85 ルミナの苦悩
長らくお待たせしてしまってすみません!
一通りの話が終わるころには、夕暮れだった空は夜の帳が下りてすっかり暗くなっていた。
エクスさんは私とルミナが宿屋に滞在していることを知ると、それなら家に泊まってくださいと部屋を提供してくれた。
流されるままに宿屋を引き払ってエクスさんのお屋敷に滞在場所を移した私は、ルミナとは別の部屋が用意されていることに驚いた。まぁ、ルミナとは十メートルほどしか離れられないから部屋は隣同士だったけど。
宿屋の部屋よりも広い部屋で、ベッドに身を投げ出してぼんやりと天井を眺める。
なんだか静かすぎて落ち着かない。
今までずっとルミナとは同じ部屋で寝泊まりしていたから、一人になるってことがほとんどなかった。
日本にいた頃は寮で一人部屋だったから、夜一人でいることなんて慣れっ子だったはずなのに、ルミナがそばにいる生活に慣れてしまっていたせいか一人でいると静かなのがやたらと気になった。
「ルミナ……」
ぽつりと天井に呟くと、すぐに返事が返ってきた。
『なんだ?』
「うわっ!」
にょきっと壁からルミナの頭が生えてきて、私はびっくりして飛び起きた。
『呼ばれたから来たのに、なんだその反応は』
呆れたような顔で壁をすりぬけたルミナはすっかり大人の姿に戻っていた。
いや、ルミナ。今のは誰でもびっくりするってば。
びっくりして早まった心臓を落ち着かせるように胸に手を当てて小さく息を吐く。まったく心臓に悪い。
「いきなり壁から入ってきたら誰だってびっくりするって……」
半眼でルミナをねめつければ、彼はそれもそうかと笑った。
『それで、どうかしたのか?』
「あ……いや、別に用はなかったんだけど…………この部屋広くて一人だと落ち着かなくて……」
『なんだ、寂しくなったのか?』
「ちがっ……わなくはないかも。今までずっとルミナと同じ部屋だったから、急に一人になるのって落ち着かないっていうか……」
ごにょごにょと言葉を濁して伝える。
高校生にもなって一人が寂しいとかちょっと恥ずかしい。
ルミナはふわりとベッドの縁に腰かけると、私の頭に手を伸ばしてぽんぽんとなでてくれた。
ふんわりと優しくなでる手からルミナの感情が流れ込んでくる。
いつかルルド村でカイナルディアが滅んだことを知った時と同じ、不安や絶望がぐちゃぐちゃに混ざったような感情に胸が締めつけられる。
ちらりとルミナの顔を見ても、涼やかな表情からは何も読み取ることはできない。
「ねぇ、ルミナ」
『なんだ?』
「あの……大丈夫……?」
『ん?』
「えと……さっき、いろいろあったでしょ? だから……その、大丈夫?」
『…………』
ルミナのアメジストの瞳がじっと私を見つめてくる。
その視線をまっすぐ受け止めて見つめ返せば、ややあってルミナからため息が漏れた。
『…………リンには隠し事できないな』
ルミナはそう言って私の肩口に顔を埋めると、呻くように呟いた。
『…………正直、少し混乱している』
「…………うん」
『――――――やはり俺だった。俺が、カイナルディアを……国のみんなを……』
「…………うん」
『エクスは眠っているだけだと言っていたが、そもそも俺があんな魔術実験なんかしなければこんなことにはならなかったはずなんだ』
「…………うん」
『…………俺は……どうしたらこの罪を償えると思う?』
項垂れたルミナから聞かれて私は口ごもる。
どうしたら罪を償えるか、か。
一国の滅亡を招いてしまったことへの償いなんて、軽々しく答えられるわけがない。
ただ、一つだけわかっていることがあるとすれば、ルミナがこの一件で命を落としているということだ。
前にルルド村でルミナから術が暴走した時のことをきいた時、ルミナは自分が死ぬことで暴走は止まったはずだったと言っていた。
エクスさんの話では実際には暴走は止まってなかったみたいだけど、ルミナはその時命を落としたのだ。私はもうそれで十分なんじゃないかと思った。
ルミナと初めて会った日、悪霊だった彼は心の一番深いところに悲しみを抱えていた。
命を落としてから百五十年もの長い時間、深い悲しみを抱えながら生きるのはどんなに辛かっただろう。その辛さだけで償いになるんじゃないかと思う。
だけど、それではきっとルミナは納得しない。
きっと今の私が何を言ってもルミナには届かない。そんな気がして、私は二の句が継げなかった。
私はルミナの頭をなでようと彼の頭に手を添えた。
