84 カイナルディアの真実
私はルミナの言葉に耳を疑った。
カイナルディアっていったら、今しがた図書館で調べていた国の名前だ。
そこで魔導士をしていた? エクスさんが?
いや、それよりも。
カイナルディアって滅んだんだよね? 百五十年も前に。でも、エクスさんを見る限り百五十歳も歳をとっているようには見えない。どうみてもルミナと同じ二十代前半くらいにしか見えない。
一体どういうこと?
そう思ってエクスさんを見るけれど、エクスさんの表情からは何も読み取れない。
だからなのか、笑っているのになんだか得体のしれない怖さを感じる。
固唾をのんで正面のエクスさんを見ていると、当の本人は肩をすくめて苦笑した。
「まぁ、そう身構えずに。大した話じゃありませんよ」
エクスさんは私とルミナの緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれないけど、とてもそんなふうには思えなくて逆に緊張を高めてしまう。
エクスさんはやれやれと膝の上で手を組むと、初めて会った時と同じ穏やかな口調で話し始めた。
「私がここでイーニス教の神官をしているのは、あの日取り逃がしたネズミが持ち出した知識を闇に葬るためです」
ネズミ?
私が首を傾げる横でルミナがガタリと席を立った。
びっくりして隣を見ると、ルミナは顔を強張らせたままエクスさんを凝視していた。
「まさか!」
「ええ、そのまさかです。あのネズミ、貴方を裏切るだけでなく死体蘇生の研究成果まで国外に持ち出してくれやがりましてね」
んん!? なんかエクスさんの口調が一瞬汚くなったような。
そう思って目の前のエクスさんに視線を戻したものの、ソファーに優雅に座ったままのエクスさんに変わった様子はない。
「未だにあの術を実現できた国はありませんが、あんな物騒なものを世に残しておくわけにはいきませんからね。こうしてエクス・ローウェンとして全世界に支部があるイーニス教に身を置いて、裏でこっそり情報収集にいそしんでいるのですよ」
「ちょっと待て」
なんてことはなさそうに言ってのけたエクスさんをルミナが止める。
「理由はわかった。わかったが……なぜお前はそのままなんだ?」
「そのままとは?」
「とぼけるな。なぜお前は歳をとっていないと聞いている。いつの間に人間をやめたんだ?」
「失礼ですね。貴方と違ってちゃんと人間のままですよ」
「嘘言え。ただの人間が百五十年も生きられるわけないだろうが」
私と同じ疑問を抱いたらしいルミナがエクスさんの核心に迫る。
そう。ただの人間が歳も取らずに百五十年も生きられる方がおかしい。かといって、ルミナのように実体化できる幽霊でもなさそうだし。エクスさんも人間だと言っている。
視線の先のエクスさんに取り乱した様子はない。おそらく、この質問も想定内のものなんだろう。
エクスさんはゆるりと首を振ってルミナを見ると、先ほどと変らぬ口調で自身の秘密を口にした。
「いいえ、人間ですよ――――私の時間はね、百五十年前のカイナルディアが沈んだあの日から止まったままなんです」
「なっ……」
「止まったまま……?」
思わず声が掠れた。
「ええ。ですから、今年で百七十一歳になります。ね? こう見えて結構な歳でしょう?」
エクスさんは私の呟きを拾っていたずらっぽく笑ってみせた。
そういえば、前にエオ君とかくれんぼした時にそんなことを言っていた気がする。それに、ピティと話に行く道中でも自分のことを『おじさん』と言っていた。
普通だったら若年寄みたいな言い方に聞こえるけど、実際の年齢を聞けばその発言も頷ける。
でも、だからって納得できるかと言われたら別だけど。
ちらりと隣を見れば、ルミナは驚きに固まってしまっていた。
なんだか心配になってルミナの手を握ると、彼ははっと我に返ったようだった。
ルミナの手はわずかに震えていた。
