81 縁を結ぶ
魔道具屋は薬屋の三軒先にあった。
店が開くにはまだ早い時間なんだけど、薬屋や魔道具屋、それから武器屋なんかは朝早くに町を発つ冒険者のために早くからやっているらしい。
私は小さくなったルミナに連れられて、『魔道具屋』と書かれた店のドアをくぐった。
私とルミナの来店に、店主のおじさんは私たちをちらりと一瞥しただけで手元の腕輪を磨く作業に戻っていった。
古臭い紙の匂いのする店内には、魔法使いが持っていそうな杖の他にもネックレスや指輪などの装飾品が陳列されていた。
アニメや漫画で見たような店内に目が奪われる。
先端に水晶玉がついた杖とかすごいわくわくする。ああいうのを普通に買ってく人がいるんだ。
そうして値段を見ると『ぎんか 7まい』って書いてあった。
銀貨 七枚!? 高っ!!
触ってみようと伸ばしかけた手を止める。
こんなのうっかり壊して弁償しろなんて話になったら洒落にならない。
冷や汗を流しながら固まっていると、「リン」と名前を呼ばれた。
ふと顔を向けると、ルミナが指輪が並んでいるコーナーから手招きをしていた。
「どうしたの?」
とことことルミナの隣に歩いて行って、今しがた彼が見ていた指輪に視線を落とす。
色とりどりの石がついた指輪が並んでいる様は宝石店……というよりは、どちらかというとパワーストーンのお店っぽい。
これがルミナのほしかったものなのかな?
色とりどりの指輪を眺めながらそんなことを考えていると、ルミナから問いかけられた。
「リンはこの中でどれが一番『俺』っぽいと思う?」
「似合うかってこと?」
「似合うというよりは『俺』を連想させるもの、といった方がいいか」
「連想?」
「ああ。こういうのは直感が大事なんだ。リンから見て、ぱっと見どの指輪が一番『俺』っぽい?」
「ええー……」
なかなかに難しいことをおっしゃる。
私に選べってこと?
むむーと口元に手を当てて指輪を凝視する。
直感でって言われてもなぁ――――――あ。
私の目がある一点で止まる。
ルミナの瞳の色によく似た紫色の石のついた指輪。
単純な理由だけど、これが一番ルミナっぽいと思ってしまったんだから仕方がない。
「これ」
とアメジストのような石がついた指輪を指さすと、ルミナがそれを見て目を瞠った。
ダメだったかなと思って選び直そうとしたら、口元に笑みを浮かべたルミナに止められた。どうやらこれでいいらしい。
「右手を見せてくれ」
「手? いいけど……なに?」
訳も分からず差し出した右手にサイズを測る用の指輪を突っ込まれた。
「ふむ……親父、これとこれを」
ルミナは私が選んだ指輪と黒っぽい石のついた指輪を指さして、店主のおじさんに声をかけた。
店主のおじさんは示された指輪を向て苦笑した。
「坊主にはちと高いかもしれないな」
「いくらだ?」
「合わせて金貨一枚だ」
「きん……!?」
値段を聞いて目が飛び出しそうになった。
だって、合わせて金貨一枚ってことは指輪一個が銀貨五枚ってことだ。
高い。高すぎる。
無理無理、そんなに払えるお金ないよと言おうとする私の横で、ルミナはポケットから取り出した金貨をころんとおじさんの手にのせた。
!?
あるの!? 金貨持ってるの!?
ルミナと金貨を交互に見る。
子供がそんな大金を持っているのを不審に思ったのか、店主のおじさんも困惑気味にルミナを見た。
「なぁ、坊主……」
「安心してくれ。さっき薬屋でセゼの実を売って得た金だ。なんなら、薬屋の店主に聞いてみるといい」
「あー、セゼの実か。なるほどねぇ」
ルミナの言い分に店主のおじさんは納得したようだった。
一方の私はまだ驚いて固まったままだ。セゼの実ってそんなに高く売れたんだ。
あのプラムのような白い実と共に壊滅的な味を思い出してしまって思わず口を覆う。
そうこうしているうちにルミナの買い物が終わって「リン」と呼びかけられた。
「手を」
言われて手を差し出せば、先ほどサイズを測った指に買ったばかりのアメジストっぽい石があしらわれた指輪がはめられた。
「ふぇ?」
ぱちぱちと目を瞬いて、手を目の高さまで持ち上げる。
これ、ルミナっぽいって言った方の指輪だよね?
