82 図書館で調べものを
ルミナは私がはめた指輪を満足いくまで眺めてから、指から外して再び私の手のひらに置いた。
「これはリンが持っていてほしい……俺ではいつもつけていられないからな」
残念だと言いたげにルミナが眉尻を下げた。
その顔を見て、ルミナが幽霊であることを思い出す。
下手に手だけ実体化しようもんなら、歩く指輪という怖い話ができてしまう。
ルミナの指輪は私の指にはめても大きくてグラグラしたので、なくさないようにネックレスのチェーンに通して持つことにした。
お父さんとお母さんの結婚指輪とお兄ちゃんから貰ったペンダントトップに、ルミナの指輪が加わってちゃりっと音を立てる。
私の大好きな家族とルミナが一緒になったようでなんだか嬉しい。
気分が高まって、このままルミナと町を歩きたくなった。
「ねぇ、ルミナ。まだそのままでいてもらっていい?」
「それはかまわないが、どうかしたのか?」
首を傾げるルミナの手を、今度は私が取って歩き出す。
「せっかくだから一緒に町を見て回りたくて」
やや後ろを振り返ってにっと笑ってみせると、ルミナは一瞬きょとんとした後、口の端を上げて私と並んで歩いてくれた。
***
ルミナとはいつも一緒にいるけど、人がたくさんいるところでは彼は気を遣って必要な時しか話しかけてこない。
子供の状態のルミナは幽霊を見ることのできない人でも見えるので、町中を歩きながらでも気兼ねなく会話が楽しめた。
やっぱり一緒に話しながら町を歩けるのって楽しい。
徐々に人の増え始めた商店街を目的もなくぶらついてお店を覗いてみたり、中央広場の噴水まで走って競争してみたり、市場で新しいグルメを開拓してみたり。
ヴェラードでも同じように買い物をしたけど、比べ物にならないくらい町の規模が大きい。
今私たちが歩いているのは南側のエリアだけど、東側のエリアにも商店街があるらしい。
「さすがに一日じゃ回りきらないね」
「だな」
南北に伸びる道を中心部に向かって歩いていると、ふと大きな建物が目に入った。
入り口の扉は大きく開かれていて何人もの人が出入りをしている。奥には大量の本が見えた。
「ここ……図書館、かな?」
「ん? ああ、そうだな」
「ちょっと行ってみてもいい?」
思いつくままに提案してみると、ルミナは二つ返事で快諾してくれた。
せっかく文字も教えてもらったことだし、本は買うには高いから借りて読めるならありがたい。
こっちの図書館ってどんな感じなんだろ。
ドキドキしながら人の波に乗って図書館に足を踏み入れると、そこには外の雑多な様子とは打って変わって静寂が支配した空間が広がっていた。
背の高い本棚に詰め込まれた本や紙の独特な匂い、閲覧スペースで黙々と本をめくる人たち――――あちらの図書館と同じような世界がそこにはあった。
どこか厳かで喋るのを躊躇うような静寂が懐かしい。
ふと、こんなに本があるならルミナの故郷のことが書かれた本もあるかもしれないと思った。
なんて名前だっけ?
