76 野宿
話し声が聞こえる。
誰だろ……ルミナと……ラティス?
二人の声に引き寄せられるように私の意識が浮上する。
ゆっくり目を開けると、星空をバックにルミナの顔が目に飛び込んできた。
『起きたか』
「!?」
ぱちぱちと二、三度まばたきをして何事かとぎょっとする。
あれ、私どうしたんだっけ。
記憶を掘り起こしてセゼの実を食べて気を失ったところまで思い出した私は、はたっと今の状況を理解した。
横になっている私の頭は柔らかいようで固い何かの上に乗せられている。それでいてルミナを見上げる形で寝かされているということは。
この頭の下にある固いのは枕じゃなくてルミナの膝かっ!
「ひゃわっ!」
がばっとルミナの膝から上半身を起こす。
飛び起きた拍子にくらりとした感覚を覚えて、地面に片手をついて眩暈をやり過ごす。
『ひゃわ? どうした、大丈夫か?』
私がいきなり大声を出して飛び起きたのにびっくりしたのか、ルミナが不審な顔で様子をうかがってくる。
「ご、ごめん! 大丈夫! ダイジョウブです」
さっきまで膝枕されていたかと思うとまともに顔が見れそうにない。
つっと視線をそらすとラティスと目が合った。
ラティスは何やら楽しそうな顔をして手をヒラヒラさせた。私もつられてひらひらと手を振り返す。
なんか気持ちが落ち着いてきた。
気を失う前までは夕暮れ間近だったのに、頭上には星空が広がっている。
「私、どのくらい気を失ってたの?」
『あれから一刻半くらいか?』
ルミナが教えてくれる。
一刻半……だいたい三時間半くらいか。ずいぶん気を失ってたようだ。
セゼの実おそるべし。
「…………あんなの人の食べるものじゃないよ」
思わずぼやけば、ルミナとラティスから苦笑が返ってくる。
『そりゃ、食べることを前提にしてないからね』
『だな』
あれ? なんだか私が気を失ってるうちに二人して仲良くなってる?
そういえば私が起きる前に二人で何か話してたのが聞こえてたし、起きるまでの三時間半でずいぶん親睦を深めたようだ。
「なんか……二人、仲良くなってる?」
『そう?』
『そうか?』
指摘したら二人して同じ反応が返ってきて笑ってしまった。
そういえば、シルヴィアさんたちはどうなっただろう。さすがに気を失った人をそのままにしておくのはまずい気がする。
「さぁ! 早くシルヴィアさんのとこ戻らなきゃ」
気を取り直して立ち上がると、来た時と同様にラティスを先頭に暗くなった森の中をセゼの木に向かって歩き出した。
***
月が二つ出ていたことと、ルミナとラティスがうっすら発光していたこともあって、暗い森の中でもなんとか躓かずにセゼの木まで戻ってくることができた。
シルヴィアさんもアドルフさんも私が離れた時と変わらず意識を失ったままだった。
大丈夫なのかと聞いてみると、セゼの実の聖なる力を体内に取り込んで穢れを払い落としている最中だから問題ないそうだ。
私がシルヴィアさんより早く目が覚めたのは怪我の程度が浅かったかららしい。
ひとまず燃え移る心配のないところで火を起こす。
ベルナ山に転がっていた火の精霊の加護が宿った石を持ってきたのは正解だった。
温かみのある火を前にほっと一息つく。
さっきまで気を失っていたせいか眠気はない。
どちらかというとお腹がすいていたので、リンゴに似たピアリの実を食べた。お腹が満たされて人心地ついた私は、横に座ったルミナをちらりと見た。
初めて火を起こした時は誘わなきゃ隣に座ってくれなかったのに、今ではそれが当たり前みたいに隣に座ってくれる。
それが嬉しくてふふっと笑うと、ルミナがどうした? と言わんばかりに首を傾けた。
「ベルナ山でこうして野宿してたのが懐かしいね」
『そうだな』
「あの頃はさ、こんなに長く一緒にいることになるなんて思ってもみなかったよ」
『本当にな』
そう言って懐かしそうに目を細めたルミナの横顔に見とれる。
どうしよう。好きって自覚してから、ルミナのちょっとした表情にいちいちときめいてしまう。
