88 一見さんお断りの店
エクスさんから教えてもらったローブを作ってくれるお店は商店街の外れにあった。
大通りから一本入ったところにある店の入り口と思われるドアの前に立って、困惑ぎみに子供姿のルミナと顔を見合わせる。なんというか……とても店とは思えない店構えだ。
「ここ……?」
「……のようだな」
道を間違えたかと思って一度大通りまで戻ってみたものの、地図を辿るとやっぱり同じ場所にたどり着いてしまった。
んー、本当にここで合ってるのかなぁ……見た感じ普通の家っぽいんだけど。
エクスさん、書き間違ったのかな。
そこまで思って、いや待てよと思い直す。
確かあちらの世界でもここ家じゃないの!? っていう怪しい雑貨屋に入ったことがあったっけ。
アパートの一室じゃないかって疑うほど飾り気のない鉄のドアは、まるで他者を寄せつけず店自体が隠された存在のようだった。まぁ、ちょっと怪しい呪いグッズが売ってるお店だったんだけど。
この感覚はあの時の感覚に似ている気がした。
本当にここで合ってるのかドキドキしながら店のドアをノックしてみる。
「はい?」
がちゃりとドアが小さく開かれて、その隙間から赤毛を三つ編みにした丸眼鏡の少女が顔を出した。
どうしよう。これまた店員さんっぽい感じがしない。
でも、もう後には引けない。私は覚悟を決めて、持っていた地図とエクスさんから預かった手紙を差し出した。
「あの、私たちオーダーメイドでローブを作ってもらえるお店を探してきたんですけど……」
「どれどれ?」
差し出された地図と手紙にさっと目を通した少女は、私とルミナを見てにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「エクス様のご紹介でしたか。どうぞ、こちらへ」
少女が一歩下がって店の中に招き入れてくれる。
やっぱりここで合っていたようだ。
店の中に一歩踏み入れて驚いた。
壁に飾られた武器や、マネキンに飾られた鎧やローブ、そこはまさしく武器屋だった。
「武器屋だ……」
「うちはよろず屋です。お得意様の要望があれば、鍛冶でも調薬でも何でも請け負います」
店員さんは私をちらりと振り返りながら淀みない足取りで奥に向かって歩いていく。
私とルミナもそれに続いていくと、何やら手芸屋さんのようなところに案内された。色とりどりの布が筒状に巻かれて立てかけてある。
店員さんは巻き尺のようなものを手に私を振り返った。
「エクス様と同じローブをお求めで?」
「えっと、はい――――と。その前にいくらか聞いてもいいですか?」
今さらながらお値段が心配になってきた。
オーダーメイドってことはすごく高いんじゃってことに、店の雰囲気を見て気がついた。
「ああ、お代でしたら結構ですよ。先ほどいただいたエクス様からの手紙に費用はつけておいてほしいと指示がありましたから」
「ええ!?」
いや、さすがにそれは申し訳なさすぎる。
せめていくらか聞いて、後でちゃんとエクスさんに払わないと。
そう思って値段を聞けば、使う布にもよるがおおむね銀貨五枚くらいだと教えてもらえた。よかった、払える額で。
ほっと安堵していると、店員さんに布について聞かれた。
「布地はどんなものがよろしいですか?」
「布も選べるんですか?」
「もちろんです」
当然のように頷かれて、私は店員さんの背後に立てかけられた布へと視線を滑らせる。
結構たくさんあって素人目に見て選ぶのは難しそうな気がする。
「えと、それならエクスさんのローブで使われているものと同じものがいいですんですけど……」
「同じもの、ですか?」
「はい。エクスさんのローブ、すごく着心地がよかったんです。丈夫な上に軽いし動きやすいし」
「なるほど……であれば、何色かございますから色をお選びください」
店員さんはごそごそと六種類ほどの布を引っぱり出して
きて私の前に並べた。
真っ白だと汚れが目立ちそうだからと思って黒にしようとしたら、ルミナに「リンは髪が黒いから全身真っ黒になるぞ」と言われてしまった。
なるほどと思って、エクスさんと同じ白いのを選ぼうとしたら今度は「エクスと同じのはやめておけ」と言われてしまった。
じゃあ、どうしろとと思っていたらオフホワイトっていうのかな? 少しくすんだ白色の布を勧められた。
真っ白よりは多少の汚れも気にならなそうだし、いいかもしれない。
勧められたオフホワイトの布地に決めると、店員さんは服を着たままの私に巻き尺を当てて採寸を始めた。
なんとなく無言になるのが気まずくて声をかける。
「あの……ここに飾ってあるものって全部オーダーメイドなんですか?」
「ええ。全部とは言いませんが、ここに飾ってあるものはほとんどがお客様にお引き渡しができなかったものになります」
「え?」
「うちで作るものは特注品なんで、お引き渡しまでに時間がかかるのですよ。製作を依頼したあとに受け取り前に命を落として……なんて方も中にはいらっしゃるので」
「!?」
「そのまま買い手もつかなくて、かといって渾身の出来を廃棄することも忍びなくて飾っているんですよ」
店員さんは淡々と話しているけれど、衝撃を受けるには十分だった。
命を落とすって。
つまり、ここにある品々はほぼ全部持ち主の手に渡ることができなかった装備品ってことになる。
こんなにたくさん……。
わざわざ作りにくるくらいだ。死ぬ気なんかなかっただろうに。そう思ったら、なんだか切なくなってしまった。
「そんなわけで、買い手のつかなくなってしまったこちらの暗器なんかお買い得ですけど、ご一緒にいかがですか?」
「ふぁ!?」
唐突すぎて変な声が出てしまった。
店員さんが『こちらのアンキ』と言って指さした方向を見やると、手のひらに収まるくらいの武器がいくつか入ったケースが目に留まった。アンキって暗器のことか。
「あ、いえ……私はそういうのはちょっと……」
「そうでしたか。エクス様と同じローブをとのことでしたので、てっきり同じ用途でお使いになられるのかと思っていたのですが、失礼いたしました」
ん!? 同じ用途?
なんとなく引っかかりを覚えて眉を寄せる。
その横で、ルミナが何か思い当たったかのような顔をした。
「そういえば、あいつは昔からこういった武器が好きでよく集めてたな」
「何その意外すぎる趣味は……」
「いや、趣味というか実益も兼ねていたというか」
「え、ちょっと待って。実益!? エクスさんって神官さんじゃなかったの!?」
いや、カイナルディアにいた頃は国家魔導士だったのかもしれないけど……魔導士だよね!?
思わずつっこめば、店員さんが巻き尺で私の胴周りを測りながらくすくす笑った。
「『祈って戦える神官』だとおっしゃっていましたよ。表立って武器は持てないけれど、昨今の神官は自分の身くらい自分で守れないとやっていけないのだとか」
「祈って戦える神官……」
「あいつはどこを目指してるんだ……?」
「え、待って。じゃあ、あのたくさんついたポケットは……」
「武器を忍ばせておく用ってことだな」
ルミナの答えに私はがくりと肩を落とした。
そんな物騒な用途知りたくなかった。
そもそも祈って戦える神官ってなんだろう。しかも御年百七十一歳。エクスさん、設定盛りすぎではなかろうか。
つかみどころのない笑みを浮かべたまま、暗器片手に必殺仕事人みたいに戦うエクスさんがなぜだか容易に想像できてしまって思わず苦笑する。なんだろう、この胡散臭さ。
こうして、私の中のエクスさんのイメージが笑顔の優しい神官さんから胡散臭い笑顔の神官さんにシフトチェンジしていくのだった。




