80 小さくなったルミナ 再び
二個目のおにぎりの味はもうなんだかよくわからなかった。
最後の一口を口に放り込んでもぎゅもぎゅと咀嚼していると、横からルミナが手を伸ばしてきた。
また頬でもつつかれるのかと身構えたんだけど、そうではなかったようで……ルミナの指は私の口元にくっついたままになっていたご飯粒をぬぐって、あろうことか私の唇に押しつけてきた。
反射的にそれを食べてしまってから、状況を理解して悶える。
『美味かったか?』
「美味かったか? じゃないよ! ご飯粒くっついてるって言ってくれたらいいでしょ!? それくらい自分でとれるから!」
顔から火が出るかと思うほど顔が熱い。
恥ずかしすぎる。食べちゃった私も私だけど。
しかも、目の前のルミナは私が言っていることを理解していないようで、不可解そうな顔で私を見ている。
これダメなやつだ。
無意識で私の精神をゴリゴリ削ってくるルミナに内心で頭を抱えていると、彼はふと思いついたように口を開いた。
『ああ――――そうだ、リン。一か所行きたいところがあるんだが……』
そう言われてきょとんとする。
ルミナが自分からどこかに行きたいなんていうのは珍しい。
恥ずかしさよりも興味が勝って質問を返す。
「どこ?」
『薬屋だ』
「薬屋?」
薬屋は薬草や回復薬を扱っているお店だ。
怪我や病気とは無縁なルミナには縁のない場所だと思ってたけど、何かあるんだろうか。
「何するの?」
『何だろうな?』
質問を疑問で返されてしまった。
ルミナの様子を見る限りわざと教えてくれないのがわかったので、むうっと頬を膨らませてみる。
楽しそうなルミナにまたしても頬をつつかれた。
「ねぇ! なんで頬っぺたつつくかなぁ!?」
『つついてほしそうな顔をしているからだろう』
「してない! してないよ!?」
抗議しようとした私をルミナが止める。
『俺はかまわないが、そろそろ人目が増えてきたぞ』
はたっと口を閉じて辺りを伺えば、通りがかりの目の合った人から顔をそらされた。
そうだった。ルミナは他の人には見えないんだった。
しまった、一人でぎゃあぎゃあ喚き散らす危ない人って思われた!?
気まずい空気を払拭するように、私は急いで荷物を片付けてその場を離れたのだった。
***
ルミナが行きたいと言った薬屋を探す。
市場の人に聞くと、薬屋は商店街の方にあると教えてくれた。
シルヴィーのおかげで簡単な文字なら読めるようになっていた私は、商店街を歩きながらそこに掲げられた看板の文字を読みあげてみる。
「ざっかや? で合ってる?」
『ああ。合ってるな』
「やった! じゃあ、あっちは…………ぶきや?」
凄い。武器屋とかもろ異世界っぽい。
今まで読めなかった看板の文字に感激する。
そうしていくつめかの看板を読み上げた頃、ようやく目的のお店に到着した。
「くすりや……ここだ」
「リン、ちょっと鞄をかしてくれないか?」
返ってきたルミナの声が急に子供のように高い声になっていて驚いて目を向ける。
視線の先で、ルミナはヴェラードで見た七歳くらいの少年の姿になっていた。
「ルミナ!?」
「なんだ?」
「なんだはこっちのセリフだよ! いきなりどうしたの!?」
「薬屋に用事があるといっただろう?」
「え? あ、うん。確かに言ってたけど……え? だから実体化したってこと?」
実体化して薬屋でお買い物でもしたかったんだろうか。
私が代理で買うことだってできるのに?
??? と疑問符を浮かべていると、ルミナが私に手を差し出した。
「リン、鞄を貸してくれないか?」
「鞄? いいけど、何するの?」
「こないだ採ったセゼの実があっただろう? あれを売ってこようと思ってな」
「あれ売れるの!?」
あんなに不味いものが!?
言外に言いたいことが伝わったんだろう。
ルミナが苦笑して私から鞄を受け取る。
「味は壊滅的だが、効果は確かだからな。あれは本来、調合して使うものなんだ」
「そうなんだ……」
どうやらルミナが少年の姿に実体化してまでしたかったのはセゼの実を売ることだったらしい。
前にセゼの木を離れる時に、ルミナからセゼの実を三つほど預かっていてほしいと言われていたのだ。腐ってないかと心配になったけど、普通の果物と違ってひと月ほどなら何の問題もなく持ち歩けるそうだ。
「少し店主と話してくる。リンはここで待っていてくれないか?」
「え。なんで? 一緒に行っちゃだめなの?」
「だめ……というよりは一人の方が都合がいいんだ」
そう言われたら従うしかない。
ルミナは私に薬屋の前で待つように言うと、一人で中に入っていった。
鞄を手に薬屋に入っていく後ろ姿は、まるで初めておつかいにいく子供のようだった。
十メートル以上私から離れられないルミナのために私はその場を動くことはできない。行きかう人の視線が若干気になるけど、店先に置いてあるピンクのゾウさんや白い服を着たおじさんの置物みたいになろうと無心で数を数えだした。
七百を超える頃、薬屋のドアが開いて子供姿のルミナが出てきた。
「すまない、リン。待たせたな」
「売れたの?」
「ああ」
口端を上げて上機嫌そうなルミナの様子を見る限り、いい感じの値段で売れたようだ。
ルミナはそのまま元の姿に戻ることなく、私の手を取って歩き出した。
「リン、このまま俺につきあってくれないか?」
「え? いいけど、今度はどこに行くの?」
私の問いに、ルミナはにっと笑みを浮かべて答えた。
「魔道具屋だ」




