78 アドルフさんの腕輪
シルヴィアさん……改め、シルヴィーにラティスとの出会いを話すと、彼女は珍しいものをみるような目を私に向けた。
「私、狭間に落ちた人って初めて」
そう言われて、私は苦笑いを浮かべる。
やっぱり狭間に落ちる人はそう滅多にいるものではないらしい。
ラティスとの出会いを話す際に、異世界から来たという部分を狭間に落ちたという表現でぼやかした。
嘘をついていることに良心が痛んだけど、これ以上不審な目で見られたくはなかった。
ごめんね、シルヴィー。
心の中でこっそり謝る。
「じゃあ、リンはこれから王都に行くの?」
「うん。本当は保護してくれたオルト村に戻るつもりだったんだけど、ラティスがイーニス教の神子様なら元いた場所に戻る方法を知ってるんじゃないかって言ってくれて……」
ラティスを紹介する際に何度も呼び方と丁寧になってしまう口調を訂正されたおかげか、ため口がようやく口に馴染んできた。
「それなら神子様がいるうちに王都に移動した方がいいわね」
「でも、アドルフさんが……」
私は木の根元に寝かされたアドルフさんを見やる。
さすがに瀕死のアドルフさんをそのままにはしておけない。
シルヴィーは口元に手を当てて少し考えた後、これからのことを提案してくれた。
「それなら魔獣のねぐらに行ってみない?」
「魔獣のねぐら?」
「アドルフさん、あの中はまだ探してないって言ってたじゃない。魔獣ももういないでしょうし、探してみてはどうかしら?」
「なるほど……アドルフさんは? このままでいいの?」
「心配しなくても大丈夫。容体も落ち着いてるから、このまま消滅することはないわ。それに、腕さえ見つかれば回復するより早く成仏できるかもしれないもの」
そんな手が。
シルヴィーが言うには、魂が損傷していても心残りさえなくなれば成仏するには問題がないらしい。
こうして、私たちはアドルフさんの腕と腕輪を探して魔獣のねぐらを探索することになった。
***
ラティスの案内で悪霊化した魔獣が封じられていた魔獣のねぐらに戻ると、岸壁の下にできた横穴は昨日私が魔封じの結界を壊したままの状態でそこにあった。
不気味に口を開けた横穴の入り口から前かがみになって穴の中の様子を伺う。
ルミナが先に入って様子を見てきてくれるというので、危険なものがないか確認してもらっているのだ。
「どう? 何かありそう?」
入り口から問いかけると、中を探っていたルミナが戻ってくる。
『……………………どうかと聞かれると困るな。骨はあるが、散乱していてどれがどれだかさっぱりわからん』
おう……。
魔獣の記憶を見て知ってたけど、この横穴の中で悪霊化した魔獣は息絶える最後の瞬間まで自分や仲間に危害を加えた人間に報復しようとあがいていた。
当然、中で息絶えた冒険者もいたはずで。
ルミナが言うには冒険者や魔獣の骨があちらこちらに散乱している状態なのだという。
想像しただけでも怖い。
正直中に入りたくはない。
ごくりと唾を飲み込む私の手をルミナが握ってくれる。
『やめておくか?』
別に無理して中に入らなくてもいいんだぞと甘やかしてくれるルミナに、私は一呼吸おいてから首を左右に振った。
アドルフさんの探し物がここにあるかもしれないんだもん。私たちが諦めたらアドルフさんが成仏できないままになってしまう。
私は服の上から形見のネックレスを握って深呼吸する。
「大丈夫……ちゃんと探しに行けるよ」
言葉にして自分に言い聞かせて、ルミナとシルヴィーに目配せして頷きあう。
大丈夫。一人じゃないもの。怖いけど、大丈夫。
風の通り道がないから中には入れないというラティスを外に残して、私は勇気を振り絞って薄暗い横穴の中に足を踏み入れた。
暗闇で薄暗く光るルミナと錫杖を光らせてくれたシルヴィーのおかげで、松明を焚くまでもなく中の様子が見渡せた。
ひんやりとした淀んだ空気に身震いする。
背の低い横穴の中は、ルミナの言った通り複数の骨らしきものが散乱していた。
こないだテト君の遺骨を見たとはいえ、人や獣の骨はそうそう見慣れるものではない。
転がる頭蓋骨のぽっかり空いた目の部分が私を見ているようで怖い。
前屈みで恐る恐る歩みを進める私の首筋に、つーと何かが触れる感触がして思わず悲鳴を上げる。
「ひあああああああああ!」
ばっと振り返ると、くくっと笑ったルミナと目が合った。
『すまない、つい』
つい、なんですかね?
