83 二人は知り合い?
エクストラーザと呼ばれたエクスさんは驚いたように目を瞠ったあと、子供の姿をしたルミナを怪訝な顔で見た。
「貴方は……?」
「俺だ、ルミナリスだ」
エクスさんの胸ほどまでしかない身長のルミナが食ってかかるように名乗ると、今度はエクスさんが幽霊でも見るような顔になった。
「そんな、まさか……」
「そのまさかだ。俺を忘れたとは言わせないぞ、エクストラーザ」
「いや、確かにその顔は……どうして……貴方が、ここに……」
掠れた声で呟いたエクスさんの顔色は、白を通り越して青白くなっていた。
やっぱり二人は知り合いのようだ。
でも、なんだか再会を喜んでいるようには見えない。
なんだろう、この何とも言えない張りつめた空気。
元悪霊の幽霊とイーニス教の神官――二人がどんな関係なのか、まったく想像がつかない。
「それはこちらのセリフだ。なぜお前がここにいる」
そう言って、ルミナは眉間にしわを寄せた。
お互い『なぜ』『どうして』ばかりで、どうにも話が見えない。
ハラハラしながら二人を見守っていると、エクスさんがルミナの肩に掴みかかった。
「私のことよりも! 悪霊だった貴方がどうして……」
二人のやりとりに、なんだ喧嘩か? と周囲の人たちの視線が集まってくる。
やばい、目立ってる!
一触即発しそうな不穏な空気に、私は思わず二人の間に割って入った。
「あの!」
勇気をだして声を上げると、ルミナとエクスさんがそろって私を見た。
二人とも無駄に綺麗な顔をしているからすごい迫力だ。
私は圧倒されながらも、言おうとしていた言葉を口にした。
「ここじゃ目立つので、場所を変えませんか?」
私の提案に、エクスさんは素早く目だけを動かして辺りを窺うと、取り繕ったような笑みを顔に貼りつけた。とても切り替えの早い人だ。
「そうですね。では、私の屋敷にいらしてらください。おいしいお茶と茶菓子を用意させましょう」
なんとも胡散臭い笑顔を浮かべたエクスさんは、私とルミナの手をそれぞれ取ってスタスタと歩きだした。
「わっ!?」
「なっ!?」
逃がすかと言わんばかりにがっちり手を握りこまれて、私もルミナもエクスさんに引かれるがまま前のめりに歩きだす。
あの華奢そうな腕のどこにそんな力が!? と思わず前を行くエクスさんの二の腕を凝視してしまった。
***
エクスさんのお屋敷は町の南西部に位置する豪華な屋敷が立ち並ぶ一角にあった。
やばい。エクスさんち、すごく大きい。
レンガ造りの建物に圧倒されながらエントランスをくぐると、応接室のようなところに通された。
部屋の扉を閉めたところでようやく手が解放される。
ルミナが手をプラプラさせながら毒づいた。
「くそっ、馬鹿力は相変わらずか……」
「ここで貴方に逃げられるわけにはいきませんからね」
エクスさんはしれっと言い放つと、私に向き直った。
「リンさん、少々手荒な真似をしてしまってすみませんでした」
「あ、いえ……その、私も急にいなくなってすみませんでした」
丁寧に頭を下げられたので、反射的に頭を下げてしまった。なんか調子狂う。
エクスさんは「さて」と言うと、私とルミナにソファーに座るように言った。
「先ほどの話の続きをしましょう。お互い聞きたいことが山ほどあると思うので、どちらから話すかは公平にコインで決めましょうか」
「コイン?」
「ええ。コインです。当てた方が先に話す、でいかがですか?」
え? コインでどうやって決めるの?