見えているのに、そこに頭の感触がないのが悲しい。
どうしたらルミナのことを元気づけてあげられるだろう。私が落ち込んだときはあんなに助けてもらったのに。
今の私にできたのは、ただ黙ってルミナに肩を貸すことだけだった。
***
『すまない、リン』
どのぐらいこうしていただろうか、しばらくしてルミナがそっと顔を上げた。
気まずそうに視線を反らしたルミナに、私はやんわりと首を振って答える。
「私こそ、ごめん。何も言ってあげられなくて……」
『いや、いいんだ。こうしてそばにいてくれただけで十分だ』
切ないような顔で笑ったルミナの瞳の奥に悲しい色が見てとれて、心臓がぎゅってなった。
なんとかしてあげられないかなと思って、ふとエクスさんの存在を思い出す。
そうだ、エクスさん。
ルミナと同じカイナルディアの出身で当時のことを知っているエクスさんなら、力になってくれるかもしれない。
うん、エクスさんに相談しよう。
でも、隣の部屋で話してたらルミナにエクスさんと話してるのがバレてしまう。
どうしたものかと思った私は『鳥便』の存在を思い出した。お手紙ならルミナに知られずに相談できるかもしれない。
前にヴェラードでエクスさんに鳥便を送ろうとした時、フルネームがわからなくて手紙は飛び立たなかった。
今ならシルヴィーにもらった鳥便用の紙があるから、エクスさんに手紙が送れるかもしれない。
そうと決まればルミナからそれとなくエクスさんの本名を聞き出そう。
思い立った私は、ふと思いついたふうを装ってエクスさんの話題を口に出した。
「そういえば、ルミナはエクスさんと知り合いだったんだね」
『ん? ああ、あいつとは国家魔導士になる前からの腐れ縁で――――前に、精霊の加護の話をした時にそういう研究をしている友人がいたと言ったのを覚えているか?』
聞かれて記憶を振り返る。
ヴェラードを出たあたりで馬車の中でそんな話をした気がする。頷き返せば、ルミナは『それがエクスだ』と言った。
「ええ!? え、ちょっと待って。じゃあ、清めのマットを開発したのって……」
『エクスだな』
まじか。
事も無げに告げられた真実に衝撃を受ける。
ルミナは部屋の片隅に敷かれた清めのマットを見て遠い目をした。
『あの頃はまさかこんなふうに世界中に浸透するとは思ってもみなかったが……』
「エクスさん、実はすごい人だったんだね……」
『そう見せかけて、ただ面倒くさがりなだけだぞ』
「ほんと意外すぎる……」
確か清めのマット自体がお風呂入るのを面倒に思って開発されたって聞いた気がする。
あの神父服をびしっと着こなしているエクスさんからは想像もつかない。
「ルミナはエクスさんのこと、エクストラーザって呼んでたけどそれがエクスさんの本当の名前なの?」
『ああ、そうだ。エクストラーザ・ローウェンというのが本当の名前だな。まさかリンの言っていた『エクスさん』とやらがエクスのことだとは思わなかったが』
「本当、すごい偶然だよね」
『だな』
お互いふふって笑い合う。ベッドの上に置かれたルミナの手に自分の手を重ねてみれば、ルミナから感じる負の感情が少しだけ軽くなったような気がした。
少しだけでもルミナの気分転換になれたかな。なれたならいいんだけど。
そんなことを考えながら、ルミナに「このまま私の部屋で寝る?」と提案してみたら、ルミナが片手を頭に当てて眉間にしわを寄せた。
『リン……気持ちは嬉しいが、少しは慎みを持ってくれ』
「慎み?」
『あのな……エクスも言っていただろう、年頃の男女が一緒の部屋で寝泊まりするべきじゃないって』
「あー……」
そういえば言ってた。
私とルミナを部屋に案内する時に、今までずっと一緒の部屋だったと言ったらすごく驚かれて心配されたんだった。
「でも、ルミナは何もしないでしょ?」
『…………信頼されてるんだか、意識されていないんだか判断に苦しむな……』
「ん?」
『いや、こちらの話だ。ともかく、このままここで朝を迎えたらエクスに何を言われるかわかったもんじゃないからな。これで戻ることにしよう――――おやすみ、リン』
ルミナはふわりと立ち上がって私の頭をひとなですると、先ほど部屋に来た時と同じように壁をすり抜けて隣の部屋に帰っていった。
ルミナの姿が見えなくなると部屋に静寂が戻ってきた。
よし!
私は気合を入れて勢いよくベッドから抜け出すと、エクスさんへの手紙を書き始めた。
お読みいただき、ありがとうございました。




