を水路の水につけてみた。
クルン。
思った通り、こちらの世界のタンポポも同じように反り返るらしい。
クルンと反り返った茎を水から上げてみると、見ていたルミナから驚きの声が上がった。
『なんだ、それは』
「え?」
『なぜ、水につけただけで茎が反るんだ?』
「なんでって言われても……」
反るのが当たり前だったから疑問に思ったことすらなかった。何でって聞かれても困る。
正直にそう答えると、ルミナはどこか残念そうに私の手の中の茎に視線を落とした。
ひょいっと摘み上げて色んな角度から茎を観察する姿がちょっと可愛らしい。
聞けば、こちらの子供たちは草花で遊ぶようなことはあまりしないそうだ。
じゃあ何して遊ぶの? と聞いてみれば、森で動物を追いかけて遊びながら狩りの練習をするのだと教えてくれた。
世界も違えば遊び方も違ってきて当たり前だけど、なかなかに興味深い。
お互いに子供の頃の遊びを挙げてみると、意外にも共通点があることがわかった。
まず、鬼ごっこに似た遊びはあるらしい。かくれんぼはエオ君とやったし、グー・チョキ・パーの形じゃないけど、じゃんけんと同じようなものもあった。
あと他に何があったかなと子供の頃の記憶を引っぱり出してきた私は、ふと『シャボン玉』の存在を思い出した。
「ルミナ、シャボン玉って知ってる?」
『しゃぼんだま?』
「ええと……石鹸の泡を飛ばす遊び、かな?」
『ほぅ……リンの世界にはそんな遊びがあるのか』
「うん。こっちにはない?」
『聞いたこともないな』
どうやらこちらの世界にはシャボン玉はないらしい。残念、綺麗なのに。
そうだ、シャボン玉ならルミナも一緒に楽しめるかも!
こちらの世界でストローのようなものは見かけたことなかったけど、ママルンの茎ならストローの代わりになりそうだ。
あとは石鹸があればと思ってはたっと気づいた。
この世界じゃ食器を洗うのも洗濯をするのも清めの加護で済んでしまう。
石鹸なんて使う必要ないのに売ってるんだろうか。
――――あれ? いや、でも待って。
今一瞬、何かが頭をかすめた。
何だろうと思ってこめかみを押さえて必死に思い出す。
昨日ルミナと一緒に回った市場で石鹸っぽいものが売られていたような気がする。
そういえば、今シャボン玉の説明をした時に石鹸が何かは聞かれなかった。
「あれ?」
『なんだ?』
「石鹸は知ってるの?」
『知ってるが、それがどうかしたか?』
「洗い物とか洗濯とか全部加護で済んじゃうのに、なんで石鹸はあるのかなって」
『ああ。そういうことか』
ルミナは納得したように清めの加護が広まる前までは普通に石鹸が使われていたことを教えてくれた。
「なるほど」
『それで、そのシャボン玉というものを作るには石鹸が必要なのか?』
「うん――やってみる?」
『ああ』
表情はほとんど変わってないけど何となくルミナがわくわくしているのがわかって苦笑してしまう。
上手くできるといいんだけど。
そんなことを考えながら、私はルミナと並んで市場に向けて歩き出したのだった。
***
石鹸は思いのほかすぐに見つかった。
こちらの石鹸は透明や透き通った青色など、宝石みたいな見た目をした石鹸が多かった。しかもどれもいい匂いだ。
お店のおばさんが言うには芳香剤や防虫剤に買っていく人が多いんだって。
なんでも洋服と一緒にいれておくといい匂いになるらしい。
洗う以外にも使い道があるなんて知らなかった。石鹸って偉大だ。
薄紫色の透き通った石鹸を買って公園のような場所に移動する。
水場の近くで試行錯誤を繰り返して、果実水の入っていた容器に石鹸水が完成した。
いっぱいかき混ぜてくれたルミナには感謝しかない。
ただの固形石鹸だからシャボン液のようになるか心配してたけど、思った以上にシャボン液っぽくなってくれた。
「できたー!」
『これで完成か?』
「うん――――見てて」
私はその辺に生えていたママルンを摘んでストローのようにした茎の先端を石鹸水につけた。
上手く行きますように。
茎を咥えてゆっくり息を吹くと、石鹸水をつけた先端から虹色の泡がぷくっと膨らんだ。
五センチほど大きくなったところで泡は茎の先端から離れてふわりと空に舞い上がった。
『おおっ!』
風に吹かれて飛んでいくシャボン玉を目で追いかけていたルミナから感嘆の声が上がる。
『なるほど、飛ばして遊ぶとはこういうことか』
「うん」
頷いてもう一個シャボン玉をぷくっと膨らませる。
懐かしい。シャボン玉とかいつ以来だろう。
さすがにあちらのシャボン玉のように連続で出すことはできないけれど、ふよふよと風に流されるシャボン玉に懐かしさがこみ上げた。
向こうの世界にしかないものをこうやってルミナと見てるって不思議な感じだ。
『俺もやってみていいか?』
手だけ実体化したルミナが私の手からママルンの茎を取り上げた。
待って、それ私の……!
止める間もなく、ルミナが躊躇なく茎を咥えた。
それ、私が使ってたやつ……!
意識したら恥ずかしくなって思わず頬を押さえた。頬っぺたが熱い。
こっちの気も知らないで、ルミナはシャボン玉を飛ばして私を喜々とした顔で振り返った。
『見たか? さっきより大きいのができたぞ……って、どうした?』
頬を押さえた私を見てルミナがきょとんと首を傾げる。
意識しているのが馬鹿馬鹿しくなるくらいきょとんとした表情に脱力する。
気にしたら負けだ。
私は大きく息をついて気を取り直すと、ママルンをもう一本へし折って茎ストローを作った。
「なんでもない――――じゃあ、ルミナ。どっちが大きいの飛ばせるか勝負しよっ!」
『ふ……いいだろう』
私の提案にルミナはまんざらでもなさそうに二ッと笑った。
穏やかな昼下がり、私はルミナと日が傾くまでシャボン玉を飛ばして遊んだ。
ふよふよと青空に吸い込まれていくシャボン玉は、かつて飛ばしたシャボン玉と同じ色をしていた。