笑いをこらえるルミナに、今のがいたずらだったことを確信する。
「もう! なんでこんな時にからかうかなぁ!?」
『だが、緊張は解けただろう?』
言われてため息をつく。
いや、確かに緊張は解けたけどさ。
「そういう問題じゃなくて……」
私とルミナのやりとりに、シルヴィーがジトっとした目を向けてくる。
「あのね、貴方たち。仲がいいのはわかったから、そういうのは外でやってちょうだい」
「ちがっ……! ちょっと、ルミナも何か言ってよ!」
『外ならいいのか?』
違う、そうじゃない。
天然なのかわざとなのかわからないルミナの返答に、これ以上言い募ることを諦めた私は額に手を当てて大きくため息をついた。
アドルフさんの腕を探し始めてどのくらい経っただろうか、魔獣のねぐらの最奥ともいえる場所で私は見覚えのある腕輪を拾い上げた。
「………………これ」
もとは銀だったんだろうか、くすんでしまった金属の腕輪は細かい傷がいくつもついている状態で地面に転がっていた。
以前、アドルフさんの死んだ時の記憶を見た時に魔獣に持ち逃げされたものと同じだった。
ただ、アドルフさんの腕の骨らしきものはどんなに探しても見つからなかった。
見つからなかったというのは少し語弊がある。他の冒険者の骨もたくさんあって、結局どれがアドルフさんの腕の骨なのかわからなかったのだ。
特定するのを諦めた私たちは、穴の中で事切れた冒険者や魔獣を弔って外に出た。
魔獣も弔うことにシルヴィーは驚いていたけど、悪霊化した魔獣の思いを知ったら弔わずにはいられなかった。
魂は消滅してしまったけれど、せめて体だけは安らかに眠ってほしいと思った。
***
私たちはアドルフさんの腕輪を持ってサイベルの村に戻ることになった。
てっきりアドルフさんのところに戻るんだと思っていたけれど、腕輪をアドルフさんに渡すにはお墓に一緒に埋めてあげるしかないのだという。
確かにテト君のお守りも本人じゃなくて遺体の首にかけてあげたっけ。
あれからまだ大して時間も経ってないのに何だか懐かしい気持ちになる。
村が近づくと、先頭を飛んでいたラティスがふわりと私の前にやってきて別れの挨拶をしてきた。やっぱり人間の村には入りたくないらしい。
姿は見えなくてもずっとリンのこと見てるからね! と言い残して消えたラティスを、今度は笑顔で見送ることができた。
村に戻った私たちは宿屋で墓地の場所を聞いて、細長い石の並ぶ墓地でアドルフさんの墓石を探した。埋まっていた柩を掘り起こして中に腕輪を入れてあげる頃には、すっかり夕暮れ時になっていた。
「腕輪、アドルフさんに届いたかな?」
薄暗くなりつつある空を見上げてセゼの木の下にいるアドルフさんに思いを馳せれば、ルミナもシルヴィーも同じように空に目を向けて「きっと」と頷いてくれた。
その夜。
ベッドに入った私は、眠りに落ちると同時に真っ白い空間に放り出されていた。
目の前には灰色の短髪の青年――アドルフさんがいた。
夢だ、これ。
たまに夢を見ながら夢だって気づくことがある。
「アドルフさん……」
私の呼びかけに、アドルフさんは穏やかな笑みを浮かべた。
「アドルフさん、わたし……わたし……ごめんなさい!」
アドルフさんに会えたら、魔封じの結界を壊した時のことを謝らないとと思っていた。
でも、いざ言葉にしようとすると上手く言えなくて涙で前が歪んでしまう。
俯きざまにアドルフさんの左手が目に入った。相変わらず左手の肘から先がない。
「腕も……探したけど、見つけられなくて――――骨はたくさん落ちてたんですけど、どれがアドルフさんの腕のものかわからなくて、それで……」
諦めてごめんなさい、そう言おうとした私をアドルフさんが肩にポンと手をついて止める。
顔を上げれば、アドルフさんは変わらず穏やかに微笑んだまま首を左右に振った。
すっとアドルフさんの右手が持ちあがる。
その手首にきらりと光るものがあった――昼間、私たちがアドルフさんの柩に一緒に入れた腕輪だ。
アドルフさんは嬉しそうに腕輪を見せた。
「腕輪、ちゃんと届いたんですね」
よかった。
ほっとして言うと、アドルフさんは私の頭をポンポンとなでてくれた。
笑顔のまま、アドルフさんの口が開く。
声は聞こえなかった。
でも、その口の動きはたぶん『ありがとう』と言っていた。
アドルフさんはたった一言、それだけ言うと光の粒になって消えていった。
「待って、アドルフさん!」
言葉と共に飛び起きる。
飛び起きた拍子にルミナと目が合った。
『ああ、無事会えたようだな』
ルミナは一瞬驚いた顔をした後、目元を緩めた。
まるでアドルフさんの夢を見ていたのを知っているかのようなルミナの様子に引っかかりを覚える。
「今、アドルフさんが夢に……」
『ああ。会いに来ていたな――――成仏する前に一言お礼を言いたいと言うからと少しだけ力を貸した』
なんてことはないように、しれっとルミナが言ってきた。
ということは。
「じゃあ、今夢に出てきたのは……?」
『まぎれもなくアドルフ本人だ』
「成仏……できた……の?」
『そのようだな』
ルミナが何もない空間を見て口元に笑みを浮かべた。
そっか、よかった……。
『ありがとう』と言ったアドルフさんの顔はとても嬉しそうで、私はそれを思い出して少しだけ泣いてしまった。