ぱっと視線を燃える火に移すと、横に座ってたラティスからも声が上がる。
『本当だよねー……リンが一人で山を下りるって決めてたら一緒に行こうと思ってたのにさ』
「え、そうだったの?」
『そうだよ。それなのに、君ってばルミナリス選ぶんだもん』
「いや、だってそんなの知らなかったし……」
きっと知ってたらラティスを選んでいたに違いない。
でも、姿は見えなくてもずっと助けてくれてたのは知ってる。
私はむくれてぷぅっと頬を膨らませたラティスに手を伸ばした。
「ありがとう、ラティス。ずっと守ってくれて」
『ふふっ、当たり前だろ? だって、リンはボクのお気に入りだからね!』
お気に入りと言われて嬉しくないわけじゃない。
だけど、なんだろう。なんというか、ラティスとはもっと仲良くなりたいと思った。お気に入りじゃなくて……。
「……できたら、お気に入りじゃなくてお友達の方が嬉しいかなぁ」
『オトモダチ!? それってあれでしょ? 人間の、仲がいい人同士で使う言葉』
興奮気味なラティスの様子に引っかかりを覚える。
精霊には『友達』って認識はないのかな?
私は肯定して続ける。
「人間じゃなくても仲がよければ友達だよ――――ねぇ、ラティス。私、ラティスと友達になっていい?」
そう聞けば、ラティスが目を輝かせて大きく頷いた。
『もちろんさ! リンはボクのオトモダチ一号だね!』
ふわりと浮いてラティスが私の頬にキスをしてくれる。
相手が美少女すぎて、同性なのに照れてしまう。
照れくさそうに二人で笑い合っていると、横から『ゴホン』と咳払いが聞こえてきた。ルミナだ。
『なになに? やきもち?』
によによとルミナの頬をツンツンしてラティスが冷やかせば、手で虫を追い払うようにパタパタさせてルミナが『違う』と短く返す。
今までルミナと二人でいることが多かったから、こうしたルミナの反応は新鮮だ。なんだか微笑ましい。
そのやりとりを眺めていた私は、ふとラティスに会えたら聞こうと思っていたことを思い出した。今を逃したら聞けないかもしれないと思って、じゃれあう二人の会話に割って入る。
「ねぇ、ラティス」
『なに?』
「前にオルト村で別れる直前にさ、私をこの世界に連れてきたのはイーニスだって言ってたじゃない?」
『言ったね』
「どうしてあの時私を連れてきたのがイーニスだってわかったの?」
『そりゃ、異なる世界を行き来できる存在なんてイーニスくらいなものだからだよ。それに、キミからはイーニスの匂いがしていたからね』
ラティスはなんてことのないふうに答えてくれたけど、だいぶ重要な話だ。
「ねぇ、イーニスにはどうやったら会えるの?」
『んー、ボクらでも滅多なことじゃ会える存在じゃないからなぁ……ああ、でも人間なら愛し子を通じて会えるんじゃない?』
愛し子という言葉をつい最近どこかで聞いたような気がする。
どこでだっけ。
思い返して、ゲラゲラの丸焼きを売っていたおじさんとの会話の中に出てきたのを思い出す。
たしか、今王都に来てるんだっけ。
その人に会えればイーニスに会える。
今まで元の世界に帰る手がかりが全くない状態だったので、この情報はすごくありがたい。
次の目標は決まった。
王都でその愛し子って人を探してみよう。
ふと隣に座っているルミナからポンポンと頭をなでられた。
『元の世界に帰る手がかりが見つかってよかったな』
優しく微笑んでくれるルミナの顔を見て泣きそうになる。
「うん……」
小さく頷いて俯いて顔を隠した。
手がかりが見つかって嬉しい。それは本当。
だけど、それと同時に選択の時が迫っていることを実感してしまった。
元の世界に帰るかここに残るかはまだ決めかねている。
ただ、一つだけわかっていることがある――――元の世界に帰ったら、もうルミナともラティスともこうして話すことができなくなってしまう。
その事実は小さな棘となって、私の心にちくりと刺さった。




