79 王都スーリア
翌朝、シルヴィーに昨日アドルフさんが夢枕に立ってくれたことを話すと、彼女の夢の中にも出てきてくれたらしい。朝から二人でしんみりしてしまった。
ともあれ、気がかりもなくなったことで王都に向けて出発することになった。
シルヴィーとはもともとサイベルの村までっていう話だったけど、どうせ王都に戻るならと一緒に行くことになった。
アドルフさんのお墓参りをしてからサイベルの村を出る。
王都までは十日ほどだという。
アドルフさんのお墓探しをした時に字が読めないことがシルヴィーにばれてしまって、不便でしょうと文字を教えてもらえることになった。
正直、すごくありがたい。
シルヴィーは幼い頃から教会で小さな子供の面倒をよく見ていたらしく、教えるのがとても上手かった。
おかげで王都に着くまでに基本的な文字くらいなら書けずとも読めるようにはなれそうだ。
昼は馬車で移動、夜は宿屋で文字の勉強といそしんでいると、十日なんてあっという間にすぎていった。
***
「わぁ……大きい町だね……」
スターリス王国の王都スーリアに下り立った私は、辺りを見回してぽかんと口を開けた。
ヴェラードも大きいと思ったけど比べ物にならない。
町の造りはヴェラードと似ていてレンガを積み上げてできた家々が所狭しと並んでいる。他にもあちらの世界で言うアパートみたいな造りの建物まで見受けられた。
文化水準が全然違う。
都会だ、それが私の第一印象だった。
町の中を行き交う人も身なりが綺麗な人が多く、色んな髪色や肌の色の人がいてなんだか東京を彷彿とさせた。
おのぼりさんみたいにぽけーっとしていると、肩を叩かれた。
誰? と思って顔を向けたら頬をぷにっと突かれた。
ぬぬ。
すぐ隣に立つルミナにジトっとした目を向けると、彼はくくっと楽しそうに笑ってさらに私の頬をプニプニつついた。
『口が開きっぱなしだぞ。あまりきょろきょろしていると、田舎から出てきた世間知らずだと思われると前にも言っただろう?』
うう……言われた、言われましたとも。
言われたけどさ、こっちの世界に来てこんなに大きな町にくるの初めてなんだから仕方なくない?
「だってさ。こんなに大きな町に来るの初めてなんだもん」
拗ねたように口をとがらせてみせたけど、ルミナはどこ吹く風だ。
馬車を動かしてくれていたおじさんにお礼の挨拶をして別れ、荷物をまとめるシルヴィーに声をかけた。
「シルヴィー、いろいろありがとう!」
「それを言うなら私の方よ。結局、ここまで相乗りさせてもらっちゃったわけだし」
「そんな! 全然気にしないで! 私も楽しかったし」
していうなら、その間ずっとルミナの膝に座らせられていたことが精神的に堪えたくらいだ。
でも、なんだろう。最初はすごく抵抗があったはずなのに、ここ数日はまるで当たり前のように馬車に乗りこんだらルミナの膝に座るようになっていた。慣れって怖い。
「宿屋まで行ける? ごめんね、用事がなかったら一緒にご飯食べたかったんだけど」
眉尻をさげて言うシルヴィーに、私は慌てて首を横に振った。
町に着いたらすぐに教会に顔を出しなさいと言われているのだ。
「呼び出しなら仕方ないよ。宿屋の場所教えてもらっただけでも助かったから!」
なにせ広い町だ。
日も傾いたこの時間、全く知らない町で宿屋を探すのは容易ではなかっただろう。教えてもらっただけでも感謝したい。
シルヴィーは慌ただしくまとめ終わった荷物を肩にひっかけると、私に紙を数枚押しつけてきた。
「何かあったら、これで鳥便送って! スーリアのシルヴィア・ライナーで届くから」
「うん、わかった。ありがとう!」
「それからルミナリス。リンのこと、頼んだわよ」
『ああ。言われずとも』
そう言って、シルヴィーは大きく手を振って雑踏の中に消えていった。
ちょっと寂しいけど、しょうがない。
シルヴィーにはシルヴィーの生活があるんだから。
***
私はシルヴィーに教えてもらった通りに宿屋で部屋を取って、部屋でいつものように食事を終えた。
ちなみに宿泊代は一泊銅貨三枚だった。
近隣の町の三倍の値はするけど、安全を考えてこの際お金に糸目はつけないことにした。安いところに泊って有り金全部盗まれたとかになったら目も当てられないもの。
幸いメレエ村でもらった謝礼金のおかげで懐も潤ってるし、しばらく滞在しても問題はないと思っている。
そういえば、シルヴィーと一緒の部屋で寝泊まりしてわかったことなんだけど、水の加護で体を清める時に服を全部脱がなくても体が綺麗になることが判明した。衝撃。
もはやお風呂とは!? な感じだけど、異世界だから文化が違って当たり前か。
私はベッドに寝転がってシルヴィーに教えてもらった文字の復讐をしながら、ルミナと明日以降の予定について話し合った。
「なんかこれだけ広い町だと、どこに行っていいかわからなくなるね」
『そうだな』
「神子様の情報、どっかで聞ければいいけど」
『それなら市場か商店街がいいんじゃないか? 人の噂話は馬鹿にできんぞ』
「なるほど……じゃあ、明日受付で市場の場所聞いて出かけてみよっか……ふぁ……」
方針が決まると眠くなってくる。
しょぼしょぼしてきた目をこすっていると、ルミナが私の足元にあった布団を広げてかけてくれた。
『もう寝たほうがいい、夜更かしは体によくない』
ポンポンとお布団の上から叩いて寝たほうがいいと促してくる様子に、やっぱりお母さんみたいだなって思った。
***
ぐっすりと寝ていた私は、いつものように日の出とともにルミナに起こされた。
毎度毎度起こすのが早すぎると思ってたんだけど、実はシルヴィーも日の出とともに起きる人だったようで、なんか私がゆっくり寝すぎなの? って錯覚する今日この頃だったりする。
軽くストレッチして体をほぐして、せっかくだから朝の町を見てみようと朝食前に散歩に繰り出してみる。
清々しい空気を肺いっぱいに吸って吐き出す。
朝のひんやりした空気が気持ちいい。
昨日通った時は人がいっぱいだった道も、朝早い時間なせいか人通りもまばらだった。
「せっかくだから市場でご飯食べてみよっか」
隣を歩くルミナを見上げて提案してみれば、快く頷いてくれた。
初めての町だけど、こうして隣にルミナがいてくれるからすごく心強い。
鼻歌まじりに歩きながら、宿屋のおばさんが教えてくれた市場へと足を運んだ。
お店が開店するには時間にはまだ早いけど、市場では朝食を提供してくれるような露店が早くからやっている。
せっかくだからスーリアのB級グルメ的なものが食べてみたい。
そう思って食べ物屋さんの露店をいくつか巡っていると、見たことのある食べ物が視界に飛び込んできた。
あれ! あれは……!