そんなルミナの横顔からは何を考えているかはわからない。
というか、私はルミナのことも、カイナルディアのことも全然知らなかったんだなって思い知らされた。
言葉を選んでいるのだろうか、ルミナは何度か口を開けたり閉じたりした後ようやく言葉を絞り出した。
「…………それなら、他のカイナルディアの他の人たちもお前と同じように?」
時が止まっているのか? と最後まで言葉にならなかった問いかけに、エクスさんは首を左右に振って否定した。
「残念ながらカイナルディアから脱出できたのは私だけです。他はみな国と共に湖の底に沈みました」
「そうか……」
「…………」
「そうか……」
脱力たまま背後のソファーに崩れるように座り込んだルミナは、片手で顔を覆って唇を噛みしめた。
「それでも、お前だけでも無事でよかった……」
ぽつりとルミナの頬を涙が伝ったのが見えて、私は息をのんだ。
ルミナが泣いてる。
声も出さずに静かに涙を流す幼いルミナの姿を見ていたら、いてもたってもいられなくなって、気づけば私はルミナのことを抱きしめていた。
ルミナから絶望の感情が流れ込んでくる。
この感じには覚えがあった。
以前、ルルド村でカイナルディアが滅んだことを知った時と同じ感情だ。あの時ルミナは自分のせいで国が滅んだんじゃないかって気に病んでいた。
結局、図書館ではどうしてカイナルディアが滅ぶことになってしまったのかわからずじまいだった。
私はふと目の前のエクスさんなら……カイナルディア唯一の生き残りの彼なら、どうして国が湖の底に沈むことになってしまったのかわかるかもしれないと思った。
ルミナを抱きしめたまま、重苦しいほどの沈黙を破ってエクスさんに話しかけてみる。
「あの、エクスさん…………私たち、さっきまで図書館でカイナルディアのことを調べていたんです」
「ふむ……それで?」
「でも、どの本にもカイナルディアは一夜にして湖の底に沈んだとしか書いてなくて……エクスさんなら、どうしてカイナルディアが滅んでしまったのか知っているんじゃないですか?」
意を決しての問いかけに、エクスさんは首を小さく縦に振った。
「ええ、知っていますよ――――というか、カイナルディアを湖に沈めたのは国の守護精霊なんです」
予想もしていなかったような答えが返ってきた。
私も俯いていたルミナも驚愕してエクスさんを見る。
エクスさんは遠い日を懐かしむように目を細めてカイナルディアが湖の底に沈んだ経緯を話しだした。
「あの日……ルミナの術が暴走した日、術の中心にいた貴方を刺してなお暴走は収まらず、国は消滅の危機に瀕していました。どうあっても滅亡は逃れられないのかと死を覚悟した時、私の前に国の守護精霊である水の精霊シャーリーが現れました。彼女はひどく心を痛めている様子で、このまま滅びるよりはとその身を賭してカイナルディアを湖の底で眠りにつかせることにしたのです」
「眠りにつかせる……? 湖の底に沈んで滅んだのではなくて、ですか?」
「ええ。湖に沈めたのは国を眠りにつかせるためです。シャーリーは精霊の中でも高位の精霊でしてね。自身の操る水の中であれば時の流れさえも支配できてしまうほどだったのです」
「待て。じゃあ、カイナルディアは滅んだのではないのか?」
「ええ。滅んでいませんよ。ただ眠っているだけです――――国と共に眠りにつかなかったのは、彼女の加護を受けた私だけでした。どうやら体の時間だけは止まってしまったみたいですがね。だから私は決めたんです。いつかカイナルディアが目覚める日のために、国の脅威になりえるものを排除しようと」
決意のこもった瞳でエクスさんが言ってのけたのは、どこの文献にも載っていなかったカイナルディアの真実だった。
お読みいただき、ありがとうございました。
すみません。次回、更新が少し遅れるかもしれません。




