77 芽生えた友情
ルミナとラティスと話し込んでしまった私は寝ずに朝を迎えた。
眠くはないけど、なんとなく腫れぼったい目をごしごし擦る。
顔でも洗ってすっきりしよう。
目の前を流れる小さな川の畔に膝をついて水面に顔を近づけると、澄んだ水の流れの中に小さなサワガニのような生き物を見つけた。こっちの世界にもカニはいるらしい。
ひんやりした水をすくい上げて顔を洗うと気分がシャキッとした。
そのまま大きく伸びをしながらセゼの木の根元に歩いていって、シルヴィアさんとアドルフさんの様子を診てみる。
セゼの木の聖なる効果だろうか、アドルフさんの傷口から立ち上る靄は昨日より少なくなっている気がする。
その隣で眠るシルヴィアさんも昨日よりずいぶん顔色がよくなっていた。
いきなり悶えて気絶した時はびっくりしたけど、どうやらセゼの実の効果は抜群だったようだ。
頬に張りついた髪を耳にかけてあげると、シルヴィアさんは「ん」と身じろぎしてゆっくりと目を開いた。
ちょうど目の前にいたからがっつり目が合った。
シルヴィアさんは青空をはめ込んだような青い瞳をぱちぱちと瞬くと、驚いたように上半身を起こした。
「!?」
シルヴィアさんの機敏な動きに思わずびっくりして後ずさる。
「だ、大丈夫ですか……?」
控えめに声をかければ、シルヴィアさんは私を見て考え込むように口元に手を当てた。それから頭上に枝を広げる木を見て呟きを漏らした。
「セゼの木……リンが運んでくれたの?」
「はい――――覚えてませんか?」
「意識が朦朧としてて……ごめんなさい、迷惑かけちゃったわね」
謝罪の言葉を口にしたシルヴィアさんに、私は手を左右に振って否定する。
「そんなっ、迷惑だなんて! もとはといえば、シルヴィアさんが怪我しちゃったのは、私に錫杖を貸してくれたからで……」
なんだか居たたまれなくなって、私はポケットからリャナの実を二つ取り出して一つをシルヴィアさんに手渡した。もう一つを手にしたまま彼女の隣に腰を下ろす。
シルヴィアさんは私とリャナの実を交互に見て「いいの?」と首を傾げた。私はこくこくと首を縦に振って答える。
「どうぞ! 水筒の水があんまり残ってなかったから、昨日採ってきたんです」
「ありがとう。まだ何となく口の中が苦くて……」
セゼの実の味を思い出したのか、シルヴィアさんが眉間に深いしわを刻む。
確かにあれは壊滅的な不味さだったなと、私も思い出して苦笑してしまった。
「ははは……たしかにすごい苦かったよね……じゃない、苦かったですよね」
うっかりため口になってしまって慌てて語尾を言い直した。
「リンも食べたの?」
「はい。ほんのちょっとだけ引っかかれてたみたいで、ルミナにこのままだと手を切り落とすことになるって言われて――――前に食べた痛み止めの薬草よりもひどい味でびっくりしました」
「それって紫色の薬草?」
「そう! それです!」
「あー……あれも不味いわよね」
同じものを食べたことがあるのだろう。シルヴィアさんが遠い目をした。
その仕草が面白くて思わず口元がにやけてしまう。
なんだか共通の話題を話せるのが嬉しい。
「それにしても、あの薬草を生で食べるなんて貴女もなかなかやるわね」
「え? そうなの? ――――そうなんですか?」
そうなの? と一度聞き返してしまってから言い直したので変なふうになってしまった。
まずい、気が緩んで語尾があやしくなってきた。いやな汗が背中を伝う。
シルヴィアさんがこっちをじっと見つめてくる。
恐ろしく綺麗な人に見つめられて、私はまるで蛇ににらまれた蛙みたいに身を固くした。
馴れ馴れしいって思われたかもしれない。コミュ障の私はどうにもネガティブな方へと考えてしまう。
内心冷や汗だらだらでカチコチに固まった私とは対照的に、シルヴィアさんは口元をふよっとさせて笑いを零した。
「別にそんなにかしこまらなくたっていいのに」
思っていた反応と違くて私はきょとんとする。
「え? いや、でも、シルヴィアさんの方が年上だし……」
「それはリンより二年早く生まれたってだけでしょう?」
シルヴィアさんは両手でリャナの実を包み込んで視線を落とした。
「――――ねぇ、リン。私ね、諦めてたの。こんなに深い森の中でセゼの木なんて見つかりっこないって。私の人生はきっとここで捨て置かれて終わるんだって、そう思ってたの……でも、貴女は諦めなかった。私を見捨てないでセゼの木まで連れてきてくれた」
「そんな……私は自分にできることをしただけで……」
「困難な状況下で、他人のために動ける人は少ないわ――――私、リンともっと仲良くなりたいの。そのためにも、そのかしこまった言葉をやめるところから始めない?」
シルヴィアさんの言葉に、私は息をのんで彼女の顔を見た。目が合うと、シルヴィアさんはふわりと微笑んで言った。
「リン、私と友達になって」
友達になって。
思いがけない言葉に、私は大きく目を見開いて今しがた言われたことを心の中で反芻した。
「ともだち……? シルヴィアさんが、わたしと……?」
掠れた声で聞き返すと、シルヴィアさんは大きく頷いた。
「名前も。シルヴィーって呼んで」
「シルヴィー……?」
呆然と言われた名前をオウム返しすると、シルヴィアさんは満足そうに頷いて……それから、私の顔を見てぎょっとした。
「リン!?」
「え?」
「なんで泣いてるの!?」
指摘されて初めて自分が泣いていることに気づいた。
「私、何か悪いこと言って……」
「あ! ちがっ……違うの!」
慌てて涙を拭ってシルヴィアさんの言葉を否定する。
違う。違うの。だって、私の力の能力を知って友達になりたいなんて言ってくれる人、今までいなかったから。
「違くて……ごめんなさ……私、うれしくて……」
ずっとほしかった言葉に、拭っても拭っても溢れる涙が止まらない。
どうしたらいいかわからないでいる私を、シルヴィアさんがぎゅっと抱き寄せて背中をなでてくれた。
その優しい手つきに気持ちが落ち着いてくる。
それでも涙が止まらなくてすすり泣いていると、頭上から声が降ってきた。
『あー! ちょっと! ちょっと! なにリンのこと泣かせてるのさ!?』
葉っぱを散らしながら何やらご立腹な様子のラティスとやれやれといった表情のルミナがセゼの木の上から下りてくる。
どうやら私とシルヴィアさんに気を遣って離れていてくれたようだ。
ラティスはシルヴィアさんの鼻先にふわりと下り立つと、柔らかそうな頬をぷくっと膨らませた。
その可愛らしい姿に、シルヴィアさんは驚きの声をあげた。
「せ、精霊!?」
しまった。そういえばシルヴィアさんにラティスのこと言ってなかった。
私はラティスに誤解だと伝えて、精霊と会うのは初めてだというシルヴィアさんにラティスのことを紹介することにした。