「おにぎり!?」
わが目を疑うように露店に駆け寄ってじっと見つめる。
艶やかな米粒が三角っぽい塊になって葉っぱの上に鎮座する姿はまぎれもなくおにぎりだった。
あるの!? この世界おにぎりがあるの!?
「なんだ、お嬢ちゃん。北の大陸から来たのかい?」
私が食い入るように見ていたからだろう。露店のおじちゃんが苦笑しながら話しかけてきた。
「北?」
「米料理を知ってるってことは北の大陸の人なんだろ?」
「あ、いや、私は……」
「北じゃこうやって食べるのが今流行ってるって聞いたぜ。違うのかい?」
「へ? あ、いや、そう……かもしれませんね? すみません、地元を離れて長いもので流行ってるのかはちょっと……」
北の大陸の人間ではないけれど、かといって説明するのも面倒なので曖昧に誤魔化す。
それよりも、だ。
「おじさん、おにぎり二つください。あと果実水も」
「はいよ」
言われた代金を支払って、おにぎりの包みを受け取る。
ご飯なんて何日ぶりだろう。
こっちの世界に来てパンしか見かけなかったから、お米なんてないんだと思ってた。
手ごろなところに座って、わくわくと包みを開けてみる。
「ほんとに……ほんとにおにぎりだ……」
『おにぎりとは何だ?』
今まで黙っていたルミナが、隣に座って手元のおにぎりをしげしげと眺める。
そういえば、ルミナは北の方の出身とはいえ西の大陸の人だもんね。
「そっか、お米って知らない?」
『いや、米は知ってはいるが、食べたことはないな。リンは食べたことがあるのか?』
「うん。っていうか、あっちの世界じゃお米が主食だったから毎日食べてたんだ」
私は三角形のフォルムを顔の前まで持ち上げて思わず拝んだ。
生きててよかった。
「いただきます……!」
ぱくっと一口食べる。
ちょっとパサパサしてるし握りすぎで固いけど、塩気も、食感もまぎれもなくあちらの世界のおにぎりと同じ味で。
懐かしい味に涙が溢れた。
美味しい。
もう二度と食べれないと思ってたのに。
一口、二口と食べ進める手が止まらない。
あっという間に一つぺろりと食べてしまって、もう一つのおにぎりを見つめる。
もう一個は大事に味わって食べよう。
ふと視線を感じて顔を上げると、ルミナがじっと私を見ていた。
『よかったな、リン』
そっと手を伸ばして、私の頭を優しくなでてくれる。
「うん。ありがとう……なんか、ごめんね。私ばっかり食べちゃって。ルミナも食べられれば一口あげられたんだけど」
『そうだな――――お前の故郷の味なら、食べてみたかったな』
足を組んだ膝の上に頬杖をついたルミナが、こちらに顔を傾ける。その表情はどこか少し寂しそうに見えた。
なんだか切なくなって、私は「じゃあ」と口を開いていた。
「じゃあ、いつか……いつかさ、ルミナのお墓の中に入れてあげる! そうすれば食べられるでしょ?」
日本だって、死んだ時には柩に生前大事なものや好きだったものを入れたりするのだ。
それならきっとルミナも食べられるはず。
そう思って言えば、ルミナはきょとんとした後に破顔した。
「ちょ、なんで笑うの!?」
『いや。すまない。笑ったつもりではなくてだな……リンは突拍子もないことを思いつくなと思って』
「だって、だって……!」
『わかっている。そうまでして、俺に食べさせてくれようとしたんだよな?』
ルミナはそう言って一度言葉を切ると、前屈みになっておにぎりに顔を近づけた。
私の見つめる先で、ルミナの唇がおにぎりに触れた。
『――――今はこれで我慢しておこう』
「!?」
今なにが!?
呆然として二の句が継げずに口をパクパクしていると、ルミナと目が合った。彼は顔を上げてふわりと微笑んだ。
『ご馳走さま』
その顔を見たら何も言えなくなってしまって、私は気まずさを紛らわせるように手元のおにぎりに視線を落とした。
これ、間接キスになるのかな。
一口も食べられた跡のないおにぎりに悶々としながら、気にしたら負けだと雑念を振り払うようにおにぎりにかじりついた。