ルミナ用じゃなかったってこと?
驚いてルミナを見ると、彼は満足そうな顔でもう一つの指輪を差し出してきた。
反射的に受け取ってどうするのかと目で問いかけたら、ルミナは自分の右手を私に差し出した。
どうやら私に渡した指輪をはめてほしいってことらしい。
なんだか結婚式の指輪交換みたいだなって思ったら急に恥ずかしくなってきた。
「おい、坊主。そういうのは外でやってくれねぇか? 嬢ちゃんもこんなとこじゃ可哀想だろうが」
店主のおじさんに残念そうな視線を向けられたので余計に居たたれなくなってくる。
お店を出て右に真っすぐ行ったところに公園があるからと、促されるままにルミナと小さい公園のような場所に足を運んだ。
近くにあったベンチに座ったものの、なんとなく居心地が悪い。
どうしたものかと思っていると、ルミナが気まずそうに私に声をかけてきた。
「リン。一度指輪を返してくれないか?」
ルミナの視線が私の膝の上の手に落ちる。
同じように私も指輪に視線を落として、先ほどはめてもらったばかりの指輪を外す。
ピンクゴールドのような金属でできた指輪をルミナの手の中に戻すと、彼は少し照れくさそうな顔をして私の右手を取った。小さな子供の手が私の手を持ち上げて、アメジストの指輪を中指にはめながらルミナが言った。
「やり直すのもどうかと思ったんだが……これをお前に渡しておきたくて」
「これを?」
「ああ」
どうして? と視線だけで問えば、小さなルミナは私を見上げて少し寂しそうに微笑んだ。
「前にテトが母親と揃いのお守りを持っていたのを覚えているか?」
「え? うん、持ってたね」
「揃いのものは引き合う力があると言われている。例え離れても引き合うようにと――だから、こちらの世界では縁を結びたい相手と互いにそろいのものを贈り合う風習がある」
「そうなんだ……」
それを聞いてふとアドルフさんのことを思い出す。
死んでからも成仏できずに腕と共に失われた腕輪を探していたのはそういう理由があったのか。
ルミナは私を見つめたまま、指輪をそっとなでた。
「さっき……お前が故郷の食べ物を食べているのを見ていたら、急に遠くに行ってしまったような感じがしてな。神子に会って帰る方法が見つかったら、お前はあちらに帰ってしまうのではないかと思ったんだ」
「え……」
あの時そんなことを考えてたんだ。
「だから、神子に会う前に縁を結んでおきたくて」
「それで指輪?」
「そうだ。リンは確か家族と縁のあるものを持っていただろう?」
家族と縁のあるものと言われて、いつも身に着けている形見のネックレスを服の中から引っぱり出す。
「これのこと?」
「ああ。例え一緒にいられなくなっても、それと同じように持っていてくれればどこかで繋がっていられるかもしれないだろう?」
「そっか……だから、『ルミナっぽい』指輪だったんだ」
そうしてルミナの手の中にある黒い指輪に目を向ける。
「じゃあ、そっちは『私っぽい』指輪なの?」
私のイメージって黒なのか……それって暗いってことなの……?
見た目の地味さに内心がっかりしていると、ルミナが指輪をつまみ上げて日の光にかざした。
黒と思われていた石は、日の光を通すと半透明の黒っぽい茶色に見えた。
あれかな、スモーキークォーツに似てるかもしれない。
「これが一番お前の瞳の色に似ていると思ったんだ。それに優しい色合いだろう?」
そう言われてしまったら文句も言えなくなってしまう。
ルミナは手にしていた指輪を私に渡すと、自分の右手を差し出してきた。
「リン、指にはめてくれないか?」
真剣な眼差しにドキンと心臓が跳ねた。
子供の姿にいつものルミナの姿が重なる。
こういう時、無駄にかっこいいのってずるいと思う。
私はルミナの手を持って、黒い石の指輪を中指にはめてあげた。
子供のままの手にはめたから指輪のサイズが合わなくてグラグラしてしまう。
「ぶかぶかだね」
「そうだな」
なんだかそれがおかしくて、二人して笑ってしまった。