確か……カイ……カイ……なんか最後は『ディア』がついていた気がする。気がするけど、ダメだ出てこない。
素直に聞くかと、声を潜めてルミナに話しかける。
「ねぇ、ルミナ。ルミナの故郷って何て名前だっけ?」
「カイナルディアだ」
唐突な問いかけにも関わらず、ルミナは首を傾げながらも国の名前を教えてくれた。
カイナルディアね。
きょろきょろと周りを見回すと、梯子に上って本を整理している人を見つけた。職員さんっぽい。
あの人なら場所を教えてくれるかもしれない…………よし。
「あのー……お仕事中すみません。少しよろしいですか?」
「はい?」
意を決して話しかけてみると、図書館の職員らしき男の人は本棚から私の方へ顔を向けてくれた。
そして、私とその隣のルミナを見て「ああ」というと梯子の上から入り口付近の本棚を指さした。
「子供用の絵本なら、入り口入ってすぐのところにありますよ」
どうやらルミナ用に絵本を探していると勘違いされてしまったようだ。
私は慌てて「違うんです」と否定して、探したい本を伝える。
「ええと、カイナルディアって国の本とかありませんか?」
「カイナルディア?」
「はい、その国のこと調べてて……」
「ああー……そういうことでしたら、歴史書のあたりにありますよ」
「! 本当ですか! ありがとうございます!」
思わず大きな声を出してしまって、周りの視線を感じて口を覆った。
静かにしろよと言わんばかりの視線が痛い。
その視線から逃れたくて、私はルミナの手を取って職員さんが教えてくれた右奥の本棚へと早足で向かった。
歴史書の並ぶ本棚は、日の光の当たらない奥まったところにあった。
歴史書だけあって、どの本も分厚い。
さて、探しますかと繋いでいた手を放すと、ルミナが私のローブの裾を引っ張った。
「リン…………その、ありがとう」
なんともいえない複雑そうな顔をしながらお礼の言葉を口にしたルミナに、私は小さく頭を振って小声で返す。
「お礼を言われるようなことなんて何もしてないよ。前に言ったでしょ? 一緒に調べようって」
以前、ルルド村でこの世界の地図を初めて目にした時、ルミナの故郷であるカイナルディアが百五十年前に湖に沈んだことを知った。
自分が国を滅ぼしてしまったのではないかと酷く落ち込むルミナに、どうして湖に沈んじゃったか調べようと言ったのは私だ。
「なにか手がかりが見つかるといいね」
故郷のこと、ずっと気になっていたはずなのに、ルミナは何も言わずにずっと私のそばにいてくれた。
今度は私がルミナのために何かしてあげたいと思った。
私は本の背表紙に指を滑らせながら、異世界の文字をなぞって『カイナルディア』と書かれた本をたどたどしく探し始めた。
***
カイナルディアについて記述された本は見つかったものの、百五十年前に湖に沈んだ経緯についてはわからなかった。
ただわかったのは、カイナルディアが滅んだ経緯が明確にされていないということだった。どこかに攻められたという記述も、王家が衰退したという記述もなかった。
どの本にもカイナルディアは一夜にして湖の底に沈んだと書かれていた。
閉館の時間がきてしまって、それ以上のことは調べることはできなかった。
こちらの世界の図書館には貸し出しというシステムはないらしく、明日また来て調べることにして今日は宿屋に帰ることになった。
薄暗くなりつつある空を見上げながら、二人とも何もしゃべらずに宿屋への道を歩く。
なんて声をかけていいかわからなかった。
そうして行き交う人の中を二人並んで中央広場まで戻ってきたとき、すれ違いざまにいきなり腕を掴まれた。
「リンさん!?」
「え……?」
だれ!?
声をかけられた方を見て驚いた。
私と同じ白いローブに腰あたりまで伸びた青銀の髪――そこにいたのはオルト村で別れたっきりのエクスさんだった。
「エクスさん!?」
「やっと……やっと見つけましたよ!」
振り返った私の両肩に手を置いて、俯きながらに喜びに打ち震えるエクスさんに、私はやや戸惑いながら彼の言葉を反芻する。
やっと? やっとって言った?
「もしかして……ずっと探していてくれたんですか?」
「当たり前じゃないですか。リンさんが狭間に落ちるのを見て肝が冷えましたよ……一体今までどこにいたんですか?」
「それは……」
答えようとして、ルミナの存在を思い出す。
オルト村からここに至るまでのことを説明するのにルミナの存在はかかせない。
まずはエクスさんにルミナを紹介しないとと隣を見ると、ルミナが目を見開いたままエクスさんを見て固まっていた。
「ルミナ?」
どうしたんだろうと思って顔を覗き込んでみると、ルミナはエクスさんを凝視したまま小さく口を開いた。
「エクス、トラーザ……?」
その表情はまるで幽霊でも見ているかのようだった。