疑問符を並べて首を傾げる横で、ルミナが勝手に「いいだろう」と返事をした。どうやらルミナは今の説明でどうすればいいかわかったようだ。
ルミナはソファーにドサッと腰を下ろすとエクスさんを見上げた。
「表だ」
「じゃあ。私は裏ですね――――いきますよ」
エクスさんはそう言って懐から年季の入った銅貨を取り出すと、手に乗せたコインを親指ではじいた。
キィンと小さな音が響いてコインが回転しながら宙を舞う。
くるくると弧を描きながら落下したコインをエクスさんが手の甲で受けて、コインの表面を確認する。
「――――表、ですね。では、ルミナたちからどうぞ」
手の甲のコインを見て、エクスさんもルミナの向かいに着席した。二人とも座ったとあって、私もいそいそとルミナの隣に腰を下ろす。
お先どうぞと言われても、どこから話したらいいか困るんですけど。
黙ってたらルミナがしゃべってくれるかな、と隣に座るルミナをちらりと見る。
ルミナはソファーに深く座って背中を背もたれに預けたまま、向かいに座るエクスさんに問いかけた。
「…………どこから話せばいいんだ?」
「そうですね……まず、ルミナ。貴方、悪霊でしたよね? なぜそんな姿に?」
「別に子供に戻ったわけではないぞ」
ルミナの体が一瞬ぶれて元の大人の姿に戻る。
『元は霊体だ。あそこで急に消えるわけにはいかなかったからな』
「……っ」
元の戻ったルミナの姿にエクスさんが小さく息をのんだ。その反応から、元のルミナを知っている人なんだとわかる。
先ほどからどうにも気になっていたので、勇気をもって話に割り込んでみる。
「あの……お二人は知り合い、だったんですか?」
『ああ』
「ええ。彼とは昔馴染みでしてね。リンさんこそ、彼と一緒にいるとは驚きました。ルミナとは一体どこで?」
「えと……狭間に落とされた後、ベルナ山ってところに飛ばされて、そこで」
「ベルナ山!?」
驚いたエクスさんが思わず腰を浮かせて身を乗り出した。
中性的な超絶美形の顔が近づいてきて、変に緊張して体が強張ってしまう。
背中をやや反らせて頷くと、ルミナの手が私とエクスさんの間に割り込んできた。
『……そんなに怖い顔をするな。リンが怯えるだろ』
「…………?」
エクスさんはルミナの顔を見て眉間にしわを寄せると、自身の前にかざされたルミナの手に触れようと手を振り上げた。
案の定、エクスさんの手はルミナの手をすり抜けて宙を切った。
いきなりどうしたんだろ。
そう思っていると、宙を切った手に視線を落としてエクスさんがルミナに言った。
「…………ルミナ。霊体だと声が聞こえません。すみませんが、さっきの子供の姿に戻ってもらってもいいですか?」
エクスさんの言葉に、そういえば前に幽霊は見ることしかできないって言っていたのを思い出した。
霊体の状態に戻ったから声が聞こえなくなってしまったらしい。
『…………これでいいか?」
ルミナの輪郭がぶれて、また幼い少年が現れる。
一瞬で子供の姿に戻ったルミナをしげしげと見やって、エクスさんは感心したように手を叩いた。
「まったく……規格外なところは相変わらずですね――――それで? リンさんはルミナとベルナ山で会ったんですね?」
「あ。はい」
「ああ。俺がリンを襲った」
「襲った!?」
淡々と言ったルミナの言葉に、エクスさんが声を上げた。
ぶ……。
「ちょっと! ルミナ! 言い方!」
「間違ってないだろう?」
「いや、確かに間違ってはいないけども! そうじゃなくて、もうちょっと細かく説明しようよ! 悪霊だったルミナに襲われたんです。何だかよくわからないうちにルミナを覆ってた黒い影が吹き飛んで助かったんですけど」
「リンの風の加護のおかげだ」
「そうでしたか――――ルミナの影を祓ったのは貴女でしたか。風の加護とはなかなかに珍しいものを持っていますね」
風の加護持ちと聞いてエクスさんはなるほどと納得したようだった。
やっぱり風の加護というものは珍しいもののようだ。
「それで、そのままだと湖から離れられないっていうルミナに憑りついてもらって、山を下りるのを手伝ってもらったんです。憑りついてもらったまではよかったんですけど、離れられなくなっちゃったみたいで……」
「離れられなくなった?」
「その話は後で話す。まぁ、そういうことがあって、俺はオルト村まで戻るというリンに同行しているという訳だ」
「なるほど。二人が一緒にいる事情はわかりました」
エクスさんが頷いたのを見て、ルミナを取り巻く空気が変わった。
ルミナはじっとエクスさんの顔を見据えたまま、「次はこちらの番だ」と口を開いた。
「では、教えてもらおうか。エクス……いや、エクストラーザ。なぜカイナルディアで魔導士をしていたお前が、こんなところでイーニス教の神官をしている?」
私とルミナの視線の先で、エクスさんは口元に弧を描いて得体のしれない笑みを浮かべた。




